闇の中で
武器の作り方は二種類に分けられる。鋳造と鍛造である。鋳造は型に流し込むことで成形するため手間は少ないが、強度は鍛造に劣る。鍛造は金属を叩いて伸ばすため、強度は桁違いに強いことが特徴である。防具もこれと同じである。
鋳造は素人でも何とか作れるが、鍛造は職人でなければまともなものは作れない。どの道鉱石が必要となるのだが、それは簡単には手に入らなくなっていた。
「いつの話だい、それは」セトが訊ねた。
「わりと最近だよ。ある時期から町の権力者が採掘を禁止にしたんだ。それから、採れた鉱石は全部納めないといけなくなった。
「どうしてそうなったの?」ミーナが訊ねる。
「さっきも言ったろ、もう武器が前みたいに売れねえんだ」
輸送経路が確立してから、ヒトとモノの往来が盛んになった。それまでは一極集中していた数々のモノが各地に伝わり、ある出来事を境にこの町で武器を買う冒険者は一時期劇的に減少した。それでも、ゴルゴア産の鉄鉱石の評価は高く、今や武器商売よりも交易による収入の方が高い割合を占めていた。
「だが、方法がないわけじゃねえ」レツが言った。「納めるっても全部じゃねえんだ。出荷されない鉱石は必ず出る」
それを手に入れることができれば、素材の問題は解決できるとレツは言った。買うことができないのであれば、仕方ないが従う他ない。
「素材があれば、防具だけじゃなくて武器も作れるからな」
レツが言った。ミーナは、ぐっと言葉を飲み込んだ。するとレツが、けどと神妙な面持ちで言う。
「余りをもらうにも、作業に参加しないといけないんだ」
「……作業?」ミーナとセトは首を傾げる。
ゴルゴアでは週に一度、大規模な採掘作業が行われている。これは全町民に参加義務があり、ひと世帯に一人は参加が必須である。賃金は日当で銅貨五枚から十枚ほど。
ミーナをしても、少ないと感じる金額だった。
その後月の終わり頃に交易によって得た利潤の分配が行われる。参加頻度に応じて配当は変わり、平均して最低四回の参加で銀貨一枚。十回を超えると一回につき銀貨一枚が上乗せされる。
「選別は週に一回だから、鉱石の余りがもらえるのはその時だ」
幸か不幸か、それは明日にあるとのことだった。
「どうする? 俺が言うのも何だが、慣れてねえとかなり危険だぞ……それに、素材の入手は他に手がなくもない」
「他にもあるの?」セトが声を大きくする。レツが頷いた。
「こいつの製法は鋳造になるけど、武器を溶かして素材にするんだ。武器も元は鉄だからな。強度は弱くなるけど」
その代わりにリスクはない。実際、武器商人の多くは買い取った大型武器を鋳造して短剣を作ったりしている。見た目には鍛造で作ったものと大差ないので、短剣そのものの値段を高くして売られることもある。
レツがミーナを見つめた。きっと、いや楽なのは間違いなく後者だ。だからわざわざ、苦しい道を選ぶ必要もない。ミーナは職人でもないし、武器作りのことは何もわからない。だからこそ思う。
「武器って、作り始めるまでも大変なのね……」
「まあ、そうだな。実際、素材が悪いとすぐに壊れるし、金もかかる」
もし、自分が安物の防具を買って、それを使い続けていたらどうだろうか。安いからすぐに買い替えればいいと、ろくに手入れもせずに使い続けて、壊れたらゴミのように捨ててしまうのではないだろうか。そこまで手荒に扱うとは思わないが、けれども思い入れが薄くなることは間違いない。絶対に壊れない防具など存在しない。けれども長く使い続けることはできる筈だ。きっと、武器も同じなのだろう。それなら……。
「やらせて、レツ」
ミーナは強い目で言った。セトがにっこりと微笑む。
「強くなったね、ミーナ」
レツが、一瞬目を見開いて笑みを浮かべた。
「だんだん、お前のことがすごい奴だって思えてきたよ」
「おい、もっと早く運べ!」
坑道に響く怒鳴り声に背中を無理やり押されるように、ミーナは鉱石の積まれた手押し車を力いっぱい押した。
早朝からざっと三時間、疲労は早くも限界に達しようとしていた。塵が積もれば山となるなら、石が積もると何になるのだろう。視界の端で、何かの小さな影がばたりと倒れた。
「ミーナ、代わるよ」
採掘場に戻るとセトがツルハシをミーナに渡しながらそう言った。少し休んでと手押し車を受け取る際に耳元で言われ、ふっと力が抜ける。
