広い世界
個室の伝声管から車内放送が流れた。
『次は『ゴルゴア』です。お降りのお客様は立ち上がらず、お席でお待ちください』
すると突然、セトが言った。
「次の目的地って言ってなかったっけ?」
「聞いてないけど」
ミーナは首を振った。ロンダートと三人で話し合ったときは、とにかく情報収集が重要だということで、色んな町で聞き込みをして場所を絞るしかないという結論に至った。
セトが荷物から紐で括られた羊皮紙の束を取り出した。
「何それ?」
ミーナが首を傾げるとセトは顔を上げて答えた。
「竜の目撃情報」
「それ本当……?」
ミーナは半分疑いながらセトから紙束を受け取った。
「いちおう最新の情報だよ。といっても数ヶ月前のだけど……」
ロンダートがあらゆる記事からかき集めてきた情報が詰まった数枚の紙。一枚ずつに元となった記事の写真を張り付け、ロンダート直筆の脚注が施されていた。
●雪原の町『ブリーズ』にて現地住民が竜の足跡らしきものを発見。足跡の種類から大型の獣であることは確かだが、付近にいる猛獣の可能性もあるため確定はできない。
◆これは竜である可能性が高い。この記事だけでは確かに断定は難しいが、他の記事で発見地点の付近に黒ずんだ池が確認された。おそらく油だまりだ。
油だまりとは竜が捕食した生物の油性分を貯め込み、定期的に吐き出されるものである。
足跡などで種類が断定できない場合、この油だまりの存在が真偽を分ける指標となる。
●宗教都市『オリス』にて竜群の目撃者発見(写真提供無し)。目的者は竜の群れは東に向かったと証言している。
◆信憑性は確保できないが、竜を直接、しかも群れを見たというのは貴重な情報だ。できれば体格や種類なども特定できるといい。話を聞いてみてほしい。
「『レーネルラ』……『コロナ大森林』……ちょっと待っていくつあるの⁉」
「これでもかなり絞った方だよ」セトが言った。「ずっと集めてきた目撃情報から僕たちの旅のルートに沿ったものだけ載せてくれてるんだ」
「どうしてそこまで……」
「一番は群れに帰してあげたいからだとは思うけど、やっぱり竜は特別だからね」
竜の目撃情報は年間およそ数十件。このうち姿形を捉えた情報は一件あるかないか。
それゆえに竜を目撃できることは幸運とされている。増してや探し出すなど、よほどの物好きな学者でない限りしようとはしないだろう。それも生涯を賭けた挑戦である。
「期待されているってことかな」セトは息を吐いた。「緊張するかい?」
「ちょっとね」ミーナは頷いて紙束を見つめる。「でも、なんかちょっとだけ嬉しいかも……わたしだけだと思ってたから。竜を探しているの」
「僕もだよ、ミーナ」セトが自分を指差す。「まあでも、そうだね。世界中の学者が竜を欲しがっているよ。だって竜は……」
「ちょっといいですか」
突然声が聞こえたと思うと、客室の扉の前に人が立っていた。オレンジ色の髪を後ろで結び、紺色の制服を着ているのは乗務員の女性である。
「何をお話しされていたんですか」
個室の入り口は吹き抜けになっていて、大声で話せば会話の内容は外に聞こえてしまうことも珍しくない。しかし二人の会話はそれほど大きいというわけでもなかった。
「べつに、これから行く町の話だよ」
セトはあっけらかんと乗務員の女性に向き合った。
「そうですか……ちなみにどこに?」
「ゴルゴアだよ。武器を買いに行くんだ」
セトは明らかに先ほどまでになかった会話の内容を喋っていた。ミーナは二人を交互に見つめたが、セトとも一切目が合わなかった。
「ゴルゴアといえば昔から武器づくりが有名ですよね!」女性乗務員はわあ、と目を輝かせながら言った。「標高の低い山々に囲まれたゴルゴア山脈は古くから石炭が有名で、実は色んな場所にトンネルがあるんです」
そうなんだ、とミーナは心の中で頷いた。
