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捨 て る ?

捨 て る ? ― サミュエルの呆然 ―

「来たな、サミュエル」

「父上、どうなさいました?」


「サリマイド侯爵家から、婚約について相談があると連絡があった。これから一家で向かう」

「何の話でしょう?」

「何も伝わってこんのだ。正直わしも困惑しておる」


「……悪い方で考えておいた方がよさそうですね」

「……ああ、わしもそんな気がする」


 僕はサミュエル・クラスカー。伯爵家嫡男でサリマイド侯爵家令嬢ヴィヴィアンの婚約者です。が、このヴィヴィアンがかなりの危険物でして、噂だけでも男を何人も従えているとか既に何人かと寝ているとか、婚約者としては直ぐにでも白紙に戻したい方です。

 ですが、王家から命ぜられた婚約なので下手なことはできず、クラスカー伯爵家としては悶々としております。



「クラスカー伯爵、なぜ許可できないと?」

「サリマイド侯爵、むしろなぜ許可されるとお思いで?」

 はい、こちら現場のサリマイド侯爵家です。一応季節は初夏なのですが、父の絶対零度の視線のおかげで真冬のような心地です。暖炉付けてくれないかな。


「まず、ヴィヴィアン嬢が妊娠した? そして、その相手はサナティウム伯爵子息マルクスで強姦とかではなく合意の上で妊娠させた?」

 まさかとは思いましたが、やっぱりやらかしましたか。流石淫蕩娘。


「そして、サリマイド侯爵家としてはヴィヴィアン嬢とマルクスを婚約させたい、そのため我らクラスカー伯爵家との婚約を白紙に戻したい……と。本気ですか?」

「無論だ。ヴィヴィアンの幸せを第一に考えたい。ならば白紙にするのが最善だろう?」

 そして、クラスカー伯爵家は捨てると言うことか?


「この婚約をどのようにお考えですか?」

「どう? 互いの子供たちが幸せになればそれでいいのではないか?」

「はぁ……(チラリ)」

「(フルフル)」


 父とのアイコンタクトでこの婚約に対する理解が足りなすぎることが分かってしまいました。これでよく侯爵やってられるな。まあ、だから無役の侯爵なのでしょう。

 

「では、賠償についてですが……」

「白紙といったろう? なら賠償は発生しない」

 え? 何ドヤ顔して言ってるの?

 

「理解できたな? おい、クラスカー伯爵家のお帰りだ!」

 執事達が来て、問答無用で追い出されました。


「サミュエル、あのメス猿必要か?」

「僕たちに迷惑かけるケダモノはいりません。ですが、ここまでコケにしてくれた礼はしないといけませんね」

「そうだな……さっさと報告しよう」

「その時に数点調査した方がいいでしょう。それと、サリマイド侯爵とサナティウム伯爵に関わる部分は……」

「あぁ、それもやっとくか。ちょっと忙しくなりそうだ」



 二週間後、王宮にて関係者が召喚されました。

 陛下と王妃様以外にも王太子殿下、教会トップであるエイブラハム司教、そして各地方の公爵家と騎士団上位者が集合しております。何とも壮観です。

 あ、サリマイド候爵家、サナティウム伯爵家、そして僕たちクラスカー伯爵家は一家で参加です。


「さてサリマイド候、サナティウム伯、今回なぜこのような場を設けなければならないか理解しているかね?」

「ふむ、このメンバーだとクラスカー伯の処分についてですかな?」

 陛下は大きなため息をつき、処置なしとばかりに大きく首を振られました。


「何を言っておる。そなたらの処分について集まったのだぞ?」

「いや、我らサリマイド家に瑕疵はありませんぞ!」

「サナティウム家も正直、処分と言われても理由が思いつきませんなぁ」

 瑕疵どころか脳みそもないくせに……。

 このままだと手間かかりそうなので、ちょっとテコ入れしますか。

 

「陛下、発言をよろしいでしょうか?」

「クラスカー伯爵子息サミュエルよ、どうした?」


「サリマイド侯爵とサナティウム伯爵はどうも基本的な情報をお持ちでないご様子。なので、わたくしめの方でこの召喚についての説明をさせて頂こうかと思いました。それなら、陛下が懇切丁寧に説明する手間が省けるかと」

