職人
大柄な店主がむくりと起き上がり黒髪の少年を見下した。
「ってーな……レツ。てめえ……」
黒髪の少年が、険しい表情を浮かべた。周りは乱闘を歓迎するような雰囲気で、やれやれと盛り上がっている。
「どうしよう……早く止めないと!」
ミーナは前に一歩進み出た。するとセトが手を引いて呼び止める。
「ミーナ、危険だよ」
でも、とミーナは振り返った。するとずざざと音が響いた。見ると大柄な店主が拳を振り切って、黒髪の少年が再び地面に倒れ込んでいた。よっしゃあ、と大歓声が響く。
「クソ……」黒髪の少年が地面に顔をこすりつけながら呟いた。
「けっ、もう商売の邪魔すんじゃねえぞ」
大柄な店主がそう吐き捨てる。ミーナはセトの手を振りほどいて黒髪の少年に駆け寄った。
「ねえ、大丈夫⁉」
黒髪の少年が顔をミーナの方に向け、ゆっくりと起き上がる。
「何ともねえよ……」
「手当しないと」
しゃがみ込んで背嚢から包帯を取り出すと、黒髪の少年が「必要ねえ」と立ち上がった。
「関係ねえだろ……」
すると、ミーナはよろよろと歩き出す黒髪の少年の手首を掴んだ。
「いいから座って! 手当するから!」
少年がびくりと肩を震わせて振り返った。ミーナの表情を見て目を見開く。
セトが遅れてやってきて言った。「ミーナ、カゴ置いてっちゃダメだよ……」
ミーナは包帯を巻く手を止めて、ごめんなさいと振り返った。
「お前ら……町外のヤツらなんだろ」黒髪の少年が言った。
「そうだけど、どうしてわかるの?」
「この町には、そんな綺麗な服を着てる町民は一人もいねえよ」
「そう……」ミーナは少年の恰好を見つめた。見たことのない衣服で、靴には穴が開いていた。
手当を終えると、黒髪の少年はミーナの方に向き直って腕を伸ばした。
「なに……?」
「今は手持ちがねえから」黒髪の少年が手を開くと、そこには銅貨が一枚握られていた。
ミーナはそれを彼なりのお礼なのだと思った。施しに対して対価を払う、それはきっと普通のことなのかもしれない。けれどこれは自分が勝手にやったことだ。拒む彼を無理やり引き留めた。そんなことで見返りを求める気にはなれなかった。
「いらないわ」ミーナは首を振った。
「そうか……」黒髪の少年は銅貨を手元に戻した。「町外のヤツのくせに、いい奴だな」
「そういえばさっき、どうして殴られていたいんだい?」セトが顔を近づけて訊ねた。
すると、黒髪の少年がその場に座り込んだ。
「俺を殴った奴……店主が何も知らねえ客をカモにして武器を売ってやがったんだ」
「カモ……?」ミーナは首を傾げた。
「僕たちみたいなことだよ。初めての相手に、実際よりも高値で商品を買わせるんだ」
セトが言った。黒髪の少年が顔を上げる。「お前らもやられたのか……」
「僕は初めてじゃなから引っかからなかったけどね。けど最後に来たのが随分前だから、印象はかなり変わっているよ」
「なるほどな」
「それであんなに怒っていたの?」
ミーナは黒髪の少年を見つめた。
「それだけじゃねえ」黒髪の少年が拳を握った。「アイツは出来の悪い武器を売ってやがったんだ。見た目は上等でも、使えばすぐに刃こぼれするような偽物をな」
黒髪の少年の怒気が明らかに強くなる。それで? とセトが訊ねると少年が顔を上げてセトを見つめた。
「教えてやったのさ、そいつは碌に砥ぎもされてねえ安物だってな……それで殴られた」
それであんな騒ぎになって、こんなケガを負ってしまったのでは元も子もないとミーナは思った。けれどどうしてか、彼のことを責める気にはなれかった。彼があの店主に立ち向かう姿を見て、ミーナの中で何かが変わろうとしていた。
「話は終わりだ。もう行っていいか?」
セトが、うんありがとうとお礼を言うと、黒髪の少年がミーナの方を見つめた。
「ちょっと待って」ミーナは顔を上げた。
