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花の名前の天女

この作品は「仙道企画その1」参加作品です。

曲に合っているのは後半部分なので、そちらだけお読みいただいても問題ないよう、あらすじに前半部分を短くまとめています。

 領巾(ひれ)がひらひらと宙を舞う。


 風に流れて飛ばされるかのように、ひらひら、ひらひら。

 ほんのり桃色に色づいた、透き通るほどの薄さの領巾。

 それを大勢の娘たちが手に持って、若草色の軽やかな舞の衣装を身につけて、ひらひら、ひらひら。


 くるくると回って手を泳がせて、動きを揃えてはたまたずらして。


 輪になって、広がって、すぼまって、花開く。


 輝くばかりの笑顔の娘たちの舞に、客たちは誰もが目を細め、酒盃を交わしながら満足していた。



 今宵、天帝の城にて行われる宴は300年に一度、地上に住まい、地上のあらゆるものを管理する神々が一同に集まり、互いの無事や近況を伝え合う宴である。


 神々はまだ年若い天女たちの舞を肴に、持ち寄った酒を酌み交わして語りあう。


 自身の守る地上はどうであるか。

 そこに生きるものたちをどうするか。

 今後の交流をどうするか。


 わいわいと賑やかに、肩を叩きあい、笑いあって話すのだ。


 その宴に花を添えるのが天女たちの役割で、この宴で神に見初められて地上へ嫁いでいくものもいた。


 天女たちの群舞が終わり、続いて特別優れた演者による歌や楽の演奏、一人舞などが披露される。


 群舞よりもここで神々に見初められる娘はさらに多い。

 だが実力が伴わなければ恥をかくだけと分かっていて、争いにもならないのが天女たちの常だった。






 花の女神の娘であるさえは群舞の1人だ。

 みんなで揃いの衣装を着て、息を合わせて踊る群舞が大好きだった。一人で踊るのは緊張してあまり楽しくない。それくらいならみんなで楽しく踊る方が好きだった。


 だが、一人舞を見るのは好きだ。


 特に今日の一人舞は特別だ。

 なぜなら、子供の頃からの親友が舞手に選ばれているから。


 さえは自身の出番が終わると、急いで広間にいる兄たちの元へと向かった。


 兄のそばへ酒や料理を運ぶふりをしながらやってくると、さえはその背後で笑みを浮かべて陣取った。

 ちょうどこのあと、親友の舞が披露される。

 多くの天女の中から選ばれた親友の晴れ舞台を、必ず間近で見るのだと決めていたのだ。


 兄の1人がちらりと背中越しにさえを見る。

 それににこりと笑って返せば、兄は苦笑して酒を注げ、と手招きした。

 やはり持つべきは察しがよく、位階が高く、そして妹に甘い兄である。

 さえはいそいそと兄のそばへ寄った。


「兄さん、ありがとう」


 そう言ったさえに、兄は呆れたように盃を向ける。


「まったくお前は」


 顔をしかめつつ言いながら、注がれた酒を飲む。

 本来なら神格をまだ持たない彼女はここにいられない。だが呼ばれたなら別である。


「しばらくここでわたし達に酒を注いでいなさい」

「はい」

「ならわたしにももらおうか」


 隣の別の兄にそう言われて、さえはにっこりと笑みを浮かべた。






 しゃらーーーん………


 ざわざわと、騒がしくはないものの大勢が話し続ける宴会場。

 だがその音を合図に誰もが会話をとめた。


 その場の全員の視線が広間の中央に1人で立つ娘に向けられる。


 今日の日のための特別な舞手の衣装を身につけた、美しい美しい娘。


 美貌で知られる天の娘たちの中でも一際美しい、麗しく艶やかなその姿。

 髪は複雑な形に結い上げられ、多くの花かんざしで飾られ、しゃらしゃらと玉の飾りが揺れる。


 さえは親友の艶姿に誇らしさで胸がいっぱいになった。


 静かに楽の音が始まる。

 それに合わせて彼女がゆっくりと舞い始めた。


 ひらりと舞った領巾に、親友の伏せたまつげに、ほう、とため息がもれる。


 くるりと回った彼女の体と一緒に袖が広がって揺れる。玉飾りが輝く。


 どこかから良い香りが流れてきて、見るものの目と耳だけでなく、嗅覚までも楽しませる。


 うっとりと親友を見つめるさえの腕には酒器が抱かれ、兄たちがいくら催促しても、盃はまだしばらくは空のまま。仕方なく手酌で喉をしめらせる羽目になったのだった。







 舞が終わると、楽の音が消えるのとともに宴会場に割れんばかりの拍手が響く。

 さえは広間から下がった親友を追って通路へ向かった。

 ちょっと待て、と声をかけてくる兄たちの声はもう耳に入っていなかった。






 広間を出た通路の先には中庭がある。

