中心街
その日の夕方、セトとミーナはロンダートの部屋を訪れた。
「中心街に行きたい?」ロンダートは、持っていたカップを机に戻してミーナを見つめた。はい、と頷いたミーナは、予め考えていた理由をロンダートに伝える。
「学校もあるんですよね? だったら一度行ってみたいなって」
「許可証を持っていない君たちは中に入れないが……」
許可証を持つのは住民登録をしている町民のみである。この場合、資格があるのはロンダート、そしてクリスだけだ。
「セトは持ってないの?」
「僕はこの町に長くいるわけじゃないから」
基本、調査で各地を巡っているセトにとっても、中心街は初めての場所だった。
「けど、許可証を持ってる人が同行してくれれば、僕たちも中に入れるんだ」
「お願いします!」
ミーナはロンダートの方を向いて頭を下げた。後を追うようにセトも頭を下げる。
二人を見つめてロンダートは、うーんと腕を組んで悩む様子を見せると、やがてぽつりと言った。
「……行くのは、君たち二人だけなのか?」
その質問に、ミーナとセトは一瞬口を引き結ぶ。そして、緊張した面持ちのまま首を横に振った。
「そうか……」ロンダートは再び考え込む様子を見せ、やがて、息を吐くように言う。「明日は急だな、その次の日でもいいなら予定を調整しよう」
「全然大丈夫です!」
二人はほぼ同時に頷いた。よかった、とミーナは心の中で胸をなでおろす。
明日はずっと部屋にいるが、極力来ないでくれとロンダートから報告を受け、「わかりました」と二人は頷いて部屋を出た。
「とりあえずひと段落ね」ミーナはセトに向かって言った。自分の部屋の前まで戻って来ると、風を切るような音とともに、隣の部屋のドアがゆっくりと開く。クリスが、ドアにもたれかかるようにして現れた。
二人を見つめるクリスに、セトとミーナは精一杯の笑顔と親指を立てて見せた。
***
約束の日、出発の準備を終えたミーナとセトは、ロンダートの家の前で二人が出てくるのを待っていた。先に来たのはロンダートだった。なぜか普段よりもシワのついた服を着て現れる。
「おはよう」といつもの調子で二人に挨拶したロンダートは、周囲を眺めて二人に訊ねた。
「あの子は?」
「まだ」とミーナが顔をしかめた。セトが、「探してくる」と言い出すと、ロンダートは、
もうしばらく待っていよう、と呼び止めた。
やがて、ドアが開いてクリスが出てくる。いつもパジャマ姿なので、ミーナは、よそ行きの服装を見るのは初めてだった。肩から二の腕にかけて狭く、肘から先の広がった袖の特徴的な上着だった。下は閉じる直前の花のようなスカートを履いている。
着る者が着れば似合う、そんな恰好。村のおしゃれ好きの娘たちには悪いが、彼女たちが着てもこれほど似合うとは思えなかった。
自分が着たら……一瞬そんなことを思って、ミーナはクリスに駆け寄った。
「おはよう、クリス。その恰好すごく素敵だわ」
クリスは一瞬びくりとして、目を閉じぶんぶんと首を振った。「……はよ」
ことりと顔を伏せたクリスの肩掛けカバンがからハムが姿を現して、「よう」とミーナを見上げる。
「おはよ」とミーナは軽く返した。
「それじゃあ行こうか」
ロンダートがそう言って足を踏み出した。二人はまだ朝の挨拶も交わしていなかったが、どちらも気にしていない様子だったので、ミーナは肩を竦めた。
***
中心街へ行く道は、大通りからロンダートの家まで向かう道と同方向にある。卵の殻のように切り立った崖の内側にある広大なグランベールの敷地の中でも、中心街が占める割合は決して大きくない。せいぜい全体の三割程度だ。
境界には検問があり、入るには住民登録が必要であることは、長く此処に住んでいれば周知の事実である。
「問題ありません」検問兵はロンダートに許可証を返すと、「どうぞお通りください」とアーチ状の門からさっと数歩横にずれた。
「そこまで厳重じゃないですね」セトが拍子抜けしたように言うと、ロンダートは頷いて言った。
「実際、外に出る人間はそう多くないが、外から来る者は後を絶たないんだよ」
建物の造りは、外とも大差なかった。素材の質でいえばどれも上等で、木材一つとっても、上部で、質の良い木が使われていることがわかる。
「此処はもともと、長期滞在をすることを目的として作られた町ではなかったが、訪れる人が爆発的に増えたことで、そうせざるを得なくなったんだ」
