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奈落③

 


 ミーナたちは目を覚ますとすぐに出発した。太陽がないので、どれくらい眠ったのか、今が朝なのかもわからない。また長い道のりが続くかと思われたが、すぐに再び横穴を見つけた。中を覗くと今度は通り道になっていて、こちらもかなり長く続いている。


「どうすんだ?」レツがセトに訊ねた。


「やめておこう。まだ水脈は続いているし」


 わかったとレツが頷いて、しばらく歩くと奥に光が見えた。道が途切れ、現れた光景にミーナは足を止める。予感はしていた、なぜなら聞き覚えのある音が歩きながらずっと聴こえていた。

 絶え間ない水の奔流が、下に向かって流れている。


 レツが這いつくばるようにしてじりじり崖の先端に近づき、恐る恐る下を覗き込んだ。底はあるが、飛沫が上がっているのはかなり下の方である。


「引き返すしかないな」レツがそのままの体勢で言った。「コイツは無理だ」


そして立ち上がると、崖から離れた所に座り込んでぽつりと呟く。「もうここから出られねえのかもな」


「まだ諦めるのは早いわよ」ミーナは強く反論した「まだ行ってない道だってあるんだし……」


「けど、その道だってどこに続いているかわからねえよ。この場所だって、本当に人が住んでいたかどうかもこれじゃあ怪しいしな……」


「昨日は作られた場所だって言っていたじゃない」ミーナは言った。


「可能性の話だ。出口がないんじゃ、此処に人がいたって証拠にはならねえ。あの穴も、たまたまできたってこともありえるからな」


 そう言われて、ミーナは反論できなかった。可能性の話だったら、ここに人が住んでいた可能性だって大いにある。所々に空いている洞穴や曲道。人の手が加わっていない方が不自然な点が多い。けれど出口が見つからないのでは、その事も全て可能性になってしまう。


 ミーナは思わずセトを見つめた。自分ではレツを説得できない。するとセトが言った。


「此処に人がいたかどうか、確かに今は断言しづらいね」


「……前から聞きたかったんだけどよ、お前はどうやって俺たちを助けたんだ?」


 レツがセトの方を向いて訊ねた。


「助けたって、どういうこと……?」ミーナは首を傾げる。


 レツがセトに指を差して言った。


「だっておかしいだろ。俺とお前(ミーナ)、二人とも気を失ってたけど無事だったんだ。俺が目を覚ましたのは地面の上だった。あの高さから落ちたんなら即死は即死だ。けど、俺たちは三人とも無事だった……どう考えてもおかしいだろ」


 ミーナはセトを見つめた。ミーナも目を覚ましたのは、あの場所だった。身体が冷え切ったように冷たくて頭も混乱していたから気が付かなかった。


「確かあのとき、服が濡れてた……」


「そうだ。あの高さから落ちて無事なんて、そんなもん水の中くらいだ。だったらもう答えは一つしかねえだろ。お前が俺たちを助けたんだ。どうやってかは知らねえけど、あの川に落ちた俺たちを引き上げてあの場所まで運んだんだ」


「……そうなの? セト」


 ミーナがセトを見つめると、セトが手を上げて首を振った。


「さすがにそれは僕でも無理だよ。あの水の勢いでも、流されてたら身動きなんて簡単にはとれない……けどそうだね、確かに僕たちは水の中に落ちた。あの場所の近くに水場があってね、偶然そこに落ちたんだ。本当に幸運(ラッキー)だよね」


