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武器の町

 やはりと言うべきか、列車はトンネルの中で停止した。ぞろぞろと足音が聞こえて、アナウンスが流れる。


『当列車はしばらく停車いたします。再出発は一時間後でございます。こちらでお降りのお客様は乗務員に半券チケットをお渡しください』


「僕たちも行こう」とセトがランタンを持ち上げた。ミーナは戸惑いながら、クウの入った籠を抱えて立ち上がる。


 列車を降りると、そこは周りに線路しかない黒闇の中だった。カーラの言う通り、ランタンを持ち歩いていなければろくに歩けもしない。振り返ると、車両は客席のランプのお陰で姿形が捉えられるほどには明るく、ちょうど乗務員たちが出てきた時だった。


 乗務員たちは車両を降りると、最後尾のさらに後ろ、貨物車両へと足を運ぶ。そして、数人がかりで貨物の入った木箱を運び出していた。


「中には何があるの?」


 訊ねると、セトは「何だろうね」とランタンを動かした。降りた乗客の足音がどんどん遠くなっていって、急いで後を追う。列に追いついてすぐ、ミーナはセトに声をかけた。


「さっき、武器を買うって言ってたけど……」


「うん、やっぱり武器がないとこの先は厳しいと思うんだ」セトが頷いた。


「でもわたし、剣も弓も使ったことがないの……」


「え、本当に……?」


 ミーナが頷くと、セトはまいったなあと後ろ髪を掻きながら苦笑いを浮かべる。


「この先、今まで以上に危険なことが増えるだろうから。せめて防具くらいは買っておかないと……」


「革鎧とか……?」


「それは知ってるんだね」セトが呟いた。「けど革鎧は重いし、防具としてはいまいちだよ」


「他にもあるの?」


 訊ねるとセトは、「結構ね」と笑顔を浮かべた。


 するとトンネルに横穴が現れ、前を歩く人達が次々とその穴へと入っていく。振り返ると停留所の灯りはもう見えなくなっていた。

 ミーナたちも穴に入り、狭くなった道幅に少しばかり不安を覚える。


「どこに向かってるの……?」


「もうすぐだよ」


 その言葉を信じてひたすら前に進み続けた。すると目の前に急に光が現れて、ミーナもやがて、その白い光に包まれた。


 長い暗闇を抜け、陽の下に降り立つ。見上げると空はいつもより高い場所(ところ)にあった。目の前には頂上の見えない壁が聳え立っており、それが左右に果てしなく続いていた。

 ミーナは、まるで自分が小人にでもなってしまったのかと思った。

 隣を見るとセトが落ち着いた表情を浮かべている。


「来たことあるの……?」


「何度かね、といってもかなり前だけど。町の感じは……前とあんまり変わってないかな」


 二人がいるのは、山脈の中央付近。数千メートル級の山々が連なり押し合う峡谷の隙間だった。自然が形成したその場所は、二つの山が互いにもたれかかるように傾いた間にあって、真上からの光はその山の隙間から差し込む陽光であった。


 昼間は明るく、夜は暗い、人の営みは町外(そと)と何ら変わりなかった。


「でも、どうしてこんな場所に町があるの?」


 駅の場所もそうだが、こんな辺鄙な場所に町なんか作って意味があるのだろうか。

 近くに草木が生えている気配もしないし、どうやって暮らしているのか想像もつかない。


「都合が良かったんだよ……色々とね」


 セトが言った。教えなくても一日過ごせばいずれわかると、町を散策することを提案してくる。断ることなどできるはずもなく、ミーナは言われるがまま付いていった。

 町の雰囲気は都市(グランベール)とほとんど変わりがなかった。人の往来は意外と活発で、道も谷の隙間とはいえ大通りよりも道幅はずっと広く、建物が左右にあっても人が数人横に並んで歩けるほどの広さがあった。


 都市と違う点は、立地を活かした建物の造りだった。ほとんどが露店で、地面に木を埋め込んで立てた二本の支柱に布を被せた簡素な造りである。もう一つは服装で、厚着の女性が多い印象だった。苔のような色のコートに顔を布のようなもので覆った女性が店頭に立っていた。若い女性はあまり多くない。

