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初めてのまち

一人称から三人称に変更しました。

理由はいくつかありますが、一つは二章までのミーナ(一人称)視点での説明が助長だったからです。

 炭鉱都市グランベール。西の玄関口ともいわれる有数の流通の拠点である。

 都市まちとも呼ばれ、近くの集落に住む村の子供たちにとっては、旅に出てから最初に目指す目的地でもあった。


「お店が多いわね……」ミーナはいそがしく首を回した。


「大通り(ここ)は人通りが多いからね」


 セトが答える。大通りは街に入った人間が最初に訪れる街の玄関でもあった。そのため、売られているものも多種多様であり、食べ物だけに限らない。


「なにか買ってくかい? ここならそんなに値段もかからないし」


「そうね」ミーナは頷いて目に付いた屋台に近づいた。


「らっしゃい。豚くし肉ひとつで銅貨三枚だ」


 ミーナは立ち止まった。売り物の前に値札を見つけて、伸ばそうとした手を引っ込める。


「……ミーナ?」


 村では、ミルク一つを銅貨一枚と交換していた。高い物でも、本は銅貨十枚。牛一等の相場は銅貨三十枚から五十枚だった。

 決して、都市のことを見くびっていたわけじゃない。住んでいた村とは違い、人もモノも数えきれないほどある。それは、町に着く前からわかっていた。


 けれどこれが、このまちでのモノの価値……。


「二つ頼むよ」


 俯いたミーナの横で、セトが指を二本店主に向けて立てた。そして荷物から小さな小袋を取り出して、中から銅貨を六枚取り出す。


「……どうして?」豚くし肉を渡そうとするセトをミーナは見つめた。


「だって、食べたかったんでしょ」


 セトは、豚くし肉を頬張りながら言った。するとポーチからハムがタケノコのように顔を出す。


「一個くれ」


 セトは無言で肉を一切れハムに渡した。


「いらないの? だったらハムにあげるけど」


「いっ……いるわ! すっごくお腹空いてたもの」


 ミーナはセトから豚くし肉を受け取り、震える唇を近づけた。食欲が込み上がってきて、自制を破って肉を頬張る。美味しさよりも、なぜか悔しい……気持ちが浮かんだ。


 食べ終えると、空腹は満たされなかったが、ミーナは冷静に町を見ることができた。

 行き交う人々を見て、自分の存在の小ささを思い知る。こんなにも人がたくさん……落ち着いて息をする場所もないくらい、あちこちにいて……気持ちが落ち着かない。

 まるで、違う世界に迷い込んだようだった。


「どうしたの、ミーナ?」


「……なんでもないわ」


 ミーナは首を振って、そのままセトの方を向いた。「それで、これからどこにいくの?」


 ***


 グランベールには、いくつかの区画がある。入り口ともいうべき大通り。洋服店などが軒を連ね、町民がよく訪れる商店街……住宅街。

 場所によって訪れる人々の服装も変わる。観光客と町民でも、微妙に装いに違いがあるのは、注意深く見るとわりと簡単に気付けることだった。


「町民の人達は似た服装が多い。男の人は青色のシャツにベストが現在いまのスタンダードだね」


「恰好はにてるけど、どの人もこ奇麗よね」ミーナは言った。村と都市との違いは、まずこの身なりかもしれない。女の人もそれなりに近い感じだったが、服の色や細かい意匠が加えられていて、こちらも一目でわかった。


「私たちの村じゃ、たぶん考えられないわ。特に女の人とか、白い服はまず着ないもの」


 何を着ても結局汚れて同じ色になってしまう。持っている服も一着か二着で、破れれば縫い、ほつれはそのままにしておくこともある。

 ミーナは、自分の服をつまんで見つめた。細かいところにほつれが残っている。何年も着ているのだから当然だ。子供の頃に着ていた服は、どこかの子供に譲ったように思う。


「服といえば、あなたの恰好もだいぶ変よね」ミーナはセトの方を見て言った。


 これまであまり気に留めてこなかったが、町に着てようやくその異様さに確信がいった。

 セトの服装は、キツネの尻尾のような毛皮の襟巻に、袖からも毛が伸びているような上着と、厚着のようにも見える恰好だった。


「生態調査が仕事の人って、みんなその恰好なの?」


「さあ、僕も他の人には会ったことないし。よくわからないよ……あ、ほら。そろそろ本屋が見えてきたよ」


 セトが指を差すと、街中に煙突のついた大きな建物がそびえていた。ここは商店街、屋台とは違い、ほとんど店が店舗を構えて活気は中に充満する。そしてちょうど区画の分岐点でもあった。