「おいそこ、休むな!」
ミーナはよろよろと立ち上がり、震える手でツルハシを壁に叩きつけた。すると衝撃が体の芯まで響くように腕の先から全身に広がる。
「慣れてねえとツラいだろ?」
隣でレツが苦笑いを浮かべながらツルハシを振るう。決して見くびっていたわけじゃない。けれど予想以上に過酷な環境に、ミーナは笑顔すら忘れそうになっていた。
こんなに大変なのに、もらえるのはたった銅貨数枚……。割に合わないどころか、使いつぶしのような扱いにしか感じなかった。けれど手を抜こうとすると、すぐさま背後から声が飛んでくるのだ。
「そこ、無駄口を叩くな! しっかり働け」
その声は疲れた頭に洗脳のように深く沈みこんで、休もうとする意思を無理やり捻じ曲げてきた。逆にその怒声が無ければミーナはとっくに地面に倒れこんでいたかもしれない。
ギリギリの精神状態を何とか保って、ミーナ午前の作業をどうにか乗り切った。
「お疲れ。よく耐えたな」
糸が切れたように膝をついたミーナにレツが手を伸ばした。結局あれからずっと荷運びはセトに任せっきりになってしまい、申し訳ない気持ちが胸の中に巡る。
昼食時になり、作業者たちがその場にへたり込んで座った。ミーナも同じように休んでいると、他の作業者たちが監督役の青年から何かの紙袋を受け取っているのが見えた。
やがてセトが帰ってきて言った。
「みんな昼食たべてるね」
僕たちの分は? とセトがレツに訊ねた。レツが少し表情を曇らせて顔を上げる。
「悪いけど買ってきてくれねえか? 金は出すからさ」
「いや、お金はいいけど……さっき他の人が食べものもらっているの見たよ?」
切羽は坑道の入口からかなり離れた位置にあり、入口から商店通りへ向かうにもかなりの距離がある。こういう場合はたいてい昼食は支給されるものであるし、事実そうだった。
ミーナは先ほど昼食を渡していた監督役の青年を発見し立ち上がって声をかけた。
「あの……ごめんなさい、まだその……昼食をもらってなくて。どこにありますか?」
監督役の青年はすると両手を広げて言った。
「ここにはない。欲しいなら自分で買ってくるんだな」
ミーナは愕然とした。
「でもあれは……」ミーナは座り込んで昼食を頬張る作業者たちを指差した。
「あれは登録済みの者たちだ。君は登録しているのか? 名前は?」
登録なんて知らない。というより、聞かされていない。ミーナは逃げるように背を向けて二人のところに戻った。
「昼食もらえた?」セトが小首をかしげて訊ねると、ミーナは少し大きな声で言った。
「……なかったわよ!」
そして、レツを睨むように見つめた。
「どうして教えてくれなかったの? こうなるってわかっていたんでしょ」
「ちょっと待ってよ」セトが二人を交互に見つめて言った。「なんで怒ってるの?」
「いや、怒って当然だ。すまねえ、昼食はない……っていうよりもらえねえんだ」
するとミーナは、レツもまた、何も手に持っていないことに気づいた。
「昼食がもらえるのは毎回作業に参加している大人だけだ。子どもはもとより、部外者のお前らにも食い物は支給されねえ」
黙ってて悪かったと頭を下げるレツに、ミーナは怒りの矛先を見失った。
「でも、このままじゃ午後の作業なんて……」
お腹が空いている以上に、身が持たない。入口まで戻る気力すら今のミーナには残されていなかった。
「我慢するしか……」レツが弱音のように呟いた瞬間、小さな影が姿を現す。
「ろくなニオイがしねえな此処は」
昨日からずっと姿を見せなかったハムが目の前に現れる。
「なんだコイツ……」
レツが怪訝そうに言った。ミーナはそのことよりも、ハムが口に咥えた袋に視線を向けざるを得なかった。
「ねえ、それって……」震える手でミーナはそれを指さした。もしかしなくてもわかる。今だけはミーナの鼻は誰よりも食べ物の匂いに敏感だった。
「お願い、それ少しだけ分けて!」
「駄目だ」ハムがきっぱりと言った。「コイツはオレ様のだ」
ミーナは膝をついて地面を頭につけようともがいた。
「ハム、これと交換でどう?」
するとセトがポケットから木の実を取り出してハムに差し出した。
「全部あげるよ」
「……仕方ねえ」
ハムが口から袋を離す。ミーナはそれを拾って、深呼吸をするように中を嗅いだ。




