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悲劇(プロモーション)

 武器商人のオージは溜め息をついた。今週も売り上げは少ない。売上金から仕入れ金を差し引けば、収支はギリギリプラスといったところだ。おまけにレツが余計なことを言ったせいで客もあまり寄り付かなくなった。鉱石掘りの仕事で一定の収入は確保できているから生活に苦は無いが、夢も希望もない感覚だけはあの頃からずっと消えていない。


「おいおい、誰も来てねえじゃねえかよ……」


 商店通りの門前に立ってオージは大きく口を開けた。今日は列車の来ない日だったか、いやそれにしても一人も客がいないというのは異常な光景だった。それどころか知り合いの商人すらいない。

 この商売もいよいよ潮時か……と、オージは肩を落とした。足を洗って、また職人の道に戻るべきか、家族を連れ、町を出て新たな仕事でも始めようか。どちらにしても、今よりも収入が下がることは間違いない。踵を返し、ふらふらと歩いた。


「……なんで」オージはぽつりと呟いた。


 どうして此処に来てしまったのだろうか。初めて訪れたわけでない。しかし、よりにもよってどうして今、工房群(ここ)に足が向いてしまったのだろう。いや、きっと喉が渇いていたのだ。そう思って、オージは大井戸に近づき桶を握った。


「あ、いた!」背後で声がしてオージは振り返った。「やっと見つけた……」


「なんだよ、今日はみんな休みなのか?」オージは桶を大井戸の底にするすると落としながら冗談交じりに言った。


「違うんだよ!」商人仲間が首を振る。「ダンの奴が、町の奴らと客をみんな集めてやがるんだ」


「……何のために? ッぐオッ!」急に腕が引っ張られるような感覚がしてオージは思わず叫んだ。


 どうしたんだ、と首を傾げる商人仲間に「知るか」と叫んだ。


「魚でも引っ掛かったんじゃねえのか」商人仲間が笑いながら言った。

「お前も手伝え!」オージは商人仲間にも綱を持たせて二人がかりで桶を持ち上げる。綱引きのように無理やり引っ張ると、縁にぶつかった綱がじりじりと擦れて音を立てた。


「コイツは大物だ!」商人仲間が叫んだ。するとまた背後から足音が聞こえてくる。


「大変だ! いま、町の連中が大勢『停留所』の方に向かってって、すげえ騒ぎなんだ!」「そんなことよりお前もこれ手伝え!」


 オージたちは震える腕を見せながら、二人目の商人仲間にも綱を持たせた。さっきよりも早いペースで綱が持ち上がる。


「お前も言ってたよな」オージは一人目の商人仲間に視線を向けた。「どういうことなんだ」


「ああ、ダンの奴が新しい武器ができたとかで招集をかけてんだよ」


町人(おれたち)にもか? またヘンなこと言い出すんじゃねえだろな」


「それはわかんねえけど、とにかくすげえ武器だってんで客の奴らも大騒ぎだよ」


 オージはぽつりと呟いた。「うまい話だったら俺たちも乗っかってみるか……コイツみたいに思わぬ大物が釣れるかもしれねえからな!」


 腕に思い切り力を入れて綱を引っ張る。そろそろご対面だと胸を躍らせていると、釣りあがったのは全く予想外の生き物だった。


「おい」と濡れた髪から鋭い眼光を覗かせてレツが言った。「今のハナシ……どういうことだ」


「お、おおおお前……どうしてこんな所から⁉」オージは思わず尻餅をついて叫んだ。


「そんなことはどうでもいいんだよ! 今のハナシ、本当なのか……あいつらが」


「間違いねえよ」二人目の商人仲間がコクコクと頷く。「すげえ武器ができたって」


