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わたしは武器が嫌いだった

 初めて武器を手に持った時の記憶は、今でも鮮明に覚えている。冒険に出るには、自分に合った武器を見つける必要があったから、村の猟師たちに協力してもらい、できる限りの武器を試した。長剣は重くてまともに振ることも出来なかった。非力な自分(ミーナ)には、短剣が良いと進めてくれたが、痺れた手のまま振ってしまい、すっぽ抜けた。そして他の武器を練習中の仲間に刺さり、危うく大怪我になるところだった。以来、短剣は怖くて握れない。斧も盾も男たちの方が余程上手く使えた。


 そもそも、ミーナは戦う必要なんてないと仲間たちは言った。自分は守られる存在なのだから、自分たちに守られていればいいと。しかしミーナはそれを許しはしなかった。自分も同じ仲間として彼らから認められたい。その思いで、ある武器を選んだ。


 その武器は、驚くほど手に滲んだ。違和感がまるでなかった。引き絞った弦の音は心地よくすらあって、最初に放った矢は誰も届かなかった遠くの的を簡単に射抜いた。

 その時ミーナは、初めて自分の弓の才能に気づいた。仲間たちからも褒められ、さらに上達するために、家に帰ってからも練習した。そしてより遠くの的を射抜けるまでになった。


 やがて、狩りに同行させてもらうことになった。その時の獲物はウサギだった。ミーナはウサギが大好きだった。白い毛並みと仕草がとてもかわいらしく、もし狩人になったらウサギを捕まえてペットにしたいとさえ思っていた。

 引率の猟師が手本を見せると言って木に登った。ウサギは警戒心が強く草音にも敏感だった。ミーナたちは草むらで息をひそめた。

 じっと息を殺していると、草音が響いて視線の先で野ウサギが顔を出した。野ウサギは数歩歩いてピンと耳を立てた。そして周囲を伺うとその場で横になった。そこはとても陽の当たる場所だった。ミーナは草むらから野ウサギの寝顔をじっと眺めていた。そして一瞬の間もなく、野ウサギに矢が突き刺さった。


 ——え?


 野ウサギは目を開けたまま絶命していた。彼はただ眠っていただけだ。気持ちのいい場所を探して散歩をして、ようやくその場所を見つけて夢を見ていた。けれどその夢は決して覚めることはなかった。たった一本の矢が軽々と彼の命を奪った。

 猟師が木から降りて野ウサギに近づいた。そしてその白い耳を、まるで得物でも握るように掴んで持ち上げた。


「どうだ、すごいだろ!」


 周りの仲間が猟師の周りに群がりすげえすげえと叫ぶ中、ミーナだけが一人ウサギを見つめていた。


「どうして撃ったの⁉」ミーナは思わず叫んだ。


「だって、撃たねえと逃げられちまうだろ」引率の猟師が困り顔を浮かべた。


「そうじゃなくて!」ミーナは拳を握った「どうして殺しちゃったの……?」


「だって、そうしねえと食えねえだろ」


 食べる? どうして? 飼うんじゃないの? 狩りって……そういうこと? 食べるってそういうこと……? 殺すの?


「殺さないと……食べられないの?」


「それが自然の摂理だ。俺たちは殺して生きている。生き物の命を奪って、その命を食らって生き延びているんだ。だから食う時は感謝をしないといけねえ」


 ミーナは手に握った弓を持ち上げた。


「この弓は……なんのためにあるの?」


「生きるためだ」


 じゃあ……殺すため? そのためにわたしは……ずっとずっと、練習してきたの?


 猟師がミーナの肩を掴んで言った。


「死から目を逸らすな、ミーナ! その弓はただ殺すためじゃない。生きるために使うんだ! 自分たちを生かすためだ……そうしねえと俺たちはこの森で生きていけねえから」


「でも……でも……!」


 本当にそうだとして、この先弓を握る理由がミーナには思いつかなかった。それまではただの遊びでやっていた。真剣にやっていたが、何のためにやっているか、深く考えてはいなかった。現実をはっきりと目の前で見せられて、ミーナは、弓を握ったミーナの手は震えて止まらなかった。


 ——じゃあわたしは、この先何のために武器(これ)を握ればいいの?