 また、露店がほとんどが食べ物屋というのもミーナには驚きだった。


「食べ物はやっぱり外から運ばれてくるの?」


「果物とか野菜とかはね。此処は土壌があまり良くないから。でも生き物を捕まえて売ったりもしてるよ」


 セトが指差した先には、店頭に黒い何かが吊るされていた。近づくと二枚の羽が特徴的な形をした生き物だった。


「蝙蝠焼きだよ。どうだいお客さん」


「コウモリ……?」ミーナは首を傾げた。


「ミーナ、蝙蝠食べたことないの?」セトに訊ねられミーナは頷いた。


「この辺りは蝙蝠くらいしかいないから、今のうちに慣れておいた方が良いよ」


 セトが店主に蝙蝠焼きを二本注文する。店主は吊るされた蝙蝠を鷲掴みにして頭から尻にかけて櫛を通した。一瞬だが、鳴き声が聞こえた気がする。


「いま、鳴かなかった……?」


「生きがいい方が美味しいよ」


「そう……」


 血が少し飛び散るが店主は気にせず、蝙蝠を鉄板の上に置いて両面に焼き色をつける。

 何度かひっくり返して両面がこんがりと焼きあがったところで威勢よく叫んだ。


「蝙蝠焼きお待ち!」


「ありがとう」セトは銅貨を四枚支払い串を両手で受け取った。「はい、ミーナの分」


 セトが片腕を伸ばしてくる。ミーナは、伸ばしかけた手をひっこめた。


「わたし、これはちょっと……切り身とかだったら」


「ミーナ、生の生き物食べたことないの?」


 ミーナは頷いた。「見たことはあるけど、食べたことは……」


 魚だったら自分で釣って焼いて食べることもできる。けれど野生の獣の肉は、直接見ることができなかった。


「ちゃんと焼いてあるから大丈夫だよ」


 セトがほら、と蝙蝠焼きを頬張る。バリボリと骨を砕く音が聞こえ、表情は確かにおいしそうだった。けど……そういう問題じゃない。


「料理店はないの? その……蝙蝠でもいいけど」


「あるけど、結構高いよ。たぶん銅貨三十枚くらい」


 ミーナは絶句した。どうしてもこの窮地からは逃れられない。けれど彼の余裕の表情を見るに、これからはこのような食事がずっと続くのだろう。

 ミーナは手元の串を見つめた。元が黒いためか、焼かれていても見た目は対して変わらなかった。死んでいるのに、今にも動き出しそうな雰囲気があった。


「……ッ」


 ミーナは覚悟を決め、目を瞑り串を近づける。噛んだ瞬間、ぶにゅりと歯の上で肉が弾んだ。うううと涙目を浮かべて無理やり噛みきり、感覚を上書きするように咀嚼する。


「……うん、おいしい」苦笑いを浮かべると、セトも同じような表情を浮かべた。


「少しずつ慣れていけばいいよ」


 もう一口二口食べたところで限界がきた。余った分をクウかハムに食べてもらうことにして、クウは首をぷいっと横に逸らしたのでハムにあげることにする。


「根性無しが」蝙蝠焼きを目の前にしてハムがそう吐き捨てた。スナック菓子のようにで蝙蝠を頬張るハムを前にして、ミーナは何も言い返せなかった。


 商店街に行こうとセトが言い出し、ミーナは頷いてとぼとぼと歩き出す。道なりに進むと露店の波が途切れ、隙間に少し凝った装飾の屋根が現れた。


「ここが唯一の商店街だよ」セトが入口の前で腕を伸ばす。そこは商店街というより、長い通りのようだった。奥はトンネルのように細長い道が続いていたが、露店の灯りで明るさは外と大差なかった。どころかより明るいほどだった。入口に近い所は食料や日用品、服も何着か売られていた。


 セトはそれらには目もくれず、奥へと足を運ぶ。すると、雰囲気ががらりと変わり、燻煙の漂うような空気が辺りを包んだ。女性が一人も見当たらず、髭の濃い中年男性ばかりが座り込んでいる。

 セトが辺りを見回して目についた武器屋へと足を運んだ。ミーナも後に続いて背後から声をかける。


「武器を買うの?」


「見るだけだよ」


 セトが風呂敷の上に並べられた武器を見て呟く。


「数が少ないね……」


「そうなの……?」


 うん、とセトが頷いて、一つ武器を手に持つ。


短剣(ダガー)か……初心者にはもってこいの武器だけど、獣相手にはちょっと心許ないんじゃないかな」


 それは確かにとミーナは思った。村の大人たちも短剣を持っている姿を見たことはない。大抵は長剣(ロングソード)か弓である。短剣は子供たちが作って振り回すような遊び道具の類だった。