 クソっ、とレツが舌打ちをした。


「アイツらまさか……見つけたのか」レツが歯を食いしばった。「だったら早く止めねえと」


「レツ」とセトがミーナを背負いながら言う。「ゴメン、僕は後で行くよ。ちょっと確かめたいことがあるんだ」


「わかった」レツが頷いてもう一度商人たちを睨みつけた。「ダンは停留所にいるんだな」


「ああ……」オージはゆっくりと頷いた。クソっと走り出したレツを見送って、オージはセトの方を見つめた。するとセトがミーナを地面に下ろして、オージ達を見つめた。


「ちょっと、彼女のことを頼めないかな。あとですぐ迎えにくるよ」


「は……? おい、ちょっと待てよ!」オージが声をかける間もなくセトは反対側に駆け出した。「何なんだ急に……」


 オージはわけがわからねえとこぼし地面に横たわるミーナを見つめた。


「頼むったってよ」


 どうすりゃいいんだよと思ったが、動かない彼女の様子を見て声をかける。


「おい、大丈夫か」


 反応がないことに気づき、体を起こすと明らかに様子がおかしいことに気づいてオージは額に手を当てた。


「すげえ熱じゃねえか! なんでこんな……」


 彼女がどんな環境にいたのかわからなかったが、身体は恐ろしいほどに冷たく、息は微かに呼吸音が聞こえるほどに小さなものだった。


「なあ、医者に連れてった方がいいんじゃねえのか……?」


 二人目の商人仲間がそう言った。オージは首を振って叫んだ。


「馬鹿野郎! あんなヤブ医者ババアのところ連れてってどうすんだ! それに金はどうすんだよ」


「けどよ、このままじゃ死んじゃうかもしれねえよ……この子」


 言われた通り待つか、と諦めた直後、微かに声が聞こえた。


「……って」


 それは仲間の声にしてはあまりに弱々しかった。見ると少女(ミーナ)が微かに瞼を空けてオージたちを見つめていた。オージは顔を近づけて叫んだ。


「何だ⁉ なんて言ったんだ」


 少女が赤く汗に濡れた顔をオージに向けて、叫んだ。


「わたしも、そこに連れていって……おねがい!」


 オージは思わず息を呑んだ。






 停留所に集められた人達を見つめながら、ダンは勝ち誇った笑みを浮かべた。武器の話をすれば蝿のように群がってくる冒険者共。そして権力者に跪くことしかできない町民共。

 やはり自分こそが、この町を変えるに相応しい人間だと改めて実感する。

 列車の乗り降り口。ちょうど線路の前にドンとカンを左右に立たせたまま、ダンは聴衆の前に一歩進み出た。


「かつて、この場所から一人の職人が町外(そと)に出た。それまでこのゴルゴアは、武器の町としての名声を確固たるものにしていた。上質な素材、そして作られる武器。しかしその男がこの町を去ってから、その名声も長らく途絶えた。今や過去のものだ。伝統に胡坐をかき、新しいものを何一つ生まなかったこれはツケだ」


 群衆の中の武器商人たちが拳を握る。彼らもかつては職人だった。時流に流され誇りを捨てた者たちだ。


「今やかつての栄光は見る影もない。革新的な技術は外で数多く生まれ、この町は最早ただの素材の生産場所に過ぎない」


「そうしたのはお前らだろ!」叫び声が響く。そうだそうだと続けて声が上がった。


「そうとも、しかしそうしなければ生き残れなかった。いくら良い素材があってもそれで作られる武器がゴミでは何の意味もないのだ。この町がかつての姿を取り戻すには、今ある武器ではダメなのだ。圧倒的に強い武器でなければ、この町に未来はない!」