 気づくと、底の見えない水の中に潜り込んだように、意識だけがそこにあった。目を瞑って、ぷかぷかと波の中を漂っているような気分だった。


 封じていた記憶がよみがえったのは、きっと向き合う気持ちが芽生えたからで、もうよそ見はしていられないと、覚悟が決まったからだった。


 気が付くと、目の前にあったのは天井のランプの灯りだった。大きなガラス玉の中で光が燃えるように光っていて、まだ少しぼんやりとしている。だんだんあれは夢なのだと自覚が芽生えてきて、やがてミーナは周囲に視線をやった。


 椅子の上で、知らない老婆がこっくりこっくり俯きながら眠っていた。キノコのような白髪の頭皮がとても目を惹いて、ミーナは「どういうこと」と呟いた。

 すると突然、肩に強烈な痛みを覚える。


「……ッ!」ミーナは我慢できずにその場で悶えた。初めての痛みだった。擦り傷や切り傷なんかとは比べものにならない、身を切られたような痛み。


「あんまり動くんじゃないよ、死にたいのかい」


 声に気づいて、痛みがうっすらと遠くなる。首を後ろに向けるとさっきのキノコ頭の老婆が目を開けこちらを向いていた。


「あの……」


「メイだ」


「メイ……さん」


 反応に困っていると、前の方が急に明るくなって人影が二つ現れた。


「セト、レツ……!」


「ミーナ、目を覚ましたんだね!」


「うるさい小僧共だね。さっさと閉めないかい」


 老婆が叫んだ。セトが、「ごめんなさい」と急いで持ち上げた布を下に下ろした。


「ねえ、これ……どういうこと?」


 ミーナは起き上がり二人に訊ねた。するとセトが答えた。


「銃弾が肩をかすめたんだよ。それで此処に運んだんだ」


 ゴルゴアでも唯一といえるこの診療所は、珍しく屋外に立てられた施設で、テントの中に寝台(ベッド)が二つあるという簡素な造りだった。そしてこの町唯一の医者のメイ婆は、法外な治療費を要求する守銭奴として知られている。


「つーか、なんであの時庇ったんだよ」レツが言った。


「なんでっで、そんなの……わからないけど……」


「はあ⁉」レツが目を見開いた。「わからねえって、お前それ……バカ」


「馬鹿馬鹿言わないでよ!」ミーナは耳に手を当てて叫んだ。「わたしだって、何がなんだかわからないし、半分くらい記憶なかったんだから……」


「いや、けどなあ」


 煮え切らない様子のレツに、メイ婆の怒号が飛ぶ。


「うるさいねえ! 元気になったんだったらさっさと出て行きな!」


「ごめんなさい!」ミーナは叫び、再びベッドに横になった。天井を見つめながら呟く。


「あの時は、無我夢中だったから……理由なんて、正直言って思いつかないけど……」いま、落ち着いて考えてみたとき、微かに覚えている感覚がある「きっと、放っておけなかったから。あなたが……」


 そう言うとレツがミーナを見つめて、何かを言いかけた。「……俺は」


 ミーナは急に咳き込んで、セトがミーナに声をかけた。「大丈夫? ミーナ」


「ええ、ごめんなさい……」


「無理しない方がいいよ」


 セトがそう言ったが、ミーナは首を振って二人に訊ねた。


「あの後、どうなったの……?」


「それは……」レツが言い淀んだ。


「もう一人撃たれたんだ」セトが答えた。「君を撃ったその人が、仲間の一人に……」


「え、じゃあ……」ミーナが目を震わせた瞬間、カーテン越しに声がした。


「勝手に殺すな」枯れた喉のような声が聞こえ、ミーナは視線を向けた。「ボクがそんな簡単に殺されてたまるか、ボクは……」


「うるさいねえ」


 パシッと音がした直後、ダンが叫びを上げる。メイ婆が言った。


「弾は取り除けたけどね、砕けた骨の破片までは流石に無理だったよ。右腕はもう使えないと思った方がいい」


「問題ない……」ダンがうっすらと笑い声を響かせる。「ボクは鍛冶師じゃないからな。この先……」


「こんな時まで強がる必要はねえだろうよ、ダン」レツが言った。「弱音の吐ける立場じゃねえだろうけど、こんな時くらい……泣いたって誰も笑わねえよ」


 カーテン越しにダンが息を呑む音が聞こえた。


「何を……ッ、分かったような口を利いているんだ……僕は一度だって、強がりなんか、した覚えはないッ!」


 強く言い切ったダンに、レツはため息をついて言った。


「じゃあ、これは俺の独り言だ。俺は、鍛冶師としてのお前は心底嫌いだったけど、商人としてのお前は、すげえ奴だと思ってた。どんな方法を使ってもこの町を復活させるってお前の貪欲さだけは、やり方はまあ外道なもんばっかだったけど、それでも、お前の立場でそれをすんのは結構キツイことだったと思うからよ」