「それじゃああなたたちは……どうして武器を作っているの?」
予想外だったのか、黒髪の少年が一瞬目を見開く。しかしミーナの目を見て、少年は答えた。
「金のため」という答えを聞いて、ミーナはぐっと唇を噛んだ。「けど、そいつは商人の考え方だ。作る理由はたぶんもっと単純さ。ただ、良い武器が作れたら気持ちいい」
そんだけだよ、と黒髪の少年が薄く笑みを浮かべる。
「お前らが、どんな酷い武器商人に会ったか知らねえけど……武器なんざ、作るヤツより使う人間に寄るだろ……殺しの道具だって、言って渡すような職人なんてどこにいねえよ」
黒髪の少年が強く言い放つ。ミーナは黒髪の少年を見つめた。
「一つ、お願いがあるんだけど……」
黒髪の少年が「何だ」と振り返る。
「武器を見せてくれない? あなたの作った武器が見たいの」
そう言うと、黒髪の少年はゆっくりと首を横に振った。
「悪いな……武器は作ってねえんだ」
ミーナは、え、と口を開いた。そんなはずはないと、思いながらもじゃあと訊ねる。
「それじゃあ何を作ってるの……?」
黒髪の少年が指をセトの方に向けた。
「セト……?」
「いいや、手に持ってるソレだ」
黒髪の少年――レツはセトが持っているランタンを指差した。
「ランタン? へえ、それは珍しいね」セトが言った。「ちょっと見てみたいな」
セトが言うと、レツは「いいぜ」と立ち上がった。レツの工房は谷の奥にあるらしい。そもそもミーナにはどちらが奥なのかまだ判然としていないのだが。というのも谷は前後にかなり長く続いていて、見た目も似ていた。
「町人は行き止まりがある方を奥って呼んでる」歩きながらレツが言った。
谷の奥は、影の面積が大きく、道幅が広かった。
「着いたぞ」レツが振り返った。一見何の変哲もない通りだが、よく見ると壁に穴が開いていた。レツが、あれが工房の入り口だと言った。トンネルのような入口の奥には、確かに空間が広がっていた。中に人の気配はなく、家具も何もなかった。
そんなトンネル穴がいくつも奥の方に続いていた。
「どうしてこんな離れた場所に?」ミーナはレツに訊ねた。
「さあな」レツはそう答えたが、その答えはすぐに現れた。さらに奥に進むと、突然、大穴でも空いているように井戸が現れた。
「すごく大きい井戸だね」セトが言った。
「見たことないわこんな井戸……」ミーナが井戸の底を見下ろして呟く。「どこまで続いているの?」
「さあな、考えたこともねえよ……ただ、町の水はこの井戸から全部汲んでる」
「この井戸って昔からあったの?」ミーナは顔を上げて訊ねた。
「よくわかったな」レツが頷く。「元は昔の発掘隊の水飲み場だったんじゃねえかっていわれてるよ。よくは知らねえけどな」
ちょうど喉が渇いていたので、水を飲んでみることにする。近くに綱の括られた桶が置かれていた。
「これで汲むの?」
大きすぎないとミーナは首を傾げた。しかも、桶には重りが付けられていて、見た目よりもかなり重かった。また、桶を入れる場所にも注意が必要だった。決められた場所から桶を降ろさなければ水を汲めないのである。
「なんか色々と面倒くさいわね……」
「文句言うなよ」
レツが言った。一遍に水を汲み上げるにはこれが一番効率的な方法なのだという。しかしミーナ一人ではなかなか持ち上がらず、セトとレツも手伝って三人がかりで桶を引き上げた。
「こんなに汲まなくてもよかったんじゃない……?」
仰向けになりながらミーナが呟く。桶の中からは水がタプタプと波うっていた。
「それもそうだな……」
レツが頷き、三人で喉の渇きを潤した。余った水は水袋に入れてもまだ残ったので、残りはレツが他のバケツに入れて持ち帰ることにした。
