光る獣と花
近くに役場もあったが、そこは特に寄る必要もないだろうとロンダートは無視して先に進んだ。そうして四人がやってきたのは、中心街の中で最も規模が大きく人の集まる場所だった。
「なんですか……ここ?」着いてすぐさま、ミーナはその建物の異様さに目を奪われた。
「百貨店」とロンダートは答えた。そこはどんなモノでも取り揃えてあるグランベールならではの施設だった。
その建物、ダンダン百貨店は、グランベールの中でも随一に品揃えの豊富な場所だった。その理由は、交通の要所であるという特長と町人のみがそこを利用できるというある種の制約を最大限に利用した、モノを売るためだけに作られた施設だったからである。
大通りで取引されている商品は、商売のため商人が自ら持ち込んだものであり、粗悪品や欠陥も多かった。しかし、百貨店で売られているものは、種類こそ及ばないものの、質がよく人々が求めるものだけが並んでいた。
「こんな建物があったら、もうどこにも行かなくていいね」セトが言った。
その通りと、ロンダートは大きく頷いた。ここに住んでいれば、勝手に町の外の商品も集まってくるのだ。服も食べ物も何もかも……まさしく百貨を取りそろえる店である。
「にしてもここ……」
セトが、建物の天井を見つめて言った。そこには、雨風をしのぐための屋根があったが、通常の建物とは違い、アーチ状になっている。建物自体も、木材ではなくレンガや石材を使った非常に強固な造りをしていた。
「セト、もしかして来たことあるの?」
「ううん、けど……何か見覚えがあるんだよね……どこだろう」
正確な場所までは思い出せないようで、セトも、「まあいいか」と諦めた。
ミーナは当初の予定を思い出し、作戦の仕掛け時を伺っていた。そうして、二階の飲食店街に差し掛かったところで、ロンダートに気付かれないよう、ミーナはつないでいたクリスの手を離した。
「あれっ!」
しばらく歩いて、ロンダートに聞こえるように大声で叫ぶ。
「どうしたんだ?」ロンダートが振り返った。
「クリスが……いないんです!」
作戦その1。クリスが突如失踪し迷子になる。本当にクリスのことを心配しているなら、慌てて探し出すに違いない。
しかしミーナの目論見は意外なところで外れてしまう。
「そうか……ハム、すまないがあの子のニオイを追跡してくれないか?」
「えっ」ミーナは顔を背けた。見ると、ハムがとある飲食店の前でじっと足を止めて中を眺める光景があった。口からは涎の雫がうっすらと光っている。
ハムはロンダートの声に反応して言った。「見返りは?」
「何でも好きなものを」
そうして、ものの数十秒でクリスを発見する。隠れる場所は指定していなかったが、同じ階の別の店の前でハムと同じようにじっと店内を眺めていた。
「よくやってくれた。約束通り好きなものを頼んでくれ」
ロンダートはクリスを見つけた店の椅子に座り、そう言った。その店はスイーツ店で、珍しい果実を使ったケーキや洋菓子が人気の店だった。
ミーナはメニュー表を眺めると、見間違いかのように首を傾げて目をこすった。
「これ、値段合ってますか?」
「何を言うんだ。当たり前だろう」
一番安いものでも、屋台の十倍はある。果実の種の盛り合わせだった。ハムはこれをセトに注文させた。量はどうかというと、値段に対してこれくらいかと納得できる程度ではあった。運ばれてきた鉢ほどの大きさの容器に入れられた木の実を見てハムが叫ぶ。
「うっひょーお! 木の実のプールだぜえ!」
そう言って、ハムは意気揚々と木の実の中に飛び込んだ。
「行儀悪いよ、ハム」「はしたないわよ」
セトとミーナの両方から注意されてもハムは木の実に夢中だった。
ミーナは少し気が引けて、それより一つ値段の高いものにしようと指を動かしていると、外から手が伸びてきてミーナの指を誘導した。あるメニューの前で手を止めると、ミーナはクリスの方を向いた。
「これ?」
クリスがこくこくと頷いた。ミーナはわかったと頷いてそのメニューを注文した。
運ばれてきたのは、数枚のクリーム色の生地が乗った皿とフルーツの盛られたガラス製の容器だった。
「くれーぷっていうの」
クリスが言うと、ミーナは「そう」とまるで母親のような顔で微笑んだ。
「クリスがおねえちゃんのつくるから、おねえちゃんはクリスのつくって」
「え、あ……うん。わかったわ」
ミーナはクリスの手元を見ながら真似するように生地を広げてフルーツを載せる。
「レモンはたくさんいれてね」
「はいはい」
