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プロローグ
それは穴だったのだろうと思う。後から思うとだ。
足早に進むとひざ下が濡れるような雨の中、会社からの帰宅を急ぐ俺は傘を前にかたむけながら薄暗い道を歩いていた。
アスファルトの上に広がる水溜りを避けつつ進んでいると、どうしても避けられない大きさの水溜りが道いっぱいに広がっていた。
引き返し、迂回するなんて考えはなかった。多少靴が濡れようが早く家に帰りたい。それだけ疲れていたのだ。
その気持ちに背中を押されて踏み出した足が、水溜りに埋まった。というか沈み込んだ。
「うわっ!」
足早に進んでいたせいで止まることなんてできなかった。
最後だと思っていた下りの階段にまだ先があったような感覚。
重力によって引き込まれる体が前のめりに倒れこむ。
ヤバイと感じたのはほんの一瞬。水面だと思っていた何かは一切の抵抗を感じさせずに俺を飲み込んだ。