 基本的に村の人間と近しい恰好の多かった大通りとは違い、大通りでも少し見かけた、見慣れない服装の男女の割合が増えた印象だった。


「本屋……そこで待ち合わせてるのよね……()()()()だっけ?」


 ミーナはセトに訊ねた。


「うん、けど……本当はどこにいるのかわからないから。行きつけの場所をあたってるだけなんだけどね」


「えっ」とミーナは一瞬顔を引きつった。「ああ、でもそうよね……待ち合わせなんて」


「まあでも、たぶんいるよ……ほかは家しか思いつかないし」


「何やってる人なのよ」


 そう言いながら、ミーナは店舗に足を踏み入れた。


 そこは、懐かしい匂いがした。来客を知らせるベルが鳴り、店に外の風が吹きこむ。しかし中の空間は、まるで時間が止まったように静かで、不思議な感じがした。


「これが……本屋」昔の仲間がよく話しをしていた、憧れの場所の一つだった。『勇者の冒険』もここで売られて、ミーナたちの村にやってきたのだろう。


「こんなにも本がたくさん」ミーナはまるで宝物を見るような目で中にある無数の棚を眺めた。一つの棚にぎっしりと敷き詰められた本の中には、一つ一つ、ここよりも広い世界が広がっている。


 すでに何人か人がいて、棚の前に立って本を開いていた。


「本は買わずに読んでもいいの?」


「もちろん、買わないとだめだよ」セトは首を振った。「けど、中を見ないとどういう本かわからないでしょ。だからちょっとだけなら良いってことになってる」


「へー、優しいのね」ミーナは言った。


「僕はちょっと先生を探すから、ミーナは好きに歩いていいよ」


「そう……じゃあちょっと」ミーナは頷いて、目の前にあった子棚に近づいた。ミーナの腰くらいの高さで、上の方にも本が積まれている。表紙とタイトルを見ると、タイトル名の中に作者の名前が含まれていた。おそるおそる手に取り、パラパラと目を通し、ぱたんと閉じる。


何も見なかったことにした。


 ミーナは他の棚に移動した。本屋に行ったら行ってみたいコーナーがミーナにはあった。そこは街の本好きの子供たちにも人気で、この時代、人気の本が集められるコーナーの次に人が集まりやすい場所でもあった。


 棚と棚の間にぶら下がった板に、『図鑑』と書かれているのを見つけて中に入る。


「えっと、いきもの図鑑は……」眺めると数えきれないほどの種類があった。生き物と言っても様々で、鳥図鑑や魚図鑑、動物図鑑と植物図鑑、本の分類は把握しきれないほどにある。


 村の森に棲みついていた大熊にヌシ、これらの生き物のことをミーナは知りたいと思っていた。

 しかし、手に取った図鑑には名前が載っていなかった。ヌシはともかく、大熊はセトもそう呼んでいたので間違いないだろう。しかし、熊という分類で見ても、記載がなかった。

 ヌシの方も、魚図鑑を手に取って探して見たが、やはりなかった。


「どうして……」ミーナは不安を募らせた。図鑑に載っていない生き物なんているのだろうか。しかしここには、セトの持っている手帳よりもたくさんの本がある。おそらくは知識量としても膨大な書庫をもってしても……知られていない生き物。


 今すぐセトを探してこのことを話したい。踵を返そうとした直後、ミーナの脳天に強烈な一撃が加えられる。


 不意の攻撃に涙をこらえて目を開けると、目の前に一冊の本が転がっていた。

 それは、ミーナが見つめていた棚のさらに一段上。普通は手の届かない所に置かれている分厚い本の一つだった。図鑑には珍しく、表紙に絵のない素朴な装丁だった。


「なにこの本……」


 そして、そのタイトルに刻まれた意味すら、その時のミーナは知らなかった。

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