 一から陛下が説明するとなるとものすごい時間かかりそうなんですよね。相手の理解力が期待できないので。


「おぅ、それはありがたい。すまぬが、よろしく頼む」

 陛下の許可も頂いたことですし、テコ入れはじめますかね。

 

「さて、サリマイド侯爵殿。まず、僕とヴィヴィアン嬢の間の婚約はなぜ成立したのか説明できますか?」

「馬鹿にしてるのか? 貴殿とヴィヴィアンの間で恋が芽生えたのだろう?」

「そうよ、そうよ。忘れちゃったの? やっぱり別れて正解だわ」

 うわぁ。周りの皆様もドン引きしてます。


「いいえ、まず、この婚約は陛下からのご命令により成立しました。その理由は僕たちが属する西部貴族とあなた方が属する東部貴族の融和の為。国内の争いを鎮静化させるための象徴として選ばれました。なお、他にも地域間、各地域と中央の間でも同様に婚約が成立しております」

 ……キョトンとしてますが、大丈夫? 特に頭。


「そしてこの婚約を白紙にする影響ですが、まず一つ目、婚約に際して教会側で司教様が神前契約を行っております。つまり、破棄は陛下の許可をいただき、かつ神前契約を解消させる必要があります」

 なんです? その驚きようは?


「さて、あなたは婚約を白紙にしたとおっしゃっておられましたが、陛下や教会側へこのことを伝えておられますか?」

 ……なんだか不思議な踊りを始めましたね。精神吸われそう……


「二つ目、先ほど申し上げました通りこの婚約は西部と東部の融和の為。では婚約を白紙に戻すと言うことは、西部と東部は緊張状態に戻りますな。あぁ、西部と中央もですな。なんせ、東部は融和を破棄し、中央はそれに協力したのですから」

 顔色すごいことになってますが……青を通り越して白くなってますよ。


「三つ目、これが双方に理由があり白紙と言うのであれば双方の家がそれぞれが属している勢力から爪弾きにされる程度でしょう。ですが、今回の白紙理由はヴィヴィアン嬢がサナティウム伯爵子息マルクスと同意の上で子を孕んだ」

「それがどうした!」


「サナティウム伯は中央貴族ではありますが、今回の……融和婚約とでも言いましょうか……には一切かかわっていない家です。つまり、東部と中央は融和婚約に異議があるので融和婚約と関係のない家と婚約しますと宣言したに等しい。国に対して反逆の意思があるとみなされるのです」

 なんか、ものすごいびっくりされているようですが……なぜそんな驚く?


「ちょ、ちょっと待て! 我が家も東部も反逆の意思はない!」

「我が家もだ! 中央がそんなことするわけなかろう!」

「ひっど~い。わたしたちが犯罪者のように扱うなんてサイテ~」

「あぁ、ヴィヴィアン、悲しまないで。お腹の子に影響あるかもしれない」

「あん、マルクス。やさしいのね」

 ……なんなんだこいつら。ここは三文芝居する場所じゃねえぞ。


「あなたがどう考えているか知りませんが、あなたの行動が周りから見たらそう判断されるというだけです」

 というか、そのくらい考えてくれよ。子供じゃないんだから。


「それと、今回他地域でも融和婚約に協力していますが東部と中央がこのような行動をとられた。これを、東部のまとめ役であるローレンツ公爵と中央のまとめ役であるヴァイルシンガー公爵がどれだけ苦労されたかあなたたちはご存じで?」

「「い、いや」」


「王家、教会、各地域のまとめ役に謝罪行脚されておりますよ。東部も中央も反逆の意志なし、誰もこの事態を望んでいないとね。お二方からすれば、他地域に多大な借りを作ってしまったと頭を抱えておられることでしょう」

 理解できましたか? ご自身のやらかしがどれだけ国や勢力に迷惑をかけたか。



「ふん! サミュエル殿、貴様が娘を捕まえておかないからこんなことになったんだ! 賠償を求める!」

「そ、そうだ! 我が家は何も悪くない! ヴィヴィアン嬢を捕まえておかなかった貴様のせいだ!」

「サミュエル殿、あなたのヴィヴィアン嬢への愛情の無さが今回の事態を招いたのでは? それなのになぜ我々に問題があるかのように言われなければならない? 処分を受けるのはクラスカー家ではないか!」

「なんでそんなひどいこというの! サミュエルが相手してくれないから寂しくなってマルクスと仲良くなっただけなのに!」


 ……ほぅ?

