「職業に貴賎なし」について
さて。
精神を健全に保つには、無駄な思考を整理することが重要である。
たとえば「職業に貴賎なし」は。
現在に措いては無意味の最たるものである。
何故ならば第一に、定義が不明である。
「職業」を定義するだけで百年はかかりそうである。
「貴賎」とは、今の世に何を意味するのか?
第二に、検証が原理的に不可能である。
この世の全ての職業に貴賎がないことを誰が言明するのか。
政治家や社会学者が言明するならば、その政治家や社会学者は他の職業を俯瞰することになる。政治家や社会学者が職業である限り、これは自己矛盾である。
第三に。貴賎があろうとなかろうと、それが何になるのか。
たとえば、総理大臣閣下に
「職業に貴賎なし。閣下でも日本の政治は務まります!」
と申し上げる人があるだろうか?
「職業に貴賎なし」とは。
たとえばハローワークで、押し売り営業や予算の少ない介護のような収入も権威もない職しか提供できないのを正当化するような。ゴマカシに用いられる語句である。
「職業」として旗揚げさえすれば、実質は薄くとも、形式としては医師や弁護士とも対等になる。
第一、第二に述べたように、定義づけも検証もできない概念だけの形式的対等。
メンタリストとして余は言明する。
精神を保つとは、このような概念に惑わされないことである。