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ビースト

「ビーストという名前を聞いたことがあるかい」


 視線を向けられて、ミーナは、「ないです」と答えた。


「ビーストとは、『生物飽和時代』と呼ばれるこの時代において、未確認あるいはその生態が未解明な生物の総称だ。枠組みとしては非常に曖昧だが、これに該当する生物は捕獲・保護が推奨されている」

 ロンダートの話を聞いて、ミーナはセトの方を見た。


「大丈夫だよ」セトが首を振った。「目的は生態調査だったし、保護する判断も実はその場にいる人が決めて良いことになってるんだ」


 セトの言葉にロンダートが付け加える。


「少し語弊があるね。依頼が保護であれば、保護が絶対だ。しかし、中には危険な生物もいる。人命が最優先である以上、討伐する方が被害が少ない事例も数多くあってそういう認識になりがちだが、この問題はまだ決着がついていないんだ」


「つまりどういうこと……?」ミーナは首を傾げてセトの方を見た。するとロンダートがセトに近づいて、頭上から思い切り拳を振り下ろした。


「え……っ」と戸惑い混じりにその場を見つめていたミーナだったが、ロンダートに視線を向けられ身構える。


「君には何もしないよ。個人の判断とはいえ、貴重な素体をみすみす殺してしまった罪は大きい」


 そう言われミーナは叫んだ。


「でも! あれはわたしたちを守るために……」


「いいんだ……ミーナ」セトが顔を上げて言った。「正式な討伐依頼もなく、個人の判断でビーストを殺すのは……重大な規律ルール違反だ。本当だったら牢屋に入れられてもおかしくない」


「そんな……」とミーナは声を震わせた。


「ただ、それはあくまで名目上のこと」ロンダートは言った。「さっきも言ったが、調査対象が危険である場合、その始末は当事者に委ねられる。だからこそ、調査を途中で打ち切ることも選択肢としては有力なんだ」


 ミーナは、「あ……」と声を上げた。


「これは、自身の命を粗末にしようとした罰だ。たとえ誰かを助けるためであっても、命を危険に晒すことは許されない。研究者の一人としても……師としてもね」


 ロンダートはまくった袖を元に戻した。


「さて……言うことを聞かない教え子の教育も済んだことだし、そろそろ本題に入ろうか」


 ミーナは頷いて、二人はロンダートの話に耳を傾ける。


「ビーストの処分についての話は今度にしよう。それよりもまず、君たちにはビーストの分類について知ってもらいたい」


「分類?」とミーナは首を傾げた。


「簡単にいえば、『危険か』『そうでないか』の違いだ。危険なビーストはさっきも言った通り、討伐の依頼が多い。しかし『危険ではない生物』に関しては、さらに扱いが難しくなる」


「どうしてですか?」ミーナは少し前のめりに訊ねた。


「そうだな、たとえば君が薬草を買いに行ったとする。『知ってる薬草』と『知らない薬草』のどちらを買うだろう?」


「よくわからないけど、知ってる薬草ですか?」


「では店に知らない薬草しかなかったら? とりあえず買って、詳しい人に話を聞いてみるだろう? それで合わないとわかれば、誰かに譲るか、その人物に預けるかする。これが健全なモノの流れだ。しかし今は、知らないものが溢れ過ぎている。しかも人々は、それらを個人の価値観で評価し、自由に取り扱っている。これがどれだけ異常かは目で見ればすぐにわかるだろう」


 ロンダートは少し、声の色を強くした。ミーナはそれが少し怖いと思った。


「……と、このように口で簡単に説明できないこともある。私の専門はどちらかといえば危険な方だが、志はどちらも同じだ。この『生物飽和時代』において、ビーストの生態を解き明かすことこそが世界を知る起点になる」


 ロンダートの目に再び光が灯った。


「僕が話せることは以上だ」


 ロンダートはミーナを見て言った。


「セトは、君を旅に連れて行きたいようだがね、何も知らないまま付いていくのは君のためにならないと私は思う。だから……」


 そしてセトの方を見つめ、再び視線をミーナに戻す。


「あとは君自身がその眼で見て、どうするかを決めなさい」

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