「坊主、わかってる口ぶりだが……そいつはもうずっと前の話だ。今は短剣(コイツ)が主流なんだぜ」


 店主がセトを見つめて言った。風呂敷には短剣が一番多く並べられている。


「何か理由があるの?」


 セトが顔を上げて訊ねると、店主は小さな瓶を握ってみせた。


「この薬を塗って使うのさ、対獣用のな……いわゆる『痺れ薬』だ。塗れば大抵の獣は動けなくなる。捕獲が目的なら『眠り薬』がおすすめだ。少し値は張るがな。それと――」


 店主が指差した瓶には髑髏のマークが付いていた。


「コイツにはある蛇の血が混ぜ込んである。まあ毒だな、獣を殺すならこいつがもってこいだ」


「いくらくらい?」セトが瓶を指差す。


「『痺れ薬』と『毒』は銅貨七十枚。眠り薬は銀貨一枚だ」


「けっこうするね」セトがほんの少し目を見開いた。銀貨一枚といえば、グランベールで売られているビースト図鑑がそれくらいの値段である。


「どうだ、買うか?」


 見るだけと言っていたので、買わないのだろうとは思うけれど、確証はなかった。

 口ぶりから、他の冒険者もこれら買っているようだし、便利そうではあった。

 じっと後ろからセトの顔を覗き込むと、笑顔を浮かべて答えた。


「せっかくだけどやめとくよ」


 ミーナは内心安堵の息を吐く。店主は残念だったが、セトの目を見て引き留めることはしなかった。


 立ち上がって後ろを向いたセトに駆け寄ってミーナは訊ねた。


「どうして買わなかったの……?」


 セトが振り返って見つめてきた。いつもだったらすぐに答えてくれるのに今回ばかりはそうならなかったので、ミーナは慌てて言葉を紡いだ。


「いや、ほら……だって他に武器もないんでしょう?」


「うん、まあね」セトが頷いた。「理由は二つかな」


 店から離れた場所で話を聞くことにする。


「一つは薬の効き目。あの薬にそこまでの効果があるとは思えなかったんだ。武器に薬を塗るって発想は前からあったし、実際に効果も証明されているからね。特定の獣には通じるんだけど」


「じゃあ、わざと知らないフリしてたの?」ミーナは目を開いた。


 セトが頷く。


「でも、前に見かけなかったのは本当だよ。まさか一般に流通してるとは思わなかった」


 セトが、ただ、と少し重く口を開いた。


「『毒』だけは、相性関係なく強い効き目があるから、使う人は多いかもね」


「見たことあるの?」


 セトが頷いた。


「生き物を毒で弱らせるっていうのは昔からある技法だよ。殺さないにしても仮死状態にすれば捕まえるリスクも大分減らせるからね」


「じゃあ……どうして」


 自分(ミーナ)はそれを使うつもりはない。けれどセトも同じようにする必要もなかった。効果だけをみれば非常に有用だし、実際かなり興味を持っていた感じだった。


 そんなものを使わなくても、彼は生物を制圧できる力を持っている。彼が武器を使ったのを見た記憶はないし、必要としている素振りもない。けど、持っていて損はないはずだ。


「だって……僕の仕事は、生き物を殺すことじゃないから」


 生きた姿を観察することだから、必要ないんだとセトが笑顔を浮かべた。

 すると突然叫び声が聞こえて、二人の前に人影が転がりながら倒れこんできた。

 それは、自分たちと同い年ほどの和服姿の黒髪の少年だった。


「……ってて」


「ちょっと、大丈夫⁉」


 ミーナは慌てて黒髪の少年に声をかけた。黒髪の少年はミーナを一瞥すると、ああと一言だけ返して起き上がり、きっと鋭い視線を前に向けた。その先には彼を押し倒した大柄の男が仁王立ちに腕を組んでいた。


「どうしたの」セトがミーナと黒髪の少年の方を向いて呟く。なんだなんだという騒ぎ声を聞こえはじめる。


「ったく、商売のジャマしやがって……てめえのせいで客が逃げちまったじゃねえか」


 大柄な店主が黒髪の少年に向かって言った。黒髪の少年が答える。


「あれを商売っていうかよ、素人に偽物(ナマクラ)買わせようとしやがって」


「ナマクラだろうがなんだろうが、客が買えばいいんだろうがよ」


 大柄な店主は蔑んだ目で黒髪の少年を見つめる。その光景が、ミーナにはどこか覚えのある気がした。

 黒髪の少年がチッと舌打ちをする。大柄の店主が勝ち誇ったような笑みを浮かべ背を向けた。すると黒髪の少年が立ち上がり、ダダッとその場を駆け抜けて店主の背後まで近づいた。そして地面を飛び上がり、背中に向けて足を突き出した。


 大柄な店主が前のめりに地面に倒れ込む。ずしんと地響きのような音が聞こえた。

 着地を決めた黒髪の少年が、鋭い目つきで叫んだ。


「仕事しやがれ、クソ野郎!」

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