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ゴルゴアの三悪

 

 気が付いたのは、倒れてから少し後だった。そもそもどうして倒れたのか、ミーナにはわからなかった。作業が終わって気が抜けたのか、もう体に力が入らなくなって自然と倒れた。


「あ、起きた」


 目を開けると目の前に見知った顔があって、ミーナは少し安心する。


「もう少し寝ててもいい?」


「せめてちゃんとした場所で寝ろよ、半分気絶だろ……」


 レツが言って、ミーナは起き上がった。全身の痛みが蘇ってくる。


「明日一日動けないかも」


「一日で済んだらラッキーだな」レツが言った。立ち上がるのは難しくて、セトに腕を引っ張り上げられ無理やり背負われる。


「お前は平気なんだな」坑道を歩きながらレツがセトを見つめた。


「これくらいならね」セトは強がりでもなんでもなく淡々と答えた。「一日中追い掛け回されたこともあるし」


町外(そと)の話な……俺もたまに聞くけど、別世界すぎて全然わかんねえ」


「レツはここの生まれなの?」ミーナは訊ねた。


「さあな、子供(ガキ)の時のことは覚えてねえ」レツがきっぱりと答えた。


「お金、本当にもらえるのかな」セトが呟く。


 ここまでの仕打ちを受けた限りでは、もらえなくても不思議ではないとミーナは思った。


「まあ、だとしてもそれが目的じゃねえしな」


 たった銅貨五枚のために重労働したのでは動機が軽すぎる。目的のものをもらえれば特に不満はないように思えた。

 採掘場から出ると、帰り道の上に三人の人影が立っていた。一人はミーナも見たことのある、監督役の青年だった。


「ご苦労。報酬だ、受け取れ」


 監督役の青年が手をぶんと払うと、銅貨が音を立てて地面に落ちた。


「何のマネだ……ダン」


 レツが銅貨を見つめて、監督役の青年を睨みつけた。


「わざわざ待ってやったんじゃないか。お前が作業に参加したのは久しぶりだからな」


 ミーナはレツの方を見つめた。


「どういうこと?」


「まあ、当然だよね」セトが言った。「こんなこと、進んでやる人なんてまずいないよ」


 いくら義務だからといって、何の理由もなしに従うことができるほど人は従順ではない。

 するとレツが、低い声で言った。


「お前らが突っかかって来るからだろうが」


「突っかかる? 人聞きの悪いことを言わないでくれ。こちらは話をしたいだけだ」


 話? とミーナは首を傾げた。


「聞く気はねえな。今回はツレの用事に必要だっただけだ。用が済んだらもう来ねえよ」


 そう言ってレツは、監督役の青年たちの前に立った。


「鉱石の余りがあるだろ、そいつを譲ってくれ」


「ほう、貴様が武器を作るのか……」


「ちげえよ、ツレが必要としてるだけでその手伝いだ。いいから早く寄こせよ」


「あー、もちろんだ。それは作業者の権利だからな……しまった! 余りはさっき全て無くなってしまったんだった!」


 監督役の青年の大仰な身振りにレツは目を丸くした。


「はあ⁉ んなわけねえだろ。そいつらが金になる筈がねえし……誰が使うんだよ」


「本当に済まない。変わりに僕たちが所有している内から売ろう。一つ銀貨十枚だ」


 法外だね、とセトが呟いた。ミーナも話を聞きながら足元を見られていると感じ取った。


「お前……武器一つ作るのにどれだけの素材が必要か知ってんのか」


「さあね。ボクは力仕事が苦手なんだ」


「武器屋の息子が聞いて呆れるな」レツは吐き捨てた。「そんな金はねえ」


「じゃあ交渉決裂だ。だがボクもそこまで鬼じゃない。君が『アレ』の在り処を教えてさえくれれば、すぐにでも目的のものを渡そう」


「最初からそのつもりだろうが」レツは監督役の青年を睨みつけ、その左右にいる他二人の青年ドンとカンを睨みつける。「お前らが何度突っかかってきても答えは同じだ。俺は何も知らねえ」


「ねえ、アレってどういうこと?」ミーナは不穏な空気を察知してレツに訊ねた。この一回で終わりではなかったのか。


「おや、何も伝えていなかったのか」監督役の青年が言った。


「こいつらには関係ないだろ」


「ではボクから教えてあげよう。アレとはこの町で作られた武器のことだ。詳細を知っているのは製作者である彼の父親と彼のみ。しかし父親はこの町を出て行った。彼とその武器だけを残して」


「そんなモン俺は知らねえ」レツは首を振った。


「では君にも秘密にしてどこかに隠したのだろう。しかし在り処のヒントは教えられているはずだ。アレを見つけることができれば、この町はかつてのような活気を取り戻せる」


「取り戻すって、今のままじゃだめなの?」ミーナが言った。すると監督役の青年が振り向いて笑みを浮かべる。


「実に部外者らしい発想だ。何もわかっていない。この町は今……停滞しているのだ!」


 監督役の青年が前髪をくしゃりと握って叫んだ。


「君たちも外から来たならわかるだろう。今はまさに変革の時代だ。あらゆるものが各地で生まれ、それによって町は豊かに潤っていく。しかし此の町はどうだ? 武器の町としての威厳は薄れ、古臭い伝統ばかりが錆びのように残ってきた。時代の流れに置いて行かれた町なのだ!」


 訪れる乗客も年々減少しており増える見込みはない。その最大の理由が『武器』であり、この町を知らしめたものが今、この町をかつてないほど苦しめている。


「その意味ではこの町を出て行った君の父上はとても懸命だった」


父親(オヤジ)の話は今は関係ねえだろ……」レツは顔を歪ませた。


 監督役の青年が言う。


「ではこの町を立て直すために必要なものは何だ? ――そう『武器』だ! 強い武器があれば人はやってくる。古臭い剣や小手先の道具ではなく、圧倒的な火力を持った武器がこの町には必要なのだ!」


