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未来の勇者に向けて

 家に戻ると、彼の荷物はほとんどが無くなっていた。


「もう出発するの?」訊ねると、彼は最後の荷物をつめ終わるところだった。

「うん、明日出るよ。短い間だったけどお世話になりました」


 膝をついたまま彼は頭を下げた。「やめてよ。お世話になりっぱなしだったのはむしろ私たちの方だから。そうだ、何かお礼するわ。食べ物とか必要じゃない?」


「それはぜひお願いしたいな」彼は嬉しそうに言った。私は、「ちょっと待ってて」と台所に向かった。干し肉や野菜など、溜めていたものを全て彼に渡す。


「ほんとにいいの?」と彼は驚いた顔をしていた。私は、「もちろん」と彼に笑顔を向けた。


「食べ切れるかなあ」と笑顔を浮かべた彼は、「これは何の食べ物?」と指を差した。


「キャベツよ。見たこと無いの?」訊ねると彼は頷いた。


「食べ物のことは全然。いつも木の実とか探して食べてるからかな」


「そうなの……?」


「前にも美味しそうなもの見つけたんだけど、ハムがかじったあとに倒れて動けなくなってからは余計に手が出せなくなったんだ」


「それって毒キノコじゃないの?」私は言った。彼は、「毒キノコ?」とまったく思い当たる様子がなかった。


「食べたらダメなキノコよ。最悪死んじゃうんだから。よく生きてたわね」


「ハムはお腹が減ってたら何でも食べる癖があるからね」彼は得意気に言った。


「そっか、毒だったんだ。面白いね」彼はそう呟いた。「他にも知ってたりする?」


「森で見たものなら……」私はおずおずと答えた。


 彼はしだいに食べ物にも興味を持ち始めた。「前に生き物を捕まえたけど、とても食べられなかったよ」

「火に通してなかったからじゃない? 皮も剥いだ方がいいわ。あの大熊だって、毛皮がすごく良いモノだったって村の人達も喜んでたわよ」


 そう言うと彼は頷いた。「知らなかったよ。ていうかすごいね、食べ物に詳しいんだ」


「むかし森で色々口に入れてたから。何度か毒に当たったりもしたし」


 その度に二人に心配をかけた。それから図鑑を買ってもらったりして、それから毒にあたることは無くなった。


「お父さんとお母さんのお陰よ」私は少しだけ誇らしく思った。


「羨ましいよ。美味しいものが食べられて」彼は本心からそう言っていた。「僕もハムも、食べ物には苦い思い出があるから、ずっと同じものしか口に入れられなかったし」


 本当に何も知らないのだ。あの大熊も、村の人達の大事な食料になったと言えば、もっと驚くかもしれない。


「なら、私が作ろうか?」私は、そう言っていた。たぶん、この機を逃せば二度と機会はないと思った。


「料理は結構得意だから、役に立てるはずよ。あなたが生き物を狩って、私が調理する」


 契約のような提案だった。彼は手を止めてじっと私の方を見ていた。


「ふ、二人の方が何かと得だと思うけど。ほら、前と後ろを二人で見張れば死角もなくなるでしょ」


「そうだね」彼は頷いた。「死角なんて、今まで気にしてなかったよ」


 きっと、彼はずっと一人で生きてきたのだろう。人に頼らず、自分一人の力で。

 それが彼の強さで、私と同じ弱さなのかもしれない。


「それで、どうするの」訊ねると彼は、「頼んでも良いかな、背中」とぽつりと呟いた。


 ***


 出発の日の朝、私は小屋に向かった。今までずっと私を支えてくれた三人の家族に。


「クク、ココ、メメ」お別れを言う日が来るなんて、思ってもいなかった。


「今日までありがとう。あなたたちがいてくれたから、私は今までくじけずにやってこれたと思う。だってそうじゃなかったら、こんなに寂しいと思うはずがないもの」


 本当は、連れて行ってあげたい。けれど彼と相談して、置いていくことに決めた。


 これは私の決めた道だから、それにこの子たちを巻き込みたくない。


「最後のお手入れよ。今までで一番綺麗にしてあげる」


 まずはクク。今日に限って大人しく私を受け入れてくれた。もしかすると、気持ちが伝わったのかもしれない。感謝と精一杯の愛情を込めて、雑巾をかけた。


「次はココ……」振り向くと、ココとメメが一緒に近づいてきた。毛に触れて、頬を寄せると目を閉じて応える。


 大丈夫と耳元で聞こえた気がした。目を開けて見つめ返すと、いつもの仏頂面が見られて私は笑った。


 何も悲しいことなんてない。私たちはいつでも心で繋がっている。


 世界のどこにいても、声は聞こえている。


「行ってくるね」


 そう告げて、私は小屋を後にした。準備を終えた彼と合流し、村の入り口まで向かうと、そこには大勢の村の人達がいた。


「みんな、どうして⁉」

「水くせえじゃねえか! 挨拶もなしに行っちまうなんて」ハガルさんが言った。


 ラルフさんやロッシさん、カルロスさんの姿もあった。

 子どもたちもみんないて、見送りに来てくれていた。


「リック!」私はリックに駆け寄った。いつもは誰より明るいリックが、そのときは違っていた。子どもたちに支えられて、ようやく立っているような様子だった。


「姉ちゃん……」リックは私の目を見つめた。その奥には、私を引き止めたい気持ちがあるような気がした。けれどそれを口に出さず、リックは必死に我慢していた。


 強くなった、逞しくなった。見違えるほどに。


 私は、リックの前でしゃがみ込んだ。


「ねえ、リック。本当はね、私はあなたに冒険させたくなかったの。危険だし、辛いこともいっぱいある。夢みるくらいがちょうどいいって思ってた。けれど、あなたはいつでも一生懸命で、いつしか私もそれを応援したいって思うようになった。村を出ないって約束は私の方から破ることになっちゃったけど、この世界にいる限り、会えないわけじゃない」


 そう、だから――。


「リック、あなたならきっと立派な――勇者にだってなれる! あなたほどの覚悟と、冒険心さえあれば、きっと外に出ても強く生きていける! だから、強くなって私を見つけて。それで一緒に、今までできなかった冒険をしましょう」


「うん……約束だよ! ミーナ姉ちゃん」


「ええ、今度は絶対破らない」


 私たちは、硬く指を結んだ。リックは涙を拭って、へへっと歯を見せて笑った。


「俺たちの娘の門出だ! 盛大に送り出してやるぞ!」ハガルさんが大声で叫ぶ。


 村の人達全員が手を振り、「いってらっしゃい」と言葉をかけてくれた。


 私も精一杯に手を振り返して、「いってきますと」言葉を返した。


 丘を登っている間も、風はさらに向こうまで吹き抜けていた。その風には、遠くの声が乗っかっているような気がした。

ここまで読んでくださりありがとうございます。次回からは新編に入ります。

自分の器を広げるために世界に飛び出したミーナとセトたちがどのような冒険を繰り広げるのか、楽しみに読んで頂ければと思います。


今しばらくお待ちください。

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