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奈落①

 突然、耳鳴りがしてレツは目を開けた。黒光りした巨大な乗り物が、しぶきを噴くように音を立てて現れる。やがてそれが足を止めると、周りの人間が次々と乗り込んでいく。残った人もかなりの数いたが、それらは全員町の住人だった。けれど、普段はこんなに人は集まらない。こんなのは、初めて外から人が来た時以来だった。


 レツが視線をあちこちに向けると、人混みの中から男が一人一歩を踏み出し前に出た。

 紺色のハンチング帽を被ったその男の後ろ姿を見つめて、レツは「父ちゃん」と叫んだ。


 泥色のロングコートを着た姿は、普段の父親とは似ても似つかない。他の乗客たちの恰好と比べればまだみすぼらしく、目立っていた。

 列車の前に立ち、男がすっと後ろを振り返った。そして帽子を脱ぎ、手を大きく広げた。

 レツは、間違いようのない顔を捉えた瞬間一目散に走り出した。そして、飛び込むように父親に抱きついた。


「いかないでよ、とうちゃん……」


「……そういうわけにもいかねえんだ。わりぃな」


 父親はレツの小さな背中に手をまわしてとんとんと叩きながら言った。

 いつもは感情を表に出さないレツは、この時ばかりは小さく声をあげて泣いた。すると、父親が耳元で言った。


「大丈夫だ。俺はお前を忘れねえ。町を出たって俺は変わらず武器を作るし、いつかお前が町を出て、外に出てもすぐに探せるくらい有名になっているからな」


「じゃあ……ココにずっといてくれよ。ココでだって武器は作れるだろ」


「確かにな、どこでだって武器は作れる」


 じゃあどうして、と聞く前に父親が答えた。


「けど、俺は此処じゃダメだった。理由なんか、俺もわかんねえけどよ。ダメだったんだ」


 職人のことはレツにはよくわからない。けれどこの頃は笑顔が減っていたし、武器を見せびらかしてくることも少なくなっていた。それを伝えてくることはなかったが、兆候は確かにあった。


