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「おい、起きろ」
その声にミーナは目を覚ました。自分が気を失ったと気づいたのもその時だった。
声の主は、ベッドの上に座り込んでいた。しかもミーナの腹の上、それでも苦しさはそれほど感じない。彼の体型にしては少し重いくらいだが。
「ハム……」ミーナは視線を向けて呟いた「いつからいたの?」
「知ってどうすんだ」ハムはきっぱりと言った。「ズイブンと無茶したみたいだな」
「こんなの……」とミーナは目を逸らした。周りを見つめて二人がいないことに気づく。
ミーナはゆっくりと身体を起こした。痛みはあるが、さっきほどではない。するとベッドの脇に置かれたクロスボウを発見する。矢はついてないが、黒光りした見た目が異様な威圧感を放っていた。
ふと、ミーナはハムが座っている場所に紙が置かれていることに気づいた。
「それ……誰から?」指を差すとハムがさあなとそこから退いて呟く。「自分で確かめろ」
見るとそこにはたった一言だけ書かれていた。
――預けるぜ。
それが、誰からの手紙だったのかは容易に想像できた。あの場で覚えている記憶の限りを総動員すれば、その返事が何を意味しているのかも。
「どうしたんだ?」
「ううん……なんでもない」
ミーナはふるふると首を振った。
「それ、持っていくのか?」ハムが、クロスボウを両手で抱えるミーナを見て呟いた。
「うん、約束だから」
持っていくとは言ったが、使うつもりは毛頭ない。ただ、壊すというよりも彼をこの武器とのしがらみから解放させてあげたかった。結局、自分のことは何も解決できていないが……。
「……ッ!」
この武器の痛みだけは知れてよかったと思うから。
右肩を押さえるミーナをハムは見つめた。そして、何を思ったのか近くの紙袋をごそごそと漁って何かを咥えて外に出る。
「食うか?」それは、初日にミーナが食べるのを拒んだ蝙蝠焼きだった。
ミーナはそれを見つめて、こくりと頷いた。あの時よりも恐怖が少ないのは、あの時よりもずっとお腹が空いているからだろうか。ハムから蝙蝠焼きを受け取り、頭から頬張る。ボリボリと咀嚼音を立て、飲み込むとミーナはにっと笑った。
「うん、おいしくない……」ミーナは豊かに苦笑いを浮かべる。
ハムがふっと笑った。「まだまだだな」
どこもかしこも骨ばっかりで、肉なんてあってもんじゃない。けれど不思議と手が止まらなかった。胴部分の肉は少しだけ弾力があって、そこは意外と美味しかった。
次の日、停留所の前には大勢の人だかりがあった。次の町の半券を買ってきたセトに視線を向けていると、洞窟の一方から機械音が響いてくる。
「来たみたいだね」
一度見てはいるが、暗闇の中どんどんと音が大きくなっていくその迫力は圧倒的で、ブレーキ音が響くとミーナは思わず耳を塞いだ。
『当列車はしばらく停車いたします。再出発は一時間後でございます。こちらでお降りのお客様は乗務員に半券をお渡しください』
車内放送が聞こえミーナは少し懐かしい気持ちになった。列車から降りてきた乗客たちがなぜか顔を上げた瞬間丸い目をしていたが、理由はわからなかった。乗務員が降りてきて荷卸しをしたあと、駅長が現れ乗車許可が下りる。
ミーナは右手にクロスボウを握りしめて列に並んでいた。するとセトが、「遅いなあ」とぼそりと呟き、ミーナは「何が」と訊ねた。
洞窟の奥から足音が響いた。ミーナはゆっくりと視線を向け、列車の照明に当たった顔を捉えて影を指差した。
「ど、どうしてあなたが……レツ」
「どうしてって、あんな事言われて、言われっぱなしでいられるわけねえだろうが」
見送りに来たのではない。背中には背嚢が背負われている。
「だって、預けるって手紙に……」
「準備の邪魔になりそうだったからな。外に出しとくわけにもいかねえし」
「あ、そう……なの」ミーナはゆっくりと右腕を前に出した。「じゃあ、これ」
「いいよ」レツが首を振った。「そいつも俺と一緒に連れてってくれるんだろ?」
ミーナは目を見開いた。するとレツが、「ああそれと」と背嚢から何かを取り出す。
これ、と言って取り出したのは例の鎖帷子だった。確か工房に置いたままのはずで、それ以降のことをミーナは知らなかった。見ると、錆がキレイに取り除かれて、銀色の輝きを放っていた。そして、確かにそこにあった穴が、見事になくなっていた。
「すごい……!」ミーナは鎖帷子を掴んで叫んだ。「これ、どうしたの⁉ あなたがやってくれたの?」
「いや」とレツは首を振った。「たまたま一人、やってやっても良いって言ってくれた奴がいたんだ」
「誰それ……?」
「言わない約束なんだ」レツは首を振った。すると、見送りの町人から影がゆっくりと歩みを進めて近づいてきた。レツはゆっくりと振り向いて、その影に視線を合わせる。
「わざわざ見送りにきてくれたのか?」
「馬鹿を言うな、彼女に謝罪しに来ただけだ」ダンはそう言って、ミーナに視線を向け、そして深々と頭を下げた。「次いでとはいえ、君を殺そうとしてしまったこと。二度も傷を負わせてしまったこと。そして、数々の失言と非礼を浴びせてしまったことを申し訳なく思っている」
「え⁉」ミーナは目を丸くしたが、やがて状況を読み込んでダンに向き直った。「これからは、誰も傷つけないモノを作ってください。それと……町の人達と仲良くしてくださいね」
「それだけでいいのか? もっと言ってやれよ」そう言ったレツにミーナは首を振った。
「わたしはこれくらいで十分よ。あとはあなたに任せるわ、レツ」
そう言って一歩下がったミーナにレツは笑顔を浮かべた。
「だそうだ、ダン……けど、俺もお前に言うことはもう殆どねえんだよな」
「ふん、だったらさっさといけ。ボクもこんなみっともない姿を見られるのはゴメンだ」
レツはダンの肩に手を置いた。
「肩……早く治せよ、ダン」
ダンがゆっくりと顔を上げた。
「レツ、お前……」
「それじゃ、あとのことは任せたぜ!」
じゃあな、とレツは意気揚々と列車に乗り込んだ。ミーナが振り返って、レツに訊ねる。
「お別れ、本当にあれでよかったの?」
仲直りもしていなかったように見えたとミーナはレツに言ったが、レツは「いいんだよ」と首を振った。
「アイツは、ああ見えてけっこう負けず嫌いなんだ」
最後まで読んでいただきありがとうございます。ゴルゴア編は前編よりも悪役を魅力的に描けたところが良かったと感じています。町の造形はまだまだ未熟なところが多いですが、未熟なりに作り上げた世界観でやりたいことは大体できたと思っています。
次章のブリーズ編では遂に野生のビーストが登場します。何を隠そう物語を一度書き直したのはこのブリーズ編がきっかけなので今回は納得できる章にしたいと思います。




