護りたいもの
「ふん、わかったような口を……貴様も獣のエサにしてやる! 来い!」
マルクスは団員に命令して奥から檻を持ってこさせた。それは、まだ観客も知らないサーカス団のもう一つの顔。
「この獣どもは特に狂暴でな、誰の命令も聞かん。しかし……」
檻に入れられた獣たちは、どの個体も鋭い牙と爪を持っていた。そして、檻から出た獣たちは、すぐ近くにいるマルクスたちに視線を向けると、まるで何も見なかったようにそっぽを向いて、セト達の方を見つめて唸り声をあげる。
「どうして……私たちだけを」
「獣の臭いの香水か……」セトがぽつりと呟いた。
「ほう、よく知っているな。そうとも、だから我々……いや私には危害を加えん! どうだ! これこそが獣を操るということだ!」
勝ち誇った笑みを浮かべてマルクスはセト達を見つめた。そして、親玉のように命令する。
「獣ども、さっさとこのガキどもを嚙み殺してエサにしてしまえ!」
セト達の味方は黒狼が一匹、ミーナは瞳を震わせた。
「大丈夫だよ、ミーナ」
「えっ……」
セトが、羽織っていた毛皮の上着を脱ぎ捨てる。
「何だそれは、自ら噛み傷を増やしてくれとでも言っておるのか? 望み通りにしてやれ!」
獣の群れが、セト達に襲い掛かる。目の前にいるのは、ただのエサ……そんな飢えに満ちた獣たちは、食欲の赴くままにセトに牙を向き……ぴたりと動きを止めた。
「なっ……何だ⁉ 何が起こった⁉」
「よしよし……いい子だ」セトは動きを止めた目の前にいた獣の顔を撫でる。
「貴様……何をした⁉ 香水も使わず獣を手なずけるなどできるわけが……」
「怯えてるだけだよ、彼らは」
「何だと⁉」
「生き物は……臭いでわかるんだ。相手が自分よりも強いのか弱いのか……弱ければ躊躇なく襲うし、強ければ跪いて救いを乞う。すごく利口な生き物でしょ?」
「ならば……こいつらは貴様に怯えているのというのか⁉ 弱者の貴様に」マルクスは震え声で言った。
「ありえん……ありえんぞ! そんなことは……ッ、貴様、嘘を吐いているだろう。言え! どのような香水だ! 誰から受け取った⁉ 私によこせ!」
「いいけど、別に……」セトはポケットから瓶を取り出して、マルクスに渡した。
「おお……これが! どれどれ」
マルクスは帽子を取り、熱湯を被るように上から瓶の中の液体を頭に落とした。すると獣たちがぴくりと動き出し、ちらりと背後をマルクスを見つめた。
「は……?」
唸り声を上げながら、獣の群れがマルクスに襲い掛かる。
「ああ、間違えた……これ、小動物の汗のエキスだった」
わざとらしく頬を掻き、セトは……へたり込んで動けないミーナの近くに寄った。
「大丈夫?」
「え? ええ……」ミーナは混乱した様子で声のした方を向いて、頷くように視線を降ろした。するとセトが、しゃがみ込んでミーナの身体に抱きついた。
「無事で、よかった……ミーナ」
「……セト?」
「僕だよ……ミーナ」
「わたし……生きてるの?」
「何度だって君を助けるよ」
「わたし……ごめん、セト……あなたに……守れなくて」
「いいんだ。ミーナ、君が僕に教えてくれた……僕が護りたいものは何なのか」
「まも……る?」ミーナはうわごとのように呟いた。
セトは、ミーナの肩を掴んでその眼を見つめて言った。
「僕は……僕の大切な家族を護りたい。そのためなら、僕はどんな規則だって破れる……君が示してくれたように」
「そんなの……真似しなくていいわよ……わたしなんて」
「そんな君だからいい」セトは、ミーナの顔を見つめて言った。「それじゃダメかい?」
「ダメじゃない……ごめんなさ……セト……助けに来てくれてありがとう」
「僕だけじゃないよ」セトがぽつりと言うと、ミーナは気を失ったように目を閉じた。
セトは、ミーナをゆっくりと床に下ろすと、「さて……」と一言呟いて言った。
「じゃあ、決着をつけようか」