 ……本気でそんなこと言うんだ。あれだけやらかしておいて。

 ……国の方針無視してそこまで言えるんだ。陛下の御前で。



「ヴィヴィアン嬢。あなたは、僕と婚約した時点で既に三名の男性とイイ仲になってましたね。一人目は近衛騎士のエルツフォン・キャミスト殿、二人目は財務省の文官ガリエル・カーター殿、三人目は王宮魔術師団のサルーマン・ボーリン殿」

「そ、そんなの嘘よ!」

「なら確認してみましょう」

「えっ?」

 名前を呼ばれた三名が連れてこられました。なんか、皆さん顔ボコられてません? あぁ、お偉いさんたちにやられましたか。


「御三方、話は聞こえていたと思いますが、陛下から僕が婚約するよう命ぜられた時点でヴィヴィアン嬢と付き合い、性行為までしておられましたね? 正直にお答えください」

「あぁ、その通りだ。ただし、婚約する情報が入った頃にヴィヴィアン嬢から別れると言ってきた。それ以降接点はない。信じがたいかもしれないが信じてほしい」

「右に同じだ」「こちらも同様」


「回答ありがとうございます。なお、この御三方には『爵位があるからヴィヴィアン嬢を捕まえたか』『お前ではヴィヴィアン嬢を満足させられないな』等言われましたが、まあこの場では置いておきましょう。後日、あなたたちの上司にでも処分してもらいなさい」

 三人とも大慌てですね。自分の発言には責任を持ちましょう?


「続きですが、その後は王宮関連では浮気がばれると思ったのか、王都の劇場で人気の演者数名とお楽しみだったようで」

「う、嘘よ」

「僕からデートの誘いをしたところ、「ちょっと体調悪いので」と断り、その直後に演者二名と腕組みながら連れ込み宿に入ったところを確認しております」

 おや、サリマイド候。何を驚いているのです?


「なお、マルクス殿。あなたはいつからヴィヴィアン嬢とお付き合いを開始し、いつ頃に子作りされました?」

「……今から四か月前に付き合い、妊娠の状況から判断するに三か月前に深い仲になったが……」

「先ほどの演者二名と連れ込み宿に入ったのを見たのも今から三か月前なんですがね」

「なにっ?」

 おや、ヴィヴィアン嬢、顔色がわるいようですが?


「なお、先ほど僕が相手してくれないと言われましたが、四か月ほど前に婚約してから最近白紙に戻されるまで、ヴィヴィアン嬢をデートに誘ったことは十五回ほど、全て体調不良で断られております」

 おや、ヴィヴィアン嬢、なぜバラすんだって顔はしない方がいいですよ。マルクス殿が見てますし。


「確かマルクス殿が僕の愛情の無さをあげつらってましたが、これで愛情がないといわれてもねぇ。それにマルクス殿の愛情の根拠は誰の胤なんでしょうねぇ」

 おや、マルクス殿、ヴィヴィアン嬢を恐ろしいものを見る様な目で見てらっしゃいますね。



「次にサリマイド候、あなたは王命を軽んじ……いや、王命を受けたこと自体をなかったことにしてヴィヴィアン嬢の行動を咎めず、それでいてヴィヴィアン嬢の無茶苦茶な行動を是とされてますね。」

「それの何が悪い!」

「いや、全てが悪いですよ。ありえないでしょ?」

 むしろ、なぜ問題ないと思ったんですかねぇ。


「そしてサナティウム伯、あなたは僕とヴィヴィアン嬢との婚約が王命によるものであるにもかかわらず、マルクス殿が浮気を持ちかけるのを止めず、むしろ浮気したことを正当化する。まともな貴族なら絶対しないようなろくでもないことをしているという自覚あります?」