 レツが指を降ろして訊ねる。


「そこから上には登れなかったのか?」


「さすがに地上とはかなり落差(きょり)があったよ。ロープでもあれば別だろうけどね」


「じゃあお前は、どうやって地上に戻るつもりだったんだ?」


「僕一人だけだったら、此処から飛び降りて外に出ることはできるよ」


 思わぬ発言にレツは「マジかよ」と立ち上がり再び下を覗き見た。「この高さだぞ、正気か?」


「セトがいうと嘘に聞こえないのよね」ミーナが言った。「もしかしてもう何回か経験しているんじゃないかしら?」


「さすがにこの高さのは初めてだよ」セトが苦笑いを浮かべた。「けど体勢させ間違えなければ死ぬことはないし、下に岩でもなければ成功できると思う」


 それも何度か経験して、心得があって初めて生まれる可能性ではあるが。


「けどそれじゃあ二人を置いていくことになるから、やらないけどね」


「じゃあ、他に方法は……」レツがセトを見つめた。


「見つかるまで出口を探す……それしかないけど、いつまでも体力がもつとは限らないよね」


 セトがミーナを見つめて、でしょ、と言う。するとミーナは苦笑いを浮かべた。


「お前……やっぱりあの時の」レツが呟くと、ミーナは頷いて言った。


「足を引っ張りたくなかったから我慢してたけど、ごめんなさい……ちょっと限界かも」


 そうしてミーナはうつ伏せに倒れ込んだ。するとセトがレツの方を見て言う。


「レツ、君もだよ。平静を装ってるけど、顔がいつもより赤いし呼吸も荒い」


 チッ、とレツは舌打ちをした。「今さら言うことかよ……」そう言ってだらりと肩を落として座り込む。止めていた息を吐き出すように、ハァハァと呼吸を繰り返した。


「二人の体調を見ても、無理な探索はむしろ危険だ。だからどっちの道に行くか作戦を練ろう」


 現状で可能性があるのは上流側の道と最後に見つけた横穴の通路だ。上流側の道は此処から距離も遠く体力も恐らくギリギリだろう。セトが最初に言った通り、入口が高いところにあれば脱出は不可能。その意味では最も可能性が高いのは横道になる。


「多数決にするか?」レツが言った。「三人いるしそれが一番公平だろ」


「それは何も思いつかなかったときの最後の手段だよ」


 今はまだその時じゃないとセトが首を振って、ミーナの方を見つめた。


「ミーナはどう思う?」


「……一つだけ、気になってることはじつはあるんだけど」


「なんだい?」


「もしこの場所が、本当に昔作られた場所だったら……町は後から作られたってことよね」


「そりゃそうだろ」とレツはたまらず言葉を挟んだ。「けど出口は……地下への入り口は……たぶん昔はあったんだろうけど、何十年も前じゃ、そんなモン塞がってたって何もおかしくねえよ」


 地震や地殻変動、地層の構造が変わることは決して珍しくない。かつては一本だった坑道が崩れて二つに分かれてしまうことも十分ありえる。


「もし此処がそうだとして、出口がどこにあるかなんてわかる筈がねえだろ」


 するとセトが、いや、と首を振った。


「もし僕だったら、出口を作るならきっと誰でも同じ場所を思いつくと思うんだけど」


「なに」とレツは顔をしかめた。「なんでだよ、出口なんかどこに作ったって一緒だろ」


「一緒じゃないよ。もしそれが、上から掘った入口じゃなくて、下から掘った入口だったら、

 遠いところに作る理由が僕には思いつかない」


 だって手間じゃないか、セトが言った途端、レツは崩れ落ちるように頭に手をやった。


「そ、そういうことかよ……じゃあ出口……じゃなくて入口は」


「きっと上流に向かう道のどこかにあるよ。奥の横穴は、きっと坑道に続いてるんじゃないかな。レツの言う通り、もう塞がっているかもしれないけど……」


「けど、けどよ……入口だって塞がってるかもしれねえだろ。もう何十年も前じゃ」


「レツ、言ってたじゃないか。万が一のために通路は二つ作っておくって。もし僕だったら、簡単に崩れるような造りにはしないよ。それこそ何十年もしても、ずっと使えるようにね」


 するとレツは、何かに気付いたように立ち上がった。


「そうか……! じゃあ入口は……」


 レツは地面に倒れ込むミーナに声をかけた。


「立てるか?」


 ミーナからの返答はなく、彼女は顔を真っ赤にして咳き込んでいた。もう歩くこともままならない。


「しっかりしろよ。お前のおかげで地上に戻れるんだ……こんなところでくたばってんじゃねえ!」


「レツ、僕がやるよ」


 そうしてセトがミーナを担いで、三人は洞窟の中に戻っていった。

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