「しかもそのほとんどはかつての採掘家の方々の手によって掘られたもので、およそ数千とも言われていますが正確な数は未だわかっていません。見つかっていないトンネルも多数あるとされています」
「お姉さん詳しいね」セトが言った。
「カーラです! 実はわたし、都市めぐりが趣味でして、色んな都市のガイドブックを集めているんです!」
「なるほどね」セトは頷いた。「じゃあグランベールのことも書いてあるのかな」
「もちろんですよ! グランベールは蒸気機関車発祥の町なので。それに何を隠そう、一度閉山されたゴルゴア山が再び開放されたのが、蒸気機関車の登場以降ですからね」
「本当に詳しいね」セトが少し目を開いた。「僕も先生に聞くまで知らなかったよ」
ミーナにはその光景がとても新鮮なものに映った。彼が素直に誰かの話に耳を傾けているのは、思い出す限りロンダートくらいしかない。ロンダートは大人だし学者だから色々なことを知っていて当然なのだが、こんないま会ったばかりの、それもあまり年差のない人が、彼でさえ感心するほどのことを沢山知っているのは、羨ましいと思ったし外の世界の広さを感じた。
昔、本を読むのが大好きな仲間の少年が言っていた。本を読めば、行ったことのない場所でも不思議と行った気分になれる。そして実際訪れたとき、懐かしい感じがするのだという。
「他にはどんな町があるの?」
セトが聞いた瞬間、急に視界が暗転した。アナウンスも何もないので、ミーナは暗闇の中声をあげて立ち上がろうとする。
「落ち着いてください! トンネルに入っただけなので」
カーラが叫ぶと上の方でガチャガチャと音がした。トンネル? とミーナはじっと座ったまま本能的に頭に手をやった。すると視界が急に明るくなって、ミーナは目を細めながら上の方を見つめた。カーラが天井に手を伸ばし、吊るされたガラス容器が煌々と光っている。
「温かい……」ミーナは光に手を添えながら呟いた。「これは何……?」
「ランプだよ。中に蝋燭が入ってるんだ」セトが答えた。
「因みに持ち運びするときはこのように取っ手付きの容器に入れると便利ですよ」
カーラがテーブルの上に何かを置く。ミーナはまじまじと見つめた。
「こっちには蝋燭がないけど……」
「はい、これは油ランタンです。芯が油を吸うので、油がなくなるまで明るさは持続します」
天井の蝋燭よりもランタンの輝きが強いようにミーナは感じた。距離が近いせいもあるかもしれないが、火の大きさが明らかにこちらの方が大きい。
「ちょっと眩しすぎるかも……」
「ああ、すみません……!」
カーラが慌ててランタンに手を伸ばし、しばらくすると明るさが若干落ち着く。
「これくらいで大丈夫ですか?」
ミーナは小さく頷いた。明るさの調整もできるのはなかなか便利だ。
「ランタンは暗い場所では必需品なので、どうぞ持っていってください」
「え、いいんですか?」
カーラがもちろんですと頷いた。
「お二人ともゴルゴアで降りられるのでしょう。それでしたら持って損はないですよ」
「それじゃあ……」
ミーナは頷いてランタンを譲り受ける。火のつけ方と消し方を教えてもらい、一通り使えるようになったところで耳に場違いな音が響いた。
「そろそろ到着ですかね……」カーラが呟いた。
するとその瞬間、一瞬だけ視界が開けた。音の正体は、大自然が生み出す瀑布。そしてその遥か下を流れる水の音だった。一瞬の出来事だったが、ミーナは確かにその姿を視界に納めた。絶え間ない水の飛沫が、白い布が垂れるように続いていた。
再びトンネルに入ると、カーラが二人の方を見て言った。
「それでは、わたしはこれで失礼します」
「あの、色々とありがとうございました」
ミーナが頭を下げると、いえいえと笑顔を浮かべて一礼しその場を去る。
そしてしばらくすると、車内にアナウンスが響いた。
「間もなくゴルゴアに到着いたします。お降りのお客様はお席でしばらくお待ちください」