 何となく、悪いと一切思っていないだろうと推測してますが。


「なにがだ! 娘の幸せの為に努力して何が悪い!」

「そうだ! 息子が愛した女性と幸せになるのに応援しない親がいるか!」


「あなた方の言う娘や息子の幸せは浮気すること、その結果相手に孕まされることですか? それと、娘や息子の幸せとやらの為に王命に抗する行動を是とするのですね?」

「くっ……そうだ、それでなにが悪い!」


「悪いかどうかと言うより、今回の処分に反逆罪が加わるだけですね」

「「え……あ……」」

「当然でしょう? 陛下の御前で融和婚約と言う王命に抗する発言をされているのですから。それも、最初だけ王命に従うふりを見せて、以降王命を無視し続ける。陛下に対してどこまで侮辱するおつもりで?」

 あら、お二人ともなぜ驚いてらっしゃるんでしょう?


「それと、疑問だったのですが、なぜサリマイド候は今回の融和婚約に参加されたのですか? あなたの言い分からするに、王命による婚約は初めから不満だったようですが?」

「そ、そんなの勝手に決められただけ『ふざけるな! 愚か者が!』ひぃ!」


 Here Comes A New Challenger!


 ……あぁ、ある意味一番の被害者が参加されました。

 東部のまとめ役であるローレンツ公がムッキムキの筋肉から湯気出しつつ顔真っ赤にして参戦してきました。血管キレなければいいのですが。


「サリマイド候! 貴様がこの融和婚約にごり押しして参加したくせに、勝手に決められただと? こちらは元々関わらせるつもりはなかった! それでもヴィヴィアン嬢を入れてくれと泣きつくのでやむなく参加させてやったのに、その態度はなんだ!」

「い、いや、そんなつもりじゃ」


「貴様たちの! 愚かな行動のおかげで! 東部は国の笑いものだ!」

 そうでしょうねぇ。


「今ここで宣言してやろう……貴様らの処分が死刑でない場合、東部全貴族が貴様らを殺す! 領地も人も全て灰にしてやる! 我ら東部貴族の恥は貴様らの命で贖わせてもらう!」

「ひぃ!」

 あ、サリマイド候、腰抜けたみたいですね。


「まあまあ、ローレンツ公、落ち着けとは言いませんが私の分も残しておいていただきたいものですな」

「あぁ、申し訳ないヴァイルシンガー公。この愚か者たちを見ただけで感情が爆発してしまいましたよ」

「お気持ちはよく分かります。ですが、次は私の番と言うことで」

 二番目の被害者も来られましたね……というか、出待ちしてたでしょ。


「さて、サナティウム伯」

 (びくっ)

「君たちは我々中央貴族をどこまでコケにするんだい?」

「い、いや、私共はそんなつもりでは」


「陛下のご下命で決まった融和婚約を潰すのがそんなつもりではと?」

「うぐっ」


「我々中央貴族を侮辱するのになかなかろくでもない手口を使ってくれたじゃないか? 娼婦まがいの娘を寝取り、婚約を白紙化させ、中央貴族がこの融和婚約に反対の意志があるかのような対応。これで『そんなつもりでは』なんて誰も信じないさ」

 アワアワ言うだけで言い訳になってませんね、サナティウム伯。


「私もこの場で宣言させてもらおう……君たちへの処分が死刑でない場合、一族郎党殺害させてもらうよ。戦争ではなく暗殺と言う形だがね。生きて王都から出ることはできないと認識しておいてくれたまえ」

 あ、サナティウム伯、口から泡吐いてる。



「失礼、皆様。そろそろわたくしにも発言の機会をいただけませんでしょうか?」

「おお、司教殿、お待たせして申し訳ない。どうぞご遠慮なさらず」

 エイブラハム司教、出陣! ってこの人出しちゃったらまずくない?


「さて、サリマイド候とサナティウム伯、そしてご家族の皆様。とてもろくでもない方法で神と教会の威信をまとめて失墜させようとはなんと愚かなことでしょう」

「い、いや、ちょっとお待ちを! 我々は神と教会に歯向かう気など」


「歯向かってますよね? なんせ我らが神の御前で契約を行ったにもかかわらず、それを勝手に白紙にするなんて、こんな侮蔑される理由は神にも教会にもございませんよ」

 サリマイド家もサナティウム家もぜつぼ……あれ? ヴィヴィアン嬢なぜこの状態であっけらかんとしていられるんだ? もしかして事態理解してない?