 レツは、懐からあるものを取り出して父親に見せた。「とうちゃん……これ」


「レツ……おまえ、短剣(ぶき)を作ったのか……」


 レツはこくりと頷いた。出来は決していいものとは言えない。褒められたい一心で作ったものでもなければ、職人のプライドも何もない。

 けれどそれを見て、父親はそうかと頷いた。


「……よくやったな」


 レツはそれを差し出したが、父親は首を振った。


「悪いな、それは受け取れねえ」


 つき返された短剣を両手に抱えて、レツはぽろぽろと涙をこぼした。「……なんで」


「それは俺のために作ったモンじゃねえだろ。それに武器としちゃまだ未完成だ。だから、お前が納得できるモンができたら、また見せてくれよ」


「でもとうちゃん、おれは……」


 すると、レツの頭に大きな手がのせられた。きょとんとするレツに父親が言った。


「どこでだって武器は作れる……だろ? お前には才能がある。なんたって俺の息子だからな」


 父親がにかっと笑う。久しぶりに見た顔に、レツは涙をぬぐって、へへと笑った。


「俺が見つけられなかったものを、お前なら見つけられる……此処で」


 ――俺はお前を信じてる。


「ッ……」


 遠い夢のように虚ろになった感覚を覚えながら、レツはうめき声をあげた。


「レツ、大丈夫⁉」


 目を覚ますと目の前に見知った顔があって、レツは虚ろな瞼を動かして言った。


「ああ……」


「よかった」ミーナが胸を撫で下ろした。


「どうなったんだ、あのあと」身体を起こしてレツは訊ねた。穴に落とされてからの記憶は殆どないが、意識を失う前、数秒ほどの記憶は残っている。普通は死んでるはずだ。


「わたしもよくわかってないの。セトの方が先に起きてたから」ミーナが首を振った。そして、突然大きなくしゃみをする。


「大丈夫か?」レツは近づいて言った。見ると口に添えた手には包帯が巻かれていた。うっすらと血が滲んだその手を見つめてレツは唇を噛んだ。


「うん……なんかさっきから身体が冷たくて」


 ミーナが身震いをすると、遠くから足音が聞こえた。レツは懐の短剣を取り出して叫ぶ。


「おまえ 誰だ!」


「大丈夫よ、レツ。ここには私たち以外誰もいないから」


 そう言ってミーナがナイフの上に手を乗せた。そして姿を現したセトが二人に向かって言った。


「やっぱりかなり深いところだね。ランプが無いと道もわからないよ」


 出口を探していたらしいセトの発言にミーナが訊ねる。


「何か見つかった?」


「通路が二つかな。どっちにいけば良いかわからなくて退き返してきたよ」


 自然にできた場所とは考えにくい。おそらく昔に作られたものだろう。


地上(うえ)に戻れるかしら」ミーナが訊ねた。


「何とも言えないね。道が続く限り探すしかないって感じだよ」


「随分落ち着いてるんだな、お前ら……」


 レツは二人を見つめながら言った。するとミーナが慌てた様子で首を振る。


「わたしはともかく、セトはこういうことには慣れているから」


「……そうなのか?」


「まあ、こういう時はやるだけやってみるしかないよ」


 セトの落ち着いた物言いにレツはぽつりと呟いた。「いろいろあんだな……」


 膝に手をついて立ち上がり、だったら急ごうぜと出発を促す。

 ランプを持ったセトを先頭にして、分かれ道があるところまで辿り着いた。


「どっちに行けばいいと思う?」


 セトが分かれ道の前に立って言った。穴は大人二人分ほどの横幅で、見た目には違いはないように思える。耳を澄ますと僅かに風が吹いているような音も聞こえた。

 レツは言った。


「もしここが、本当に昔作られた場所だったら、穴の出口は同じ場所に通じてる筈だ」


「どうして?」ミーナが訊ねる。


「万が一に備えてさ。行き止まりの通路は崩落で道が塞がったら身動きがとれないからな。だから敢えて道を二つ作っておくんだ」


「片方が通れなくなっても大丈夫なようにだね」セトが言った。「じゃあ僕が左の穴に入るから、二人は右の穴に入って」


「三人一緒じゃないの?」ミーナは言った。するとレツが口を挟んだ。


「ここは言う通りにしようぜ。経験者なんだろ」


 セトが頷いた。三人同時に穴の中に足を踏み入れる。暗闇で殆ど何も見えないが、前を歩くレツの背中の影がうっすらと見えた。「いるか?」「ええ」と何度も互いの存在を確認しながらミーナとレツは穴を通り抜けた。


「言った通りだったね」


 ランプを持ったセトが出口の前に立っていた。目を開けたミーナは、眼前の光景に目を見開いた。


「川……よね?」セトの立つすぐ後ろで水がゆったりと流れていた。


「地下水脈だね。どこからか水が流れ込んで、この中を通って下流に流れて行っているのかも」


「……じゃあ」


「うん、外には出られそうだね。僕たちは上から落ちてきたわけだから、地上に戻るなら右だね」


「なるほどな」レツが頷いた。


「けど僕は左に進んだ方がいいと思う」


 セトの発言にレツが訊ねる。


「理由は?」


「下から上るより、上から下りる方が簡単だからね」


 仮に上がどこかの入り口と繋がっているとして、それが三人の手の届く場所にあるとは限らない。例えば大きな崖の上だとか、容易に辿りつけない場所にあることも考えられる。


「もしこの水路が海と繋がっているなら、そこから外に出られる」


「……わかった、ここから先はお前が先導(リーダー)でいいぜ」


 レツは頷いて、三人は左の道に進んだ。

 少し歩いたところでミーナが前を歩く二人に話しかけた。


「ねえ、ちょっと聞きたかったんだけど、どうして(こっち)だと下りることになるの?」


 歩いていても道は平坦だし、下りている感覚はない。するとレツが振り返って言った。


「こういうとこ初めてか?」


 ミーナはこくりと頷いた。


「まあ、確かに見た目は普通だけどな。ゆーっくりと下りてるんだよ」


「ミーナ、山でも平坦に見えても水が流れている場所があるでしょ。あれと同じだよ」


 普通の川だって平坦じゃない川の方が少ない。上流からの水の勢いで流れているだけと考えることもできるが、傾斜が無ければ基本下には流れない。


「舟でもあればいいんだけどね」セトがぽつりと言った。


「フネ? なんだそれは」レツが訊ねた。


「ミーナは知ってるよね」セトが振り返って言ってきたので、ミーナは頷いた。


「水の上に浮かべて運ぶ乗り物よね」


「そんな道具(モン)があんのか……」レツが興味津々で訊ねる。「蒸気機関車とどっちがすげえんだ?」


「それは列車の方だと思うけど、比べられるものでもないんじゃないかしら」


「列車が海に浮かべられたら間違いなく勝てるだろうけどね」


 セトが笑いながら言う。


「このランプだって、無かったら道を照らせないし。ここに列車があっても線路が無かったら前に進めないから、結局その場に必要なものだからじゃないかな」


 レツは「なるほどな」と頷いた。


 その直後、前の前に横穴が空いているのを見つけて三人は顔を見合わせた。


「休もう」とは誰も口には出さなかった。

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