 そして、ダンは右手に持った銃を掲げた。


「しかしそれも今日までだ。今日、この町は生まれ変わるのだ! この新たな武器『銃』によって!」


 ダンが天井に向かって引き金を引く直前、洞窟の奥から叫び声が聞こえた。やめろ、と声のした方へ視線を向けるとダンは大きく目を見開いた。


「お前……レツ、どうして此処に……いや、あの時確実に殺したはずだ! なのに何故」


 殺した? どういうことだ。聴衆がざわざわとどよめく。


「あんなので俺が死ぬわけがねえだろ、ダン。つーかそれが親父の武器か? 随分と小さいんだな」


 荒い息を繰り返すレツに、ダンは鼻息荒く言った。


「これは銃だ。そんなモノなどもう必要ない。これさえあれば、この町は生まれ変われる」


「まだそんな馬鹿みてえなこと言ってやがんのか、いい加減目を覚ませよ……」


「黙れ!」ダンは銃口をレツに向けた。「貴様にそれを言う権利があるのか? あの人の子供でありながら何も生まなかった貴様に……」


 レツが目を見開いた。そして、拳に握りながらダンを睨みつける。


「子供だったから何だってんだよ……親父がどうとか関係ねえだろうが! 俺は俺だ、 人殺しの武器なんか作る気はねえよ」


 銃弾がレツの頬を掠める。レツが目線を自分の頬にやって、無言でダンを見据えた。

 ハズしたか、とぽつりとダンは言った。


「ボクだったら……ボクがあの人の子供だったら……こんなことになる前に手を打っていた。あの技術と知識を全部自分のものにして、あの人の代わりにこの町を支える職人になっていただろう! しかし君はどうだ? 何もせずただ呑気に道具(ガラクタ)作りなんかして、この町が衰退していくのを眺めていた貴様に……ボクの何がわかる!」


 二撃目は大きく外れ、着弾点に焦げ跡が浮かび上がった。


「もう、ボクの邪魔をしないでくれ……大人しく、この町が変わるのを眺めていてくれ」


「そういうわけにもいかねえよ。テメエが……テメエみたいな馬鹿がいるうちは」


「ああ、そうかい……」ダンは引き金を絞って、今度はゆっくりとレツに銃口を向けた。「じゃあ、もう死んでくれ」


 銃弾がレツめがけて放たれた直後、影がレツを押し倒した。銃弾はその影の肩を掠め、虚空へと消えさる。


「ッ……」線路に背中を打ち付けながらも、うめき声を上げてレツは目を開けた。


 そして、眼前で倒れ込む少女の姿にレツは声を上げた。


「おい……おい!」肩を何度もゆすって、レツはミーナに声をかけた。肩から血が垂れ、地面にぽとりと落ちる。「しっかりしろ……おい!」


「また邪魔が入ったか?」ダンは倒れたレツに銃口を向けた。「最後の一発だ……今度は外さない」


 すると直後、甲高い金属音が響いた。ダンは一瞬の閃光に目を眇めて「なんだ」と叫んだ。気づくと銃が手から落ちていて、何が起こったんだと周りを見る。すると、地面に黒い銛のようなものが落ちていた。ダンは右腕の強烈な痺れにうめき声をあげた。


「なんとか間に合った……」


 線路側に立ったセトが、息を吐きながら武器を下ろした。それは巨大な弓のようだったが、銃のように腕を立てて使用する武器だった。

 セトは急いでレツに駆け寄った。顔を歪めてミーナに声をかけ続けるレツの肩に手を置いた。


「レツ……レツ!」


 レツがハッと顔を上げてセトを見つめる。セトは落ち着いた口調で言った。


「レツ、早くミーナの手当てを。まだ間に合う……」


「ッ、ああ……」


 レツが頷く。セトは包帯を手に持ちながら、傷口を見つめて懐から瓶を取り出した。中の液体を数滴傷口に垂らす。レツがミーナの腕を支え、二人がかりで包帯を巻き応急処置を施す。


「とりあえず今はこれが精一杯だ。この町で治療はできるかい?」


「ああ、ちゃんとした医者じゃねえけど……」


「よし、早く運ぼう」


「待て!」立ち上がった二人をダンが呼び止める。指をセトの方に向け震え声で言った。「それは何だ? その武器は一体何なんだ⁉」


「そんな暇はないよ」セトがきっぱりと言った。「話はあとでね」


「待て!」ダンが叫んで落とした銃を拾おうと視線をさまよわせた。するとそれは仲間のカンがいつの間にか拾い上げていて、ダンはカンに向かって手を伸ばした。


「早くそれを寄こせ!」


 ドォン! と銃声が響いた。カンの持った銃から煙が上がっていた。直後、ダンが地面にばたりと倒れ込む。銃弾が肩にめり込み、ミーナよりも大量の血が噴き出ていた。


「カン……おまえ」


 隣に立つドンが、震えた目でカンを見つめた。カンは、ははと笑いながら言った。


「やった、やったぞオイラ……ダンをやっつけた! これでオイラが一番だ」


 途端、叫び声が響いた。「殺しだ!」と誰かが叫んだ。

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