出来上がったくれーぷは、誰がどう見てもミーナの量が多かった。クリスの方はレモンをほとんど全部使って、他のフルーツといえばイチゴとミカンくらいである。
本来、好きなフルーツを自分で選んでクレープを作ることのできるメニューだが、フルーツの種類が多いため、苦手なフルーツを相手に食べさせることを前提としていた。
「ミーナ、それ食べられるの?」セトが苦笑いを浮かべて言った。
「大丈夫よ、だって果物でしょ」
ミーナも甘いものは好きだ。グランベールに来てからも何度か口にしたが、ハズレだったことは一度もない。しかし、ここまで量が多いと、そもそも生地の方が耐えられるのか心配だった。
「少しこちらに寄こしなさい」ロンダートが自分の皿を前に出して言った。さすがにミーナは、「すみません」と中の果実をスプ―ンで掬い皿に落とした。
ちょうどいい量になると、ミーナも安心してクレープを頬張る。
「おいしい?」
クリスが聞くと、ミーナは目を見開いて叫んだ。
「なにこれスゴ! もう一回食べたい!」
「スゴいでしょ、クリスの『なんでもくれーぷ』!」
クリスが無邪気な笑顔を浮かべた。ミーナはちらりとロンダートの方を見た。スプーンで丁寧にフルーツを掬いあげ、口に運ぶ。目を閉じ、味わっているように見えた。
「おいしいですか?」なんとなく訊ねると、ロンダートが答えた。
「甘いものは苦手でね、だがこれは、悪くない」
クリスもまんざらではない様子だった。思わぬところで二人の距離が縮まったのを感じ取って、ミーナは一つ安堵の息を吐いた。
食後に向かったのは三階の獣売場だった。獣市場と比べると全体的に衛生面はしっかりとしていた。檻も簡素なものではなく、そのまま持ち運べそうな意匠の凝ったものが多い印象だった。
「小さい動物が多いですね」
ミーナは並んでいる生き物たちを眺めながら呟いた。大きくても梟くらいのサイズで、ハムと比べても同じような大きさの生物が8割ほど一体を占めている印象だった。
「おもにペットとして買われることが多いためだね」ロンダートは答えた。「大型の生き物は外よりも滅多に売りに出されないよ」
百貨店の中は、獣市場よりも需要と供給がはっきりと分かれていた。
「先生! いたよ、大型の生き物」
セトが慌てて走ってきた。ロンダートは、「何だって」と少し興奮した様子で言った。
その現場には、確かに他の生物と比べると明らかに巨体の獣が置物のように横たわっていた。
「先生、わかりますか?」セトがロンダートの方を見て訊ねた。
「この鬣は……おそらくフレアフォックだろう」
「なんですか、それ」ミーナが訊ねた。
「キツネ型のビーストの一体だが、その特徴として夜になると耳と尾の先端が光ると言われている。光の色は個体ごとに異なり、同じ色を持つ個体は存在しないと言われている」
一般にこうした身体的な特徴は捕食者から身を守るために発達したものだと言われているが、知性の高い獣にいたってはコミュニケーションの手段の一つとも考えらえれている。
「あ、でもこの子……」ミーナは思い出したように言った。
「サーカス団に捕まっていたビーストの仲間だな」ロンダートが頷く。「おそらく、引き取り手が見つからなかったのだろう。これだけの巨体ともなるとそれもやむを得ないか」
ロンダートは諦めたように言ったが、ミーナは諦めきれなった。
「誰かもらってくれる人はいないんですか?」
「研究者にとっては、その発光原理が非常に興味深いものでね、フレアフォックを集めている学者もいると聞く」
「じゃあその人に頼めば……」
「この町にいればね」ロンダートは言った。「最も良いのはきっと、このまま誰の目にも止まらずに解放されることだろう」
すると、クリスが飛び出して獣の下へ走っていった。ミーナがそのことに気付いたときには、すでにフレアフォックの檻の前までたどり着いていた。
「クリス、危ない!」
ミーナが叫んで駆け出そうとすると、ロンダートが手を差し出しそれを制した。
「落ち着きなさい、フレアフォックは狂暴なビーストではない」
こちらから敵意を表さなければ、襲ってくることもないとロンダートに言われてミーナはぐっとその場に留まった。
フレアフォックが気配に気づいてぱちりと片目を開く。長いまつげの奥でじっとクリスの方を見つめると、何事もなかったかのように再び腕を枕にして目を閉じた。
ミーナはその光景に目を奪われていた。何よりも驚いたのは、あれだけの大型の獣を目の前にしても動揺の色すら見せなかったクリスの姿だった。
「すごい……」と思わず呟いたミーナにロンダートが言った。