「教会としてこの場で宣言させていただきます。サリマイド候一家とサナティウム伯一家については、破門を申し付けます。既に教会の手の者が王都で告知致しましたので王宮から一歩でも外に出られたら民に石持て追われることとなりましょう」


 あぁ、終わった。まあ想定通りではあるけど、やっぱり教会としてそういう判断しちゃいますか。まぁあまりにもコケにしすぎだったからねぇ。

 ヴィヴィアン嬢は……あれ、まだ分かってない? サリマイド家ではこんなことも教育しなかったのか?



「陛下、とりあえずの説明は完了致しましたので、以降の処分についてご説明よろしくお願い致します」

「うむ、大儀であった。さてサリマイド候とサナティウム伯、汝らは国内の融和政策の為の婚約を忘れ、娘の不貞行為を問題ないと言い放ち、王家や教会に確認せず白紙に戻し、クラスカー伯への賠償も一切払っていないと言うではないか」

 陛下ににらまれると、二家は本気でびくつき始めましたが……いまさらじゃね?


「そのような愚か者を我が国の貴族とは認めん! 汝ら二家は取り潰し、当主たちと今回の原因となったマルクスとヴィヴィアン嬢は三日間磔の後に火刑とする!」

 まあ、そんなところでしょうね。


「他の者は毒杯による処罰とする! なお領地は王家直轄領とし、それぞれの家の財産はクラスカー伯、ローレンツ公、ヴァイルシンガー公への賠償とする!」

 処分が言い渡されると二家は大慌てで泣きつきますが、陛下の意志は固いようです。

 泣きついても撤回されないことが分かったところで、二家は我が家を攻撃し始めました。



「貴様が、貴様が陛下に報告しなければこんなことにならなかったんだ! ふざけたことしやがって!」

「今回報告しなくても、王家から定期的に融和婚約の状況報告を求められております。なので、今日か数週間後かの違いで結果は変わりません。それに、国への反逆行為を黙ってみてろと? 僕たちクラスカー伯家はそのような恥知らずな行動は致しません」

 確か月一で報告だったはずだけど、サリマイド候、もしかして今まで婚約報告してなかったの?



「お前がちゃんとヴィヴィアン嬢を捕まえておけば!」

「その通り、なぜ我らがこのような目に合わなければならん!」

「王命による婚約者がいる女性にすり寄る時点で王家を侮辱するのと何が違うのです? 声をかけたマルクス殿が処罰されるのも、それを叱りもせずむしろ奪い取ることを是としたサナティウム伯が処罰されるのもなるべくしてなっただけです」

 当たり前のことなんですがねぇ。

 

「むしろ、サナティウム家はどれだけ王家を軽視しているのか僕としては驚きなんですがね。一応言っておきますが、この融和婚約は国家事業ですよ? それを一伯爵家がぶち壊そうとされたんですが、そこ理解してます?」

 サナティウム伯もマルクス殿も王命をどこまで軽視するんでしょうねぇ。

 王命というものがどれだけ重いのか理解していれば発生するはずのない問題なんですがねぇ。



「ひどい! なぜわたしを捨てるの!」


 ……え?

 

「あんなに婚約者として尽くしたのに、ひどい!」


 ……どこが? 一度も会っていないのに?


 ……ここまで侮辱するんですね。

 僕は、ゆっくり一歩ずつヴィヴィアン嬢に近づきます。


 ざっ

「陛下の御前での融和婚約の面通し以外顔を合わせたこともないですよね?」

 ……ねぇ、なぜ睨み付けるのです?


 ざっ

「毎週デートに誘っても体調不良で顔を合わすのも断っておられますよね?」

 ……ねぇ、なぜ後ろに下がるのです?


 ざっ

「むしろ、婚約者がいたことも忘れているとしか思えないくらい、他の男性に股を開き精を受けてますよね?」

 ……ねぇ、なぜ慌てるのです? 


 ざっ

「そんな娼婦の方がまだ貞淑な行動をし続けた挙句、僕があなたを……」

 ……ねぇ、なぜ怯えているんです?


 だん!

「 捨 て る ? 」

 ……ねぇ、なぜ泣き出すのです?