「戦争でも起こそうってのか……」レツの眉間にシワが寄った。


「そんな風には使わないさ。これは商売(ビジネス)なんだ」


「その商売で人殺しさせようってんだぞ、てめえはよ!」


 突然、レツが顔を真っ赤にして叫んだ。怒りはしていたが、ずっとそれを抑え込んでいるようにミーナには見えた。監督役の青年の言葉が、レツの怒りを頂点まで押し上げたのだ。


 すると突然、ぬっ、と監督役の青年の隣に立っていた大柄な青年――ドンが前に出てきた。


「良いから黙って答えろ。お前ひとりの身勝手で、町人(おれら)全員不幸にする気か?」


 大柄な青年ドンがレツを見下した。それに特に反応するでもなく立ち尽くすレツを見て、大柄な青年が拳を握り振り被る。


「コイツ……!」


 もう一人、隣に立つ小柄な青年カンが手で顔を覆って二人の様子を覗き込んでいる。

 最悪の結末を回避したのは、監督役の青年ダンの一声だった。


「やめろ。暴力(そんなもの)で口を割るならとっくに知れている」


 大柄な青年ドンがレツの前で拳を止めた。殴られないとわかっていたのか、レツは目を瞑ることもしなかった。


「命拾いしたな」


「テメェがな、ボケ」


 レツは唾を吐くように言った。監督役の青年ダンが身を翻す。


「今は退く。だがこちらもいつまでも手段を選んではいない。いずれそれ相応の対処をさせてもらおう」


「もう十分してんだろうが……」


「話を聞く気になったらいつでも来てくれ、歓迎する」そう言って監督役の青年は地面を見つめた。「早く拾え、大事な金だろ?」


「だったらもっと丁寧に扱え」


 三人組がその場を去ると、レツはその場にしゃがみ込んで落ちた銅貨を拾った。

 そして無言で隣にしゃがみ込む影にぽつりと言葉をこぼした。


「悪いな……面倒事に巻き込んじまって」


 ミーナがレツの方を振り向いた。


「いつまで部外者扱いなの……?」


「これは俺とあいつらの問題だ。あいつら、お前らも俺への脅しに使う気なんだ」


「だから?」


「だからお前ら、もうこの町から出て行ってくれねえか……。あいつらの邪魔なんか、

 俺一人ならどうにだってできる。けどおまえらは違う。巻き込まれる謂れがねえ」


 ミーナが言った。


「あんなこと聞かされて、危ないから逃げてって、本気で言ってるの?」


「だってこんなこと……誰だって関わりたくねえだろ。知らねえ町で、知らねえ奴らが言い合いしてて、そんなトコに入っていくヤツなんか普通いねえだろ?」


 いたらそいつはよっぽどの馬鹿か、とんでもないお人好し以外考えられない。

 たとえばそれが、自分の身内だったなら、答えは違っているかもしれない。それでも自分が殴られることは避けたい。そこは恐怖と正義感の争いだ。


 けれどもこれは、それとも違う。関わる必要性のないことで、関わっても得なんて何一つない。善悪の感情なんかよりも、よほど手っ取り早く決断が取れるもののハズだ。


「悪い……もっと早く、アイツらと話をつけるべきだった。お前らといるのが楽しくて……忘れてたんだ、俺は仲間なんて、作っちゃいけない奴だって」


 パシンと音がして、頬に電流が走ったみたいに熱くなった。気づくとミーナがレツを睨みつけるように見つめていて、レツは、ひっぱたかれたんだと理解した。


「……なんで」ヒリヒリと痛む頬に触れて、レツは訊ねた。こんな傷、全然大したことない筈なのに、なぜか心にまで響いてくるみたいだった。


「わからない!」ミーナが叫んだ。「けどぜんぶ否定されたみたいでイヤだった!」


 怒られたのは久しぶりだった。


「出会わなきゃよかったってそのうち言われそうで」


 レツは図星を点かれた気がした。本当にそう言おうとしていたわけではないが、感情に流されていればそうなっていてもおかしくなかった。


「身内でもないお前らが、関わったって意味なんかねえだろ」


「意味なんか知らないわよ、馬鹿だもん!」ミーナが叫んだ。


 迫力にレツは思わず腰を引いた。

 するとセトがミーナの肩を叩いて言う。


「意味があるとかないとかさ、そういう大人の関係みたいなのは嫌いなんだ。僕もミーナもきっと……」


子供(ガキ)でもわかるだろ、それくらい。嫌な奴なんか一目でわかる。関わりたくねえって」


「君は他人から言われるほど嫌なやつなのかい?」


 聞かれてレツは、言いよどんだ。他人からの評価なんて聞いたことがない。褒められた経験もないから、弱気になっているだけかもしれないが。


「好き嫌いで判断することでもないと思うけどね……けれどもし君があの場に現れた瞬間に、こうなることが決まっていたとして、そこで意味のあるなしを判断できるほど、僕たちは大人じゃないよ」


 レツはミーナを見つめた。下を向いて何も言わないのは、たぶん言いたいことを我慢しているからだ。自分の代わりに、言ってくれている人がいるからだ。

 レツはミーナに声をかけた。


「お前は……馬鹿なんかじゃねえよ。俺が会ってきた客の中で一番……優しいヤツだ」


 ミーナがきょとんと顔を上げた。「そんなこと言われたの、生まれてはじめて……」


「だからお前には……お前らには、本当のことを話したい」


 巻き込むかもしれねえけど、と言うとミーナもセトも「いいよ」と頷いた。

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