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本当の主人

 ロンダートの部屋からリビングに戻る途中、ミーナは歩きながら言った。


「問題はどうやって仲直りさせるかよね」


 当のロンダートがそれを拒否してしまっているため、これ以上の交渉は逆効果になりかねない。

 セトが言った。


「ねえミーナ、クリスの方にも一応聞きに行った方がいいと思うんだ」


「……そうね」


 果たしてまともに相手をしてくれるだろうか。ロンダート以上に行動が読めないだけに、可能性はほんの少しある気がした。


 クリスの部屋は、ミーナの部屋の隣にあった。普段いっさいの姿すら見せないクリスは、この中でいったいどのように過ごしているのだろう。


 普通なら、ロンダートの言っていた通り、学校に行って友達をつくり、無邪気に遊んでいていい年頃だ。それができなかったのは、きっと相談できる相手がいなかったからだ。

 誰だって、関係を作るのは怖い。それこそ初めて会う相手と会話をするときは、緊張して少し冷たい態度をとってしまうこともある。そこから少しずつ、相手のことを理解していって、相手には自分のことを知ってもらって、互いに信頼できる仲へと成長していく。


 ミーナはそう、母親から教えてもらった。だからクリスにも同じことを教えてあげたいと思った。しかし、ミーナではダメなのだ。せめてクリスにたった一人でも心を許せる相手がいれば、この状況から抜け出せるかもしれないのに。


「ねえ、中でなにか聞こえるよ」


 セトが小声で言った。彼は何を思ったのか、扉に耳を押し付けてまるで泥棒のようなしぐさでミーナを手招きする。ミーナは、一瞬躊躇したが、手掛かりを得るためにプライドを捨ててセトの横で顔を扉に近づける。


「……ほんと」


 中からはか細い声が、絶え間なく聞こえていた。扉を隔てているため普段セトとミーナが会話しているくらいの音量なのはおそらく間違いない。問題は、そんな音量で独り言を呟くことなど果たしてあるだろうか。


 相手がいる。二人は即座にそう結論づけた。このまま、中に入って事情を聞くという手もあるが、ミーナからしてそれは得策とはいえなかった。それは弱みに付け込むような真似であったし、クリスがさらに心を閉ざしてしまう可能性もある。


 最も良いのは、相手からクリスにそのことを訊ねてもらうことだ。クリスが心を許している相手が誰なのか、それさえ突き止めることができれば状況は大きく好転する。


「誰だと思う?」


 ミーナが訊ねると、セトは自信なさげに言った、


「少なくとも、先生じゃないと思う」


「それはそうよね」


 ミーナは頷いて、第二の可能性を示唆する。


「ここって二階よね、しかも窓は町が見える方にあるわ」


「外の誰かと話してるってこと?」


 セトの問いにミーナは頷いて、急いで自分の部屋の窓から外をこっそりと覗いてみた。


「ダメね……誰もいないわ。窓も締め切ってるみたい」


 やはり引きこもっているのは事実らしい。外に相手がいないのであれば、中に誰かを招いているということになる。


「セト、この家に住んでるのって、あの二人と私たちだけよね?」


「うん、あとはハムが……」


 セトが言いかけて言葉を飲み込む。そしてミーナは、思わず口元を抑えて呟いた。


「ねえセト、この前にあなたはハムの主人じゃないって言ってたわよね?」


「うん、言ったね」


「それって、ハムの本当の主人はクリスってこと?」


 核心に迫る質問を投げかけたミーナに、セトは首を振った。


「最初の飼い主は……クリスのお母さんだよ。買ったのは先生だけどね」


 当時、小動物型の生物(ビースト)はそこまで市場価値は高くなかったが、言葉を発する生き物ということで、当時としては割と高値がついた。以来ペット需要が高まり、現在の小動物型ビーストの価値は当時の比ではなくなった。


「けど全然懐かなくて、鳴き声も聞かせてくれないから他の人に譲ろうとしてたんだ」


「それをその人が引き受けたってこと?」


 ミーナの問いにセトが頷く。すると驚いたことに、ハムはその母親にだけは心を開き、言葉を発した。ロンダートはすぐさまそのことを発表しようとしたが、母親がそれを拒否した。


「心の優しい人だったって言ってたよ。珍しくね」


 セトの記憶に、きっとその人の顔はないのだろう。しかしそれならば、すべての辻褄が合うような気がした。


「もし、ハムがその相手だったとして、あなたは彼が協力してくれると思う?」


 訊ねたミーナに、セトはふっと笑みを浮かべて言った。


「ハムの性格(こと)……(ミーナ)ならもうよくわかってるでしょ?」

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