策略
工房前まで戻ってくると、中にいた人影にレツが訊ねた。
「何し来たんだ……お前ら」
ダンが振り返って笑顔を浮かべる。
「いや、なに……ただ少し見学していただけだ……しかし」
ダンがテーブルに置かれていたランプを拾い上げた。
「こんなガラクタのようなモノをよくいつまでも作っていられるものだ。容器はなんだ……ただの酒瓶じゃないか!」
「別にいいだろ、酒瓶だってガラスなんだからよ……」
「同じにするな……こんなモノ、ホンモノに比べればナマクラもいいところだ。透明度も薄く、素材としてもガラクタ同然だ。よくこんなモノを使っているな」
「ガラスは高えんだよ……知ってるだろ」レツは悲壮な顔を浮かべた。「コイツだってちゃんと使える」
「ふん、この程度の灯りでか?」ダンがランプに火をつけて自分たちのランタンと比べる。陽の下でもその明るさは段違いだった。「よくこんなモノが売れるものだな」
「だから安くだってしてるだろ」レツは言った。「製品が買えるのは、お前らみたいな金持ちだけだ。普通の奴らは、これだって有り難いって使うんだよ」
ミーナは我慢できずにレツの前に立った。「さっきから何なの? 急に来て嫌味ばっかり言って、そんなに彼をイジメたいの? ……これだって立派なランタンじゃない。何も作ってないあなたたちがそんなこと言う資格なんてないわ!」
「お前も最初は信じてなかったけどな」レツがぼそりと言った。「あんまり明るくねえって」
「今は信じてるからいいでしょ」ミーナは振り返った。そして再びダン達を見つめて言う。
「良い素材を使っているから価値があるってわけでもないでしょ。大事なのは、それがどれくらい人の役に立ったかじゃない」
「部外者のくせにわかったような口を利くな!」ダンが急に血相を変えて叫ぶ。「此処は武器の町だ。最も価値があるのは武器だ! そんなものではないっ」
「でも……」ミーナは目を震わせた。するとレツが肩を掴む。
「もういいよ……で、用件は何なんだ?」
あるんだろ、とレツが訊ねるとダンが「ああ」と頷いた。
「喜べ、仕事をくれてやる」
「仕事……?」
「ああ、採掘の仕事だ。報酬として鉱石もやろう」
「もう必要ねえんだけどな」レツは鎖帷子をダンに見せる。「こいつさえあれば」
ふっ、とダンが笑みを浮かべた。「悪いがこれは強制だ、町の指揮権を預かる身として貴様に命ずる」
「そんなことだろうと思ったよ」レツはため息を吐いた。「……行くのは俺一人でいいのか?」
「レツ!」ミーナは叫んだ。レツが一瞬振り返って、どうなんだとダンを見据える。
「どっちでもいいぜ」ダンの隣に立つドンが見下しながら言った。
「いや」とダンが首を振った。「貴様三人で行ってもらおう。人手は多い方がいいのでな」
そうしてミーナたちは、ゴルゴアの坑道入口まで連れてこられた。
「どこに向かうの?」ミーナは訊ねた。そこはこの前に採掘を行った場所とはまた違う入口だった。
「たぶん地下だな」レツは呟いた。「そうだろ?」
ランタンを持ちながらダンが笑みを浮かべた。ダンを先頭、ドンとカンが見張りとしてミーナたちの後ろに付いて洞窟の中に入る。
「今時新しい採掘場所なんて、地下以外考えられねえからな……」
だとしてもこんなことは今まで無かった。採掘権は全てダンたちが握っていて、新たな採掘場所が見つかっても、昔のように発見者のものとなるわけではない。
だとすると、目的は別にある……。
「この先だ」ダンがランタンを振って道を示した。すでにかなり洞窟の奥まで進んでいて、道幅は二人並んで歩けるほどには広かったが、息が少し苦しかった。けほっ、けほっとミーナは咳をした。
「大丈夫か?」レツが声をかけてきた。「水でも飲めよ」そう言って水袋を手渡してくる。
「おっ、サンキュー」レツから水袋を奪いとり、ドンが大口を開けて飲み干した。「くはっ、うめえ。なんだよ汲み立てじゃねえか」
「ドン、てめえ!」レツがドンを睨みつけた。「あ、やんのか」と見下す視線を向けるドンの前で、セトが背嚢から水袋を取り出す。
「レツ、いいよ。僕の分まだあるから」
「なんだよまだあんのかよ」そう言って手を伸ばしてきたドンを、セトはふわりと避けて細目でねめつけた。
「……ッ」ドンが獣に睨まれた獲物のような目でセトを見つめ返し腕をひっこめる。
「セト、もしかして今……」ミーナは水袋を受け取りながらじっとセトを見つめた。
「いや、使ってないよ」
服を脱いでいないとセトはいつもの笑顔でミーナに返す。けれど一瞬、覇気のようなものがミーナには見えた気がした。いくつもの名前の知らない動物の顔が浮かんで、それらが一斉に威嚇しているような……。
「そう……」ミーナは頷いて、ありがとうと水袋をセトに返した。
やがてより広い場所に出た。そこはざっと横幅が五メートルほどはある巨大な空洞だった。入ってすぐ、セトが二人の名前を呼んで言った。
「ミーナ、レツ、足元に気を付けて。この足場、すごく脆い」
チッ、と舌打ちの音が聞こえた。振り返ると、ダンが三人を見つめていた。
「その通りだ。しかし見張りもここまでで良いだろう」そうして奥の方を指差す。「目的の場所はこの奥だ。無論、足場は崩れやすいので慎重にな」
そうしてピッケルを人数分渡し、入口の前で待機する。「終わったら呼んでくれ」
「無茶苦茶だな」レツが溜め息をつくように言った。
「一人ずつ行こう」セトが冷静な口調で言った。「まずは僕、ミーナ、レツの順で」
「灯りはどうするの?」
ミーナは呟いた。自分たちのものは工房に置いてきてしまっている。
「心配ねえよ」レツがそう言って、持ってきたランタンに灯を付ける。ダンたちのモノと比べると暗いが、足場を照らすには十分な明るさだった。
「よし、行こう」セトがランタンを受け取って言った。じりじりと摺り足で地面に平行に足を伸ばす。ミーナも真似して、セトの持つランタンの光が遠くならない程度の距離で進み始めた。
「イイ感じだな」レツが後ろで呟いた。ミーナもレツも、右手にはピッケルを握っている。
するとセトの進みが途中で止まり、ミーナたちはやがて追いついた。
「どうしたの? セト」
ランタンが足場を照らす。ぼんやりとした暗闇にミーナがセトの輪郭を捉えたと同時、揺らめく灯のそばでセトがぽつりと呟いた。
「……行き止まりだ」
二人が驚いて振り返る前に、一本の矢が暗闇を切り裂いてミーナの右手を射止めた。
「……ッ!」ミーナは思わず右手を離した。そして手から離れたピッケルは地面に突き刺さり、ビキビキと地響きのような音を立てる。
「まずい、離れろ!」レツが叫んだと同時、三人の下にある足場が音を立てて崩れ落ちた。
巨大な漆黒の穴が目の前に広がり、三人は飲み込まれるように穴の底へと落ちて行った。