 きっと彼女はそこで風に当たっているだろうとさえは足を急がせた。


 彼女が舞い終えた後、いつも1番に賞賛とねぎらいの言葉をかけるのはさえの役割だ。絶対誰にも譲れない。そう思って。


 中庭に、彼女の姿を見つけたさえは、「ひので」と声をかけようとしてためらった。彼女が一人ではなかったから。


「突然声をかけたことをどうか許して欲しい。あなたの舞があまりにも素晴らしくて、話しかけずにはいられなかった」


 それは背の高い、日に焼けたような肌の色をした金の髪の逞しい男で、宴の客の1人だ。


 思わずさえは柱の影に隠れて、それからしまったと思った。

 これではまるで二人の会話を隠れて聞いているようではないか。どうしようか悩みながら柱の影からこっそりと覗き見る。


 そして親友が嬉しそうに笑みを浮かべ、頬を染めたのを目にして、さえは静かにその場を離れた。






 次の日、さえは親友の結婚が決まったことを聞いた。






 神々の宴は七日間続く。

 宴の間で舞えるのは、まだ神格を持たない、結婚の予定のない年若い天女だけである。

 さえの親友は二日目の夜から舞手を離れた。

 そして七日目の宴のあと、夫となる神とともに地上へと降りることが決まっている。


 今日はもう七日目。


 明日にはもう彼女はこの天界のどこにもいない。


 次に会えるのはいつになるかわからない。


 忙しさに紛れて忘れていられた悲しみが一気に襲ってきた。


 これが最後の宴の舞。

 しっかりしなければと舞を舞う。


 領巾をひらりと、袖をふわりと、くるくる回って、そして、さえは客たちの中にあの神の姿を見た。


 日焼けしたような肌の色。背の高い、美しい偉丈夫。

 さえの親友を連れて行ってしまう男。


 悲しみが込み上げてきて、涙がこぼれそうになる。

 泣くな、とさえは己を叱咤した。


 笑え。

 笑え、わたし。

 泣くな、笑え。


 さえは親友の舞う姿を思い浮かべ、二人で疲れるまで遊んだ日々を思い浮かべ、そして笑顔で舞った。

 彼女に負けぬよう、恥じぬよう。






 さえが舞を終えて天女たちとともに広間から出ると、そこには見知らぬ神がいた。

 体の大きい、肩幅の広い男神だ。黒い髪と黒い瞳、黒い髭。そして太い腕を持っていた。

 彼はさえを真っ直ぐに見て話してきた。


「そちらの天女の娘に話がある。よければ時間をくれまいか」


 男からは潮の香りがした。







 男は地上の神で、小さな島が点在する海を守っているのだという。

 初日の舞を見たときからさえのことが気に入っていたが、今日の舞は特別素晴らしかったので、話しかけてみたのだと言った。


「あなたの舞はとても楽しそうで、舞えることが、みんなと合わせることが嬉しそうで、見ていてこちらまで幸せな気分になった。今日は初めのほうは様子がおかしかったのだが、途中から変わった。あなたの笑顔はとても強くて、どこか誇らしげで、本当に素晴らしかった」


 それは彼の精一杯の褒め言葉なのだろう。

 言われて、さえは率直な言葉に嬉しくなると同時に、心が表に出てしまっていたかと恥ずかしくなったが、品よく笑みを保ちながらなんとか礼を言った。


 海の神は、どこかぎこちない動作でさえに真珠の髪飾りを手渡した。


「その、わたしの住まいは海なので、あなたに気に入ってもらえるかどうかはわからないが、できる限りのことをするので、一緒に地上へきてはもらえないだろうか」


 見上げると、顔を真っ赤にした大男が小さなさえを覆い被さるようにして見下ろしている。

 その必死な様子に、さえはなんだかおかしくなった。

 くすくす笑うさえに、男は慌てて手を動かす。


「な、何かおかしなことを言っただろうか。その、一緒にというのはつまり、わたしの妻として、ということなのだが、やはりこんなむさ苦しい男があなたのような可愛らしい人に結婚を申し込むのは迷惑だろうか」


 いいえ、いいえ、と笑いながらさえは首を振った。胸が震える。どきどきと鼓動がする。


「よければお話をもっと聞かせていただきたいのです。とても嬉しかったので。でも、天女が地上に降りるのは覚悟のいること。だから、もっとたくさん、あなた様のことをお教えいただけますでしょうか」


 男はさえの言葉に嬉しげに目を細めてうなずいた。

 地上に降りた天女がふたたび天に戻ることはそうはない。天界と地上の行き来はそう簡単なことではないのだ。男は必ず彼女に安心して嫁いできてもらおうと心に決めた。


「わたしが預かる地域の海はーーー」







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