武器の善悪
「アイツらの狙いは、俺の親父が作った武器だ」
「アレって言っていたわよね」
ミーナが訊ねると、レツはそうだと頷いた。
「やっぱりあるんだ」セトが言った。
「いや、俺も実物は見たことがねえ。聞いたのは話だけだ」
「隠した場所も聞いてないの?」
レツが頷いた。
「まあ理由は明らかだろうよ。アイツらみたいなんがいちゃあ、隠し場所なんて言えるわけがねえ」
それだけ見つかれば危ない武器なのだと、レツの口調の節々からミーナは感じとった。
「けど、目星がないわけじゃない。親父は滅多に人前で武器を作らなかったんだ。俺の前でもな」
「作業場が他にあるってこと?」セトが訊ねた。
「ああ。素材も自分で採りに行っていたからな。何日か帰ってこない日も少なくなかった」
その時にもし、その秘密の作業場に行っていたとしたら……。
「場所は恐らく坑道のどこか、秘密の抜け道か入口があるはずだ」
「一ついいかな……レツ」セトが言った。「隠した武器があるって聞いただけで、君がそれを必死に守ろうとする理由が思いつかないんだ」
セトの疑問をレツは黙って聞いていた。
「僕だったら、それが何かを聞いていたと思う。興味があるし、君のお父さんの知名度を考えたら、聞かない方がおかしい」
「そうだな……確かに、作るところは恥ずかしいって見せねえくせに、作ったモンは何でも見せびらかすんだ。そんな親父が、やべえモンを作ったって、そんな話聞いたら、聞くなって方が無理だよな」
「一体どんな武器を作ったの?」
「そうだな……おまえら二人に分かるように説明するってなると……」
レツは腕を組んで考え込む。
「弓はわかるだろ? あれは素人だと扱いが難しいんだ」
「村の人に聞いたことがあるわ。ちゃんと狙った所に飛ばせるようになるまで三年はかかるって」ミーナが言った。
「実践で使えるようになるには十年だ」レツは言った。「実践用の弓っていうのは、かなり硬く作られているんだ。刺さってもすぐに抜けないくらい、奥までめり込ませるために」
「狩りに使う弓とも違うの?」ミーナが訊ねた。
「あれはまだ柔らかい方だよ。肉を抉ることを目的には作られてねえからな。威力よりも命中率の方が大事だ」
強い武器を扱うためには、それだけ強い肉体がいる。これは何も弓に限った話ではない。
「じゃあ、威力の強い弓を作ったってこと?」
「それで満足するような職人だったら、その辺にいる奴らと何も変わらねえよ」
レツの父親が他の職人と違っていたのは、商品的価値も追及したことだった。
「強い武器はいくらでもあるが、自分に合った武器が欲しいなら基本は専門依頼だ」
大柄な使い手だとしても体格に少なからず違いはある。どんな武器を多用するのか、体の使い方はどうか、好みの戦法や苦手なことは……数えればキリがない。とかく一流の使い手はどのような武器でも一定以上の精度で扱えるというが、自分が得意とする武器だけは、何よりも拘りが強いことが多い。
まだ全然ピンときていないミーナの側で、セトが掌を顔に当ててぽつりと言った。
「誰でも使える強い武器……」
レツが頷いた。
「『クロスボウ』っていうんだとよ。弓を握ったこともねえ素人が、そいつを使えばどんな獣だって一撃で仕留められるって代物だ」
「そんなすごい武器、本当に作れるの?」ミーナが訊ねた。
「嘘はつかねえよ……少なくとも、その話を聞いて俺は適当なヤツには渡せねえと思った。……武器ってのは元来、生き物を殺すための道具だ。強い武器があれば、それだけ強いヤツとも戦える。人間が怪物と戦うにはどうしたって武器が必要だ」
それは抗えない事実であるし、レツもそれ自体を否定するつもりはなかった。
「大事なのは、それを使うヤツがどんな人間かってことだ。一度でも武器を使ったことのあるやつなら、その怖さを知らないはずがねえ」
武器の怖さとはつまり死の怖さだ。自分が殺すか、殺されるかに身を置いているからこそ感じる恐怖。武器を見に付けるとはつまり、死を身近にしているということだ。
「素人が最初に武器を手に入れたらどうすると思う? 剣なら試し切り、弓なら適当な的めがけて打ち込むよな? それが健全な上達の仕方だよ。だがこのクロスボウは、そんな練習を必要としない。方向さえ合えば一発目から即死だ。そんな武器、素人が最初に握っていいと思うか?」
レツが言わんとしていることをミーナとセトは何となく理解した。経験も知識もない素人が強い武器を手に入れるとどうなるか。武器は扱う人間の心に左右される。武器を作ることが問題なのではない、身近に武器がある環境が問題なのだ。
「強い武器を作ることは職人の夢で、誇りだ。けどその先を考えないわけじゃねえ。それを扱うのはどんな奴か、良い奴か悪い奴か……それだって大事な事なんだ」
するとミーナが言った。
「わたしだったら……そんな武器、怖くて使えないと思う」
「それが正しい判断だよ」レツは言った。「それでも危険な旅には心強い武器だ。おまけに専門依頼よりも量が作れて安いときた」
「聞けば聞くほどすごい武器だね」セトが言った。
「アイツらが欲しがる理由もわかるだろ?」レツは苦笑いを浮かべた。
それがあればこの町を変えられる。本当にそうかもしれない。この町の再生のためには、もしかすると、それが一番理にかなった方法かもしれない。
その代わりに人も変わってしまうだけだ。
「武器は使った分だけ心が麻痺していくんだ。一番辛いのは最初で、それからは段々、慣れて何も感じなくなっていくんだ」
新型弓にはそれすらない。当たれば一撃。肉を貫く感触もない。心は痛まないが、死の実感も生まれない。
「俺が一番怖いのはそれだ。ケンカで殴り合いじゃなくて剣を取り合ったらどうする。かすり傷で済めばいいけど当たり所が悪けりゃ人は死ぬぞ。心得のある使い手ならその心配もねえと思うが、素人同士でクロスボウを打ち合えばどっちかは確実に死ぬ」
それを、ただの妄想だと切り捨てることは簡単だ。今はまだ誰もその存在を知らない武器のことをあれこれ考えたところで、見つからなければ意味がない。
しかし、考えないわけにはいかない。
「少しだけ……わかった気がする」ミーナが言った。「ビーストと同じなのね」
「びーすと?」レツは首を傾げた。
「たぶん君が話していた怪物のことだよ。ちゃんとした呼び方があるんだ」
「なるほどな……武器を買うヤツの中には、武器を金儲けの道具としか考えてねえヤツもいる。怪物は金になるらしいからな」
「討伐依頼に捕獲依頼……最近は専用の依頼斡旋場もあるって聞くからね。もう一つの商売として成立している感じはあるよね」
その一つがグランベールであることは、ミーナにもすぐ思い浮かんだ。ビーストを中心として町に人が集まり、研究・発明が発展し、経済が回っていた。
「村人は、生き物に生かされてきたから。命は奪うけど、それは食べて生きるためで、それ以外の目的はなかったから。でも……」
「それが一番健全かもな。金儲けになると、途端に誰も彼もずる賢くなっちまう。作った武器が売れるかどうかなんて、職人には関係ねえことなのにな」
「もしクロスボウが見つかったら、あなたはどうするの……?」ミーナはレツに訊ねた。
レツが少し考える仕草をして、険しい表情を浮かべて首を振った。
「……まだ考え中だ」