「あなたが僕を捨てたことも忘れたんですね。なんと都合のいい頭をしてらっしゃる。それに婚約者として尽くした? 国との契約を守らず、婚約者との信義を守らず、女性としての貞操を守らず。これだけやらかしておいて、尽くしたと? 誰もそんなたわごと信じませんよ」


 ヴィヴィアン嬢は愕然とし「見捨てるのね!」と大騒ぎするが、誰も信ずることなくサリマイド家もサナティウム家一同は牢へと連れて行かれた。



「さて、クラスカー伯よ。汝が子息サミュエルの婚約についてだが、西部の代表として継続して東部の子女と婚約させて構わんか?」


 父は、僕をチラッと見ると

「婚約者を東部から探すこと自体は構いませんが、いきなり婚約ではなく互いを理解する時間を頂戴できないでしょうか。なんせ前回それを放棄した結果、謁見後一度も会わずに白紙になったもので……流石に二度はご勘弁を」


 父よ、ありがとう。ほ・ん・と~にありがとう!

 いや、本気で女性に対して苦手意識を持ってしまいそうだったので、助かります。


 陛下やローレンツ公爵様もいたわりの視線を向けて来てますので、納得されているようですね。これなら流石に怪しい人物は来ないでしょう。


「陛下、東部側からは元々クラスカー家と婚約させる予定だった娘を出すつもりです。また、懸念点は先ほどの騒ぎから考えると当然だと考えます。なので、明日でも顔合わせしてみてはいかがでしょう?」

「クラスカー家としては問題ありません」

 サクッとお見合いスケジュールが決まりましたが……まあ、やるだけやってみましょうか。



 あっという間に次の日、顔合わせの時間となりましたが、あちらはローレンツ公と娘さんだけ? 東部代表のお嬢さんは?

「あ~、ローレンツ公。東部側のご家庭は王都への到着が遅れていらっしゃるのでしょうか?」

 父も困惑しながら問いただしていた。


「ん? あぁ、東部側はそろっておる。今回見合いするのは我が長女、ミネアだ」

「お初にお目にかかります。ローレンツ公爵長女ミネアと申します」

 ま じ で す か ?


 父も唖然としてしまったので、僕から質問することにします。

「あの……公爵家長女が融和婚約に参加するというのにサリマイド候が乱入して、かつそれが許容された理由が想像つかないのですが。いくら割り込んでもミネア様を除外するのは流石にあり得ないのでは?」

 父も壊れたおもちゃのように頷いてます。


「あぁ、本来は、な。ただ、一点だけミネアがサリマイド家に勝てない部分があって……年齢が他の婦女子より二歳ほど高いこと。それが外された理由の一つであり、そこを王家も認めてしまった」

 お う け ~ ! 何やってんの! そんなことするのなら責任持てよ!

 

「それと、我が家から二名参加させた。ミネアとその妹だ」

「まさか、そこも王家から?」

「そうだ。二名参加させているのだから一名サリマイド家に回せと言われた」

 お、王家終わってる……


「父上、サミュエル様とお庭を散策してもよろしいかしら?」

「あぁ、すまんがサミュエル殿、ミネアをお願いできるかね?」

「かしこまりました。ミネア様、お手をどうぞ」

 王家の愚かな行動から見合いに意識を戻し、庭のガゼボに案内する。

 流石に公爵家令嬢だけあって礼儀作法がしっかりしている。ま、ヴィヴィアン嬢と比較するのが失礼か。



 ガゼボにて茶の用意をし雑談をはじめるが、

「ミネア様、普段公爵領でどのようなことをされてますか?」

 とりあえずジャブからいきますか。刺繍かな?読書かな?


「ここ五年ほど小麦、野菜などの生産力向上の為、作物の研究をしております」

 うわ想定外、って五年ほど? ってめっちゃすごくない?


「失礼、もしかして三年前の全国的な不作の際は……」

「事前に収量増加してましたのと余剰分を倉庫に確保しておきましたので被害は軽微で済みました。ちなみにクラスカー伯ではどうされてましたか?」

 うわ、カウンター?! でも、なんか妙に期待もされている?


「私どもは余剰と言えるほどの量が無いので、野草や山菜で食べられるものについて料理の仕方と一緒に領民に周知しております。おかげで何とか餓死者は十数名で済んでおります」

 え、ミネア様驚いている?