大井戸の先にも工房群は続いていて、レツの工房もそこにあった。入り口はやはりトンネルのような形で、中は広い割に物は少なかった。長テーブルが一台に、炊事場のような場所には火が焚かれている。肝心のランプはというとぽつんとテーブルに一個置かれているだけだった。残りは使わないので、全部箱に納めているのだという。
ミーナはテーブルの上に置かれているランプを見た。見てくれは似ているが、自分たちのランタンと比べると大きさも形も全然違っていた。なんだか容器が緑色にくすんでいるし、サイズも手で掴めるほど小さい。
「これ本当にランタンなの?」ミーナは振り返って訊ねた。
「失礼なやつだな」レツが前に進み出た。瓶の飲み口のような所から飛び出た芯に火を付けると、オレンジ色の光がぼんやりと周囲を照らす。
「ほら、ちゃんと点いただろ」レツがどやりという顔でミーナを見つめた。
「あんまり明るくないわね……」ミーナは思わず口に出した。
「そりゃあお前らのと比べたらな……」レツが言った。「でもこんなモンでも、無いと此処では暮らしていけねえんだぜ」
「因みにいくらなんだい?」セトが訊ねた。
「まあ、銅貨十枚くらいかな」
「安いね」セトが少し目を見開く。「もっと高くしてもいいんじゃない?」
ミーナもそう思った。明るさは劣るが構造は自分たちのものより簡単だし、必要としている人がいるなら、きっと倍くらいあっても売れると思った。
「いいんだよ」レツは首を振った。「ここで暮らすにはそんくらいで十分だ。それに……こんなモン、ちょっと練習すりゃあ誰だって作れる。遊びみたいなモンだよ」
そう呟いたレツの目が、どこか光を失っているようにミーナには見えた。彼はこのランタン作りに誇りを持っているし、値段が安いのはきっと、彼なりの理由があるからだろうと思う。けれどミーナにはわからなかった。彼がどうして、武器ではなくランタンを作っているのか。それなのにどうしてあのような台詞が吐けたのか。
「ねえ、レツ……」話しかけようとすると、セトが同じタイミングで質問を投げかけた。
「防具のことで聞きたいんだけど。どうして通りで売られていなかったんだい?」
この前来た時はもっとあったのに、とセトが尋ねた。
「まあ、理由は色々とあるよ。作るヤツがいなくなったっていうのが一番だけど。それも、そもそも防具が売れなくなったからだ」
「売れなくなった?」
「ああ、まあ元々人気はなかったんだけどな。この町は武器で有名になったモンだし、盾とか防具もその時はそれなりに売れたんだ」
防具の値段はたいてい武器に比べると一回り高い。ゴルゴアは質の良い鉱石が採れたため防具の評価も高かったが、近年は技術の進歩もあり防具の需要も著しく落ち込んでいた。そこで現れたのが、効果付きの武器もとい短剣だった。安価な武器と物珍しい話は一定の話題を呼び、冒険者に重宝された。しかし、それが事態を悪化させる要因となった。安物の武器が売れると分かるや否や、多くの武器職人が武器作りを辞め商人となった。
「ひでえヤツは、冒険者から買い取った短剣を倍の値段で売ってやがった」
「倍……か、それでも買う人はいるんだね」
「まあ、目的はそれよりも薬の方だからな。買う方も買う方だよ」
レツの諦め混じりの吐息がこぼれる。するとセトが言った。
「……鎖帷子が欲しいんだけど、まだ売ってたりするかな?」
レツがセトの方を見つめて言った。
「それって、お前が使うんじゃねえんだよな」
セトが頷いた。レツがミーナの方を見つめて答える。
「今はもう無いな。けど、金と素材があれば作ってくれる職人はいると思うぜ」
商人の中にも、まだ傍らで職人を続けている者もまだいる。その者を探して依頼すれば、可能性はゼロではない。
「まあ、金の方は置いといて……問題は素材の方だ」
「どういうこと……?」セトが訊ねる。するとレツが答えた。
「今は昔と違って、自由に採掘ができるわけじゃねえからな」