ロンダートは、「ほら」と歩きながら建物を指差した。
「保安所だ。町で問題を起こした者やその必要があるものを一時収容している」
通りや商店街では見かけたことのない施設が中心街にはいくつも点在していた。
「例の事件で主犯と思われる数人もここにいると聞いている」
首謀者は団長であるが、幹部の団員など、長きに渡り悪事に加担していた者達も同様に処罰された。下っ端の団員は、後にマルクスの手記がテントから発見されたことによりやむを得ず強力せざるを得なかったのではないかという意見が多数出たことにより、厳重注意だけにとどまった。
「団員が一人だけ、捕まらずに逃げていたらしいが足取りはつかめていないらしい」
その人物が誰なのか、ミーナもセトもさほど興味はなかった。
ロンダートはミーナの方をちらりと見て言った。
「首謀者の供述によれば、あの竜は捕らえたのではなく、持っている者から買い取ったそうだ」
「じゃあ、群れがどこにいるのかわからないってことですか?」
セトが聞くと、ロンダートは頷いた。竜の手掛かりが掴めないことは珍しいことではない。特に竜は、油袋というものを体内に有しており、摂取した食物から消化しきれなかった油分をここに貯めている。そして定期的にこの油分を吐き出す習性があり、通り道でもない森や草原に突如として水たまりのように油の溜まり場が目撃されることがあった。
不自然な油溜まりは間違いなく竜のものであるとされるが、これが発見できたとしても、数日前、あるいは数時間前のものであったとしても、竜の居場所を特定する手掛かりとまではなり得なかった。
歩を進めると、急にクリスがミーナの背中に抱きついた。「どうしたの?」と訊ねるとクリスは無言で首を振った。
なんでもないわけがない、ミーナは思って周囲を見つめた。すると、他の建物よりも一際大きな建造物が奥にあるのを見つけ、もしかしてと呟いた。
「あれが……学校?」
ロンダートが頷いた。「普通のものとは違うがね。なにしろ全て町民からの寄付と援助によるものだ」
学校は、時計塔のようなものが付いている建物を中心とした三棟構造で、入口から広い中庭を介しての遠目でも、周囲の建物との造りの違いがはっきりとわかった。通常よりも高い柱はどこか気品の高さを感じさせる装飾だったが、建物の色使いは黄色や赤色など、数種類の色を組み合わせた奇抜な配色である。
学校を初めて見たミーナであっても、この建物が異質であるのは、周囲の建物を見れば明らかだった。
「どうしてこんな見た目にしたのかしら」
ミーナが首を傾げると、ロンダートが答えた。
「一部は実際の建物を参考したらしいが、こうしてみると設計者の思想もいくつか繁栄されていそうだな」
これならば遠くから見ても学校だとわかる。子供たちとっては見つけやすい目印だろう。
「学校って何をする場所なんですか?」ミーナはロンダートに訊ねた。
「そうだな、他を知らないが此処は……幼少期から青年期までの教育を一貫して行っている」
年齢制限は大きくは決まっていないが五、六歳から最大十八歳まで通うことができる。年齢によって校舎は大きく三つに分かれ、成長するにつれより高等的な教育を受けることができる。
「現在の教育方針は、もっぱら研究者の育成だな」
現在の生物飽和の時代において、研究者の増加というのは時代の発展に不可欠な要素である。そのため、比較的大きな町では研究者育成のための学校の建設することが多い。教師の雇用も住民の中から行い、実際に研究者を呼ぶこともしばしばある。
研究者を目指す者にとっては、まさに恰好の環境だろう。
「とはいえ、最低学年の場合は遊びを中心として本の読み聞かせなどを行っているそうだが」
クリスもこの学年に当たるというのは話しの流れからごく自然な推測である。
「その……入り直すことはできないんですか?」
すると、ロンダートは少し微笑んで言った。
「町民であれば問題ない。教育のレベルを見て、年齢が別でも最低学年からスタートさせることもあるが」
クリスはまだまだ下の年頃だ。一年やちょっと休んだところで大したことはないだろう。
ロンダートとの関係が元通りになれば、クリスも学校に復帰してこの町で安心して暮らすことができる。
そう思った瞬間、ミーナに一つの疑問が思い浮かんだ。しかし、その正体を確かめる隙もなく、ロンダートは次なる場所へ足を向けたのだった。