「十数名で済んでらっしゃいますの?」

「?」


「ああ、失礼しました。私が把握している限りですが、あの時に餓死者十数名以内に抑えた上位もしくは中位貴族の領地となると数える程しかなかったはずです。その一つがクラスカー家だったとは……」

「ええ、何とか餓死者を減らすことに注力したおかげで王家から評価されましたし領民からの評価はかなり高いですが、戦による評価ではない為、家内の評価はそこそこですね」

「うそっ……」

 気持ちはわかりますが、我が家ではそんな感じです。でも、公爵家でも似たようなものでは?

 

「はい、ご想像通り、家内評価はそこそこでしかありません。むしろ、公爵領内では不作はなかったような発言まで聞こえてきます。領民からは最高評価なのですが」

「「はぁ……」」

 互いにため息が出てしまうのもやむなしか。



「サミュエル様。少し質問がございます」

 なんでしょう? 妙に緊張してらっしゃるようですが。


「サミュエル様は、その……筋肉に興味はおありでしょうか?」

 ……WHAT?

 ええと、ミネア様、そっちの趣味が?


「あ、いえ私はむしろ食傷気味で。東部の男性のほとんどが筋肉は全てを解決するとばかりに鍛え上げるので、東部の方言で『ゴリマッチョ』と呼ばれる筋肉のせいで太めに見える方がほとんどなんです」

「ああ、何となくわかります。父がそちらに近いです。ですが、僕はクラスカー家の異端児と言われてまして、武の方は人並みでしかないと言われてます。一応知識と知恵で領地の為に働いており、そちらでは認めてもらってますが……」


「むしろその方がありがたいです。今回東部から選ばれた融和婚約のメンバーはサリマイド家を除き皆ご家庭が筋肉まみれの為、このチャンスに東部から逃げ出したい者たちで構成されておりました。正直、東部男性は筋肉で会話し考えるタイプの方が多く……」


「西部の方言で『脳筋』と呼ばれるタイプですね。父も領内武官も微妙にそのタイプなので苦労してます……」

「ああ、その方言ぴったりですわ。なので、サミュエル様のような筋肉にそこまで関心を持たない、もしくは通常程度の関心で済む相手を探しておりました」

 ……それって、ミネア様の好み直撃だと宣言しているの気づいているのかな?

 ……覚悟決めるときなんだろうな。

 

「ミネア様、少しの間ですが互いの立場等無視した発言をしてよろしいでしょうか?」

「え、ええ。構いませんが」


「ありがとうございます。では、ミネア、私と婚約してください」

「剛速球?! しかも呼び捨て?!」


「遠回しに伝えるより手っ取り早いのと、ミネアのような方が他に見つかるとはとても思えないんで」

「……サミュエル様、いえ、サミュエル。婚約受けさせていただきます」

 あら、意外とすんなりいきましたね。


「サミュエルの言う通り、あなた以上の人が見つかるとは思えないので」

「そう言って頂けてうれしいですよ。では、立場を思い出したうえでゴリマッチョな脳筋どもに理解できるよう分かりやすく説明しにまいりましょうか?」

「あぁ、そうでした……互いの気持ちを伝えるより苦労しそうです」

「えぇ、本当に」



 その後、脳筋共に婚約を求め、一年後結婚。下らんチャチャを入れてくる筋肉達磨共をあしらいつつ伯爵領を食糧庫と呼ばれるまで発展させ、また夫婦そろって農業方面に多大な影響を残し融和婚約の成功例と呼ばれた。



 時は流れ……国も消え去った時代にミネア嬢が妹君に送った手紙が見つかっており、当時の貴族の風習や関心事について調査している。一部当時の東部訛りや西部訛りが混じっており、内容の解読が難航しているようだ。

 

「細マッチョだったけどアリよりのアリだった。ゴリマッチョな脳筋に比べたら全然まし」


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― 新着の感想 ―
[良い点] あのラストずるい……
[良い点] これは面白いわ、と思いながら読み進めて、最後の一文にやられた。 星5じゃなくて、10くらいつけたかったわ。
[一言] 股の緩い令嬢W オワタ。
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