「知性の高い獣は、相手の害意をニオイで察知することができるんだ」
嗅覚が特別に優れているということだろうか。ミーナが後ろを振り返ると セトが足を止めて立ち止まっている。大丈夫よと手招きすると、セトが申し訳なさそうに近づいてきた。
「ごめん、もし暴れられたらって思うと近づけなくて」
「わかってる」ミーナは気にしないでと頷いた。
クリスに近づくと、獣に向かって何かを話しかけているように見えた。
「なに話してるの?」ミーナはゆっくりとクリスの横にしゃがみ込んだ。
「ううん、べつに」クリスは首を振って立ち上がった。「いこ」
ミーナは頷いて、四人は百貨店を後にした。
***
夕日色に染められた通りを、セトとロンダートが先頭に立って、少し後ろをミーナと手をつないでクリスが歩いている。ハムは、クリスのカバンの中にいた。
ミーナは、突然重くなった手の感覚に振り返ると、クリスがじっとある店の方を見つめていた。
「いってもいい?」訊ねるクリスに、ミーナは少しならいいかとその花屋に立ち寄ることを了承した。
店は中心街では珍しい屋台型の形式で、花屋というだけあって、屋台そのものが美しい花の装飾で彩られていた。
「いらっしゃい、何にする?」気さくに話しかけてきた女店主を前にして、クリスは並べられた丸瓶の中から、迷わずある花に人差し指を向けた。
「クレハの花だね」女店主は言って、紫色の花が入った瓶のふたを開ける。花を取り出しそれを丁寧に紙で包みクリスに手渡した。
「誰かにあげるの?」
クリスが恥ずかしそうに体を揺らしたのを見て、女店主は言った。
「ま、がんばりな」
クリスは両手に花を抱えてこくりと頷いた。ミーナは、「ありがとう」と女店主にお礼を言って二人は店を後にした。
「それ、ロンダートさんにあげるんでしょ?」
すると、クリスは小さく頷いた。「おかあさんが好きだったの」
すぐさま、ミーナは理解した。しかし、同時に不安な気持ちになった。ロンダートは母親の死後、一度この花を捨てている。果たして、受け取ってくれるだろうか。
そんな不安も、クリスのいつも以上に穏やかな表情を見つめているとどこかに行ってしまった。やがて、声が聞こえて顔を上げると、夕陽の影からセトが走って姿を現した。
「どこ行ってたの、捜したよ!」
「ごめん、ちょっと寄り道してて」
「まったく、ハムもいなかったから、捜そうにも捜せなくて、先生もちょっと焦ってたよ」
そうなの、とミーナは少し嬉しい気持ちになった。やはり、何の心配もいらなかったとミーナは遅れてやってきたロンダートに視線を向けた。
「何をやっていたんだ」
「すみません、ちょっとお土産を買いに」
「……どういうことだ?」
ロンダートが首を傾げると、ミーナはクリスの方を向いて、「ほら」と優しく背中を後押しした。クリスがゆっくりと前に進み出て、隠していた花を前に出す。
「これ、おぼえてる?」
クリスがロンダートに視線を向けた瞬間、ロンダートは腕を横に振り払った。花弁が空を舞い、音もなく地面に落ちる。
「え……」
一連の出来事を目の当たりにしていたミーナは自分の目を疑った。数度瞬きしても目の前の光景は変わっておらず、それは紛れもない現実だった。
「どう……して」
震える声でロンダートに訊ねる。
「その花をどこで買ってきた、教えなさい!」
常軌を逸した表情で、ロンダートがクリスに詰め寄った。両肩を掴んで叫ぶと、クリスは呆然とした表情で「おかあさん」と呟いた。ロンダートはその言葉にハッとして、再びクリスを見つめた。
「……クリス」
クリスは、ロンダートの腕を振りほどいた。そして泣き声を響かせながら背を向けて走った。
「どうしてあんなことしたんですか⁉」
振り向き止めなければとわかっていたが、ミーナはロンダートの方を向いて叫んだ。
「どうして……」
夕焼けが、日暮れの町に影を落としていた。
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file.3 フレアフォック:危険度★
概要:
美しい鬣が特徴的なキツネ型のビースト。子供は小型だが、大人になると馬ほどの大きさになる。性格は穏やか。耳や尻尾といった体の一部が発光する特性を持つ。発光のメカニズムは完全には解明されていないが、現在最も有力な説は、体内の特殊な発光細胞が化学反応を起こすことによって生じるというものである。
知性の高い生物であるため、この特性は彼らが仲間とコミュニケーションを取るためや、捕食者から逃れるために使われるとも考えられている。
発見:
なし