 カーテンの奥で唇を噛む音が聞こえた。


「貴様にそんなことを言われても、何も嬉しくはない」


「だから、独り言だっていってんだろ」いいから聞けよと、レツは続けた。「お前がやってきたことを全部否定する気はねえよ。実際この町が今日まであるのは、お前のお陰だと思うから。けどな、お前のやり方を許すわけにもいかねえんだよ。お前のやり方は、引き換えにたくさんのものを犠牲にする。そうなったらどうなるか、お前ももう分かってるだろ」


 身に染みているだろうとレツが言うと、ダンは初めて弱音を吐いた。


「じゃあどうしろというんだ。この町にはもう、かつてのような活気はない。それでも武器を求めて中途半端に冒険者はやってくる」


「だったら辞めちまえよ。やりたくねえことやったって仕方ねえだろ」


 レツが言うと、ダンは目を見開いて唇を噛んだ。


「そんな簡単なものか……」


「武器じゃなくたって、作れるモンはあるだろうよ。そうだ……ダン、お前知ってるか? 町外には船っつーモンがあるんだとよ。水の上に浮かべる乗り物らしいんだ」


「当たり前だ。ボクは貴様と違って何度も町外に出ている。馬鹿にするな……!」


「だったら、武器じゃなくてもいいじゃねえか」レツは言った。「俺は、町外には出たことねえからわかんねえけど、お前は色んなモン見てるんだから、この町でできること、もっと見つけられるはずだろ」


 すると、ダンはすぐには返事をしなかった。やがて、「それは」とぽつりと呟く。


「……ボク一人では、簡単には決められない……だが、できるだけのことはする」


 ああ、とレツは頷いた。


「もう寝る。これ以上は話しかけるな」


 悪かったな、とレツは身体をミーナとセトの方に向けた。そして、視線をセトに向けて指差す。


「そういえばソレ、どこで見つけたんだ?」


 セトが手に持ったクロスボウを持ち上げた。「……これね、奥の岸部だよ。武器の山の中に埋まってたんだ」


「ホントかよ……どうりでいくら探しても見つかんねえわけだな」


 レツは笑いながら言った。セトからクロスボウを受け取り、じっと見つめる。


「壊すの……?」ミーナが訊ねた。


 レツが振り返って言った。


「もう必要ねえだろ。親父がコイツを置いてった理由もわかんねえし、今となっちゃ残す方が危険だ」


「でも……」ミーナが言った。「いいの? それで」


「まあ、本当は、コイツを親父に付き返してやりたい所だけどな。何でこんなモン置いてったんだって、一発ぶん殴ってやりてえ……けど、俺はコイツを使いたくはねえんだ」


 ミーナとセトがじっとレツの話に耳を傾ける。


「もし親父がコイツを、俺のために残したんだとしたら、コイツを使っちまったら俺は、親父との約束を果たせなくなっちまう。武器なんか使わなくたって親父を見つければいいってハナシなんだろうけど、そんなのは無理だろ?」


 セトが「そうだね」と頷く。


「武器職人としての俺はもういねえ。だったら合わす顔なんてどこにもねえじゃねえか」


 弱音を吐くように言うと、ぼふっと鈍い音が響いてレツは顔を上げた。見るとミーナが、両手を布団の上に叩きつけていた。


「お前、肩……何やって」レツはミーナを見つめて言った。すると、ミーナが顔を上げて叫んだ。


「そんなの、ただの貴方として会えばいいじゃない! 武器職人じゃないから何よ。貴方は職人(あなた)でしょ!」


 レツがじっとミーナを見つめた。


「会えるんだったら、会いたいんだったら会いなさいよ……言い訳なんかしてないで、独りよがりになんかなってないで……」


「お前……」


「どうしても使えないんだったら、わたしが一緒に連れてってあげる、から……」


 握った拳の力がゆっくりと弱まっていくのを感じながらミーナはゆっくりと目を閉じた。

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