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自分の意思

 翌日の昼頃、セトはロンダートの部屋を訪れていた。机の上には、今回の調査内容をまとめた資料や他にも、何か文字が書き込まれた紙が大量に散らばっていた。


「話って何ですか、先生」


 単刀直入にセトは尋ねた。ロンダートが、セトの方を見て少し首を傾げる。


「あの子はどうした」


 セトは首を振った。「部屋にはいませんでした」


「そうか……朝食にも顔を出さなかったな。無理もないが」


 いつ部屋を抜け出したのか、それはセトにもわからなかった。夕食は驚くほど静かなものだった。ロンダートも気を利かせて、その日は野菜中心の食卓だった。


「けどたぶん……市場だと思います」


「馬鹿を言うな。昨日……見に行ったのだろう? それでどうしてもう一度行こうという気になるのだ?」


 意思を図りかねると顔に出したロンダートにセトは言った。


「先生、僕にだって、じっとしていられない時はあるよ」


 昨日まではなかった。ベッドのシーツが濡れていた。セトは拳を握りしめた。


「だから余計に……悔しいんだ」


 声を震わせるセトに、ロンダートは言った。


「誰もが乗り越える壁だ。セト……彼女を連れて帰ってきてくれるか?」


「はい、先生!」


 セトは強く頷いた。


 ***


 笑い声が聞こえてくる……人の……笑い声。その後に、もっと大きな声が響いているのに、気付いているのはきっと彼女だけだった。


「さあ、今日も生きの良いのが揃ってるよ! ガバナ地方で獲れた怪鳥のメスだ! なんといっても卵の柄が模様みたいできれいなんだ! きっと気に入るよ!」


 市場の商人たちは、接客が上手だった。前を通る人を呼び止めて、珍しい生き物で興味を引いて、巧みな話術で瞬く間に買わせる。


「暴れても大丈夫だ、首を掴めばおとなしくなる」


 店主は実際にやって見せた。檻から出され泣き叫んでいた鳥が、首を掴まれた瞬間、血が止まったみたいに動かなくなった。


「な?」


 本当にすごい。ミーナは心の底からそう思った。


 どうして市場ここにまた来てしまったのか、それはミーナにもわからなかった。

 ただ、あの後、家に帰って……何かセトに言われた気がして、「うん」とか「そうだね」とか返事をしているうちに、どんどん感情わけがわからなくなっていった。


 何日もこの光景を眺めていれば、そのうち、何も思わなくなるんだろうか。それこそ、普通の市場みたいに、野菜を売るみたいに……自分ミーナはこの町に染まることができてしまうんだろうか。


「……ッ!」


 喉の奥から、何か熱いものがこみ上げてきて、ミーナは路地裏に走った。昨日食べた野菜が、おどろおどろしい形になって、口から外に飛び出した。


「もったいない……」


 そう呟いて、ミーナは吐き出したものを集めようとした。砂も混じって、とても食べ物とは思えなかったけれど、ただ心のそこから、食べなきゃとそう思った。


 すると、路地の奥からペタペタと足音を響かせて何かが近づいてくる。

「誰⁉」とミーナは正気を取り戻して叫んだ。声に驚いたのか、足音は一度止んで、けれど、今度はゆっくりと、つま先を立たせるようにして近づいてくる。


 ―――ヒト……じゃない?


 ミーナは瞬時にそう感じとった。足音のヌシはゆっくりとその姿を現した。当然、ミーナは見たことも会ったこともない生き物だった。普段なら警戒して、逃げているところだ。


 その獣は、見た目の凛々しさに反して幼さの残る挙動だった。匂いにつられてやってきたのか、警戒心を残しながらミーナの前に姿を見せると、ミーナが吐き出したものに鼻を近づけて、ぺろりと舌を這わせた。

 獣は、鳴き声を漏らした。高く、途切れ途切れの音にミーナはなぜか涙が止まらなかった。そっと獣の身体に腕を近づけて、逃げないことを確認すると、か細い声で言った。


「ごめんね……ごめんねえ……!」


 ミーナに抱き締められた獣は首を傾げて、「グァ?」と間延びした声を上げた。


 ***


 セトは、獣市場を駆け回っていた。ミーナは、入り口の近くにはおらず、さらに奥の方か、あるいは別の場所にいる可能性が高かった。


「ハム、ミーナを探して」


 こういった人探し系の頼みは、いつもは面倒くさがるハムだったが、このときに限っては、やけに素直に言うことを聞いた。


「まっすぐ奥だ。大通りに向かってる」


 セトは、さらに強く地面を蹴った。やがて、セトはミーナを見つけた。これだけの人混みの中、彼女の一張羅はそれでも周りに比べて浮いていた。


「ミーナ!」と名前を呼ぶと、彼女が振り返り、その視線をセトに向けた。


「セト、どうしたの?」


 その腕の中に、小さな獣が抱かれているのを見て、セトは一瞬目を見開いた。


「ミーナ、家に戻ろう。こんな場所に長くいちゃいけない」


 そう言うと、ミーナが首を振った。「ごめんなさい、それはできないわ」


 ミーナは、視線をその獣に向けた。

 セトは言った。


「ミーナ、君が何をしようとしているのか僕は知らない。けど、この町では、たとえどんな理由があっても、他人のビーストに関わっちゃいけないんだ」


 それが、この町の規則ルール。この町で生きていくには、そのルールに従わなくてはいけない。


「辛いかもしれないけど、そのビーストは置いて……」


「セト、もしも森の中で死にそうな生き物がいても、あなたは同じことをするの?」


 セトは、ぐっと言葉を飲み込んだ。


「そんなことしないわよね。だってあなただもの」


「町はそととは違うんだよ。守らなきゃいけないルールがある。そこで暮らすために」


「わたしは、ここで暮らすために村を出たわけじゃないわ……ずっと考えてたの。どうしたらあなたみたいになれるか。でも結局、答えは見つからなかった。でもそうよね、あなたと私は住む世界が違うから。わたしはあなたみたいに賢くもないし、目的もないまま村を出たから、あなたに付いていくしか私には選択肢がなかった」


 けれど、とミーナは顔を上げた。


「この町に来て、あなたにも変えられないものがあるってわかった。それを受け入れるしか選択肢がないことも、なんとなくだけど気付いたわ。……でもね、やっとわかった気がするの。今が最後の機会チャンスなんだって」


 ミーナの意思を物語る目に、打ち負かされそうになって、セトは必死に言葉を飲み込んだ。そして、震える唇で、最後の願いを申し出るように言った。


「……死ぬかも、しれないんだよ」


「このまま何も変えられないことの方が、わたしは辛いわ」


 その言葉を聞いて、セトは悟った。目を見て、意思を感じ取った。止められない、止めなきゃいけないのに、言葉が……もう、出てこない。


 最後に、悪あがきのように出たのは、みっともないくらいの本音だった。


「僕は……君がなりたいような人間じゃないよ」


「そんなの、なってみなきゃわからないじゃない」


 心が抉られるようだった。すると、ポーチからハムが飛び出してきて、ミーナの前に着地した。


「……ハム」


「しょうがねえから、オレ様が付いていってやるよ」


「……わたし、何も返せないわよ」


 すると、ハムはハン、と鼻を鳴らした。「いらねえよ」


「……そう、助かるわ」


 ハムはミーナの肩に乗ると、「さっさと行くぞ」と肩を叩いた。

ようやく第一章、第二章を読んでもらえたお礼ができそうです。

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