番外編 ベルゼビュートの忙しい一日 ①
以前、感想返信に書かせて頂きました、巴と伊織の家族に関わるお話です。
悪魔のなのに妙に真面目なベルゼビュートが主人公になります。
(本編には関係なく、アンジェやライアンは出てきません)
「ベルゼビュート様、少々よろしいでしょうか?」
魔王城の一室。机の上の山積みの書類の向こうから、声がかかった。
書類を確認する手を止めず、耳だけ傾ける。
「構わない」
「ありがとうございます。実は……悪魔召喚の魔術が使われました」
「……そうか。未だに欲深い人間はいるのだな」
勇者ルイや聖女アンジェ、その仲間に出逢ってから人間に対する認識は変わってきたが、やはりそれは一部でしかないのだ。
全ての人間を一括りには出来ない。魔族もまた、それぞれが違う。おかげで、この書類の始末だ。
条約を交わした今、魔界との行き来を可能にする場所は、魔王城のみ。とはいえ、誰もが通れる訳ではない。
魔王様に認められた者だけが許されるのだ。私に仕えるこの中級の悪魔は、定期的に魔界の様子を報告しにやって来ることが認められている。
「それで?」
「は、はい。いつもの様に、悪魔の一人が向かおうとしたところ、場所がどうも人間界というより……異