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絆の縫い目

【クロウズ・デイル】は、グランベールの通りにひっそりと佇む服屋である。


 扉が開くと取り付けられた鐘が鳴る。音を聞きつけて奥から一人の女性がやってきた。


「いらっしゃい」女性店主は訪れた客の顔を見つめると、あら、と上品な声をあげた。


「お久しぶりね」


 女性店主に見つめられてセトは笑顔を浮かべる。「フェリスさん、久しぶり」


 セトがロンダート以外の人間と親しくしているのは初めてで、ミーナにはとても新鮮な体験だった。用事と言うから何か重要なことなのだろうと思って付いてきてみれば、何のことはない、平和な会話が繰り広げられる。


 ミーナは女性店主をまじまじと見つめた。これが本場のオシャレというものか……と明らかな着こなしの違いに呆然とする。おそらくは女性用だろう、前にフリルのついた長袖のシャツにベストという男性的な衣装だった。こういった服装は、女性でも似合う者は少ない。しかし女店主は、その中性的な顔つきもあってとてもよく似合っていた。


 ミーナが赤面して女性店主を眺めているうちにセトは準備を済ませた。そして着ていた上着をぱっと脱ぎ、女性店主に渡す。


「えっ、大丈夫なの⁉」ミーナが気づいて声をあげると、セトが振り向いて女店主に言った。


「じゃあ、できるまでお風呂借りてるよ」


「突き当りを右ね」


「わかってるよ」


 淡々とやりとりを済ませてセトは店の奥へと姿を消した。


 ミーナは、しまった、とタイミングを逃したことに気付く。いま後を追うのはあまりにも不自然だ。

 ミーナがそわしていると、女性店主の方から話しかけてきた。


「あなた、彼とどういう関係なの?」


 え、とミーナは一瞬戸惑う。女性店主は作業をしながら話を続けた。


「知り合いじゃないの?」


「知り合いですけど……えっと、一緒に旅をしていて」


「そう」


 女性店主が頷いた。ミーナは、ここで会話を打ち切るべきではないと声をあげた。


「あの……えっと」


「リオナよ。リオナ・フェリス」


「リオナ……さんは彼のことをよく知ってるんですか?」


「そうね……まあ色々と面倒も見てるし」リオナは言った。「彼の体質のこともね」


 ミーナは少しだけ、リオナに近づいた。


「彼……セトの身体のこと……教えてください」


「聞いてないんだ……彼から」


「あ、いえ……」ミーナは首を振った。服を着ないと臭いが漏れて危険だということは聞いている。そして、風呂に入っている間は大丈夫だということも。


「なんだ、ちゃんと知ってるじゃない……」リオナは少し柔らかい口調になった。「それなら教えてもいいかな……私の仕事はね、彼の服に獲ってきた生き物の毛を縫い付けることなのよ」


 それを聞いてミーナは、彼女がどのような存在なのかをぼんやりと理解した。


「初めて会ったのはロンダートさんが彼を連れてきたときかな……愛想が悪いのは相変わらずだけど、今みたいな元気も当時はなくてね」


「そうだったんですか……」


「臭いを抑える服を作ってくれ……って突然言われてね、話も最初はよくわからなかった。けど聞き続けていたら……作らなきゃ、って思うようになってね。気づいたら素材を探してた」


 良い人だ。ミーナはすぐさまそう気づいた。


「何度も話し合って……だったら色んな生き物の毛を集めて服を作れば、元の臭いを消せるんじゃないかって思ってね。最初は市場を走り回って毛集めをしてたわ」


 わたし何やってるんだろう……と何度も思ったとリオナは笑いながら話す。


「今はもうだいぶ元の臭いも薄れてきてね、あとはもう……あの子自身の問題だって思ってたのよ」


「問題?」


「彼の旅の目的……聞いてるでしょ?」


「育ててくれた母親の……竜に会うって」


「そう、それ……」リオナは頷いた。「わたしは最初……彼にその気があっても、母親にはないと思ってたの。だって、呪いを残すようなものでしょ」


「はい」


「けどね、服を作ってて思ったのよ。逆だ、ってね、側にいられないから、そうするしかなかったんだって」


 護っていた。そうリオナは結論づけた。


「だから、母親はたぶん彼を待ってる。けど肝心の彼がそのことに気付いていないじゃない? むしろその逆のことをしようとしてる」


 臭いを消そうとしていることを言っているんだと、ミーナは瞬時に理解した。


「けどそれは……」


「うん、逆にそれで生き物を引き付けてしまうかもしれない。だから難しいのよね、人間として暮らすんだったらニオイ(それ)は間違いなく邪魔だけど、彼が今まで獣に襲われても無事だったのは、きっとそれのお陰だったと思うから」


 今は、セトの意思を尊重してリオナは何も言わずに協力している。


「彼がどっちになろうとしてるのか、それがずっと不安だったんだけど、あなたに出逢えてそれももう無くなったわ」


「どうしてですか?」ミーナは訊ねた。


「彼、ずっと一人だったもの。一人でずっと生きてきたから、他人なんかどうでもいいんじゃないかって思ってたの。けど……あなたは少し違う気がした。彼にも信頼されてるみたいだし、あなたには彼も色々話せるんじゃないかな……」


「わたしに……」


 ミーナは拳を握りしめた。そうなるだろうか……彼には、助けられてばかりだ。自分がセトを支えるなんて、考えたこともなかった。けど、彼だって人間だ。人並みに悩みもあって、葛藤だってする。それを一人で抱え込んでしまうのなら、それは、支える人間が必要だ。


「がんばって……みます」


「うん、私も陰ながら応援してる……はい、できたと」


 縫い付けるついでに汚れの掃除もしておいたと、リオナは誇らしげに完成した上着をミーナに見せた。そして、しばらくしてセトが姿を現すと、完成した上着を手渡す。


「次はいつ来るの?」


「うーん、今度はちょっとわからないかな……一年とか、それまでには」


「そ……」とリオナは淡白な声つきで言った。「ま、元気でやってこいよ」


「うん、あと……ミーナに服を選んであげてほしいんだ」


「えっ」ミーナは驚いて叫び声をあげた。


「なるほど、そうきたか……」リオナはそう言って、ミーナの方を見た。「どういった服をご希望かしら?」


「え、え、そんな急に言われても……」そもそも服を選んで買ったことすらない。値札を見なくても、並んでいるものが自分のよりも遥かに高価であることは明白だった。


「好きなの選んでいいよ」セトが言った。


「でもお金は……」ミーナが青ざめた表情で言うと、セトが、「大丈夫だよ」と首を振る。


「先生から、お金の心配はしなくていいって言われてるから」


「でも……」


 受け取れないと表情を曇らせるミーナにセトは言った。


「ミーナ、この街に来てからずっと街の人見てたよね……それってやっぱり気になってたからじゃないの?」


「それは……」


 ミーナは押し黙った。そうだとしても、やはり自分と彼女たちでは住む世界が違う。


「だってわたしじゃ似合うはずがないもの……こんなきれいな服」


「そんなことないわ!」


 急に背後から叫び声が聞こえてミーナはリオナの方を振り返った。


「どんな人にも必ず一つは似合う服があるわ。じゃなきゃ服屋わたしがいる意味がないもの」


「そんなこと……」


「いいから着てみなさいよ……試着はタダなのよ……服屋って」


 半分強引に棚の前に立たされて、ミーナは渋々服を選ぶことにした。しかし……。


「やっぱりわかりません……どんな服が似合うのか」


「着てみたい服もないの?」リオナが訊ねる。


 ミーナは頷いた。「着てもすぐ汚れちゃうから……」


 きれいな服は、見ている分にはとても綺麗だ。しかしずっと着ていれば、シワが出て、ほつれていずれダメになってしまう。だったら眺めているだけでいい。


「ずっと着ていても壊れにくい服か……」リオナは顎に手を当てた。「それじゃあコートはどうかしら」


「コート?」ミーナが首を傾げる。


下着(シャツ)の上に着るものよ。耐久性もいいし、長く着ていたいならこれが一番じゃないかしら」


「ちょ、ちょっと見てもいいですか⁉」ミーナは思わず叫んだ。


 リオナはコートを店内からかき集め、ミーナの前に並べる。


「うちにあるのはこれで全部よ」


 ミーナは一着一着服の感触を確かめる。


「色はどうするの?」リオナが顔を近づけて訊ねた。


「えっと、これとか……」ミーナは最初に目に付いた服を指差した。それは深紅の襟付きのコートで、リオナは一目見ると、ふっと笑って言った。


「じゃあ、これにしましょう」


「えっ、でも……」


「似合ってると思うわ、私も」


 ミーナにしてみればかなり大人っぽい印象だったが、自分よりも経験のあるリオナの評価を信じることにした。

 試着をすると、思ったよりもオーバーサイズで、膝近くまで裾が降りてきて一瞬戸惑ったが、リオナから、「コートはそういうもの」と言われ安心する。


「着心地はどう?」


「思ったより、悪くないです……」


「そう」


 リオナは満足そうに頷いた。ミーナが値札を確認すると、震えながらセトに見せる。


 セトは、「問題ないよ」と笑った。


「本当はさ、ミーナにはたくさん助けられたから……これじゃ足りないくらいなんだけど」


「全然っ……十分よ!」


 ミーナはぶんぶんと首を振った。お礼をしてもらうためにやったことじゃない。ただ自分が……そうしたいから首を突っ込んだだけの話だ。


「ありがとう」


「お礼は先生に言ってあげてよ」セトはそう言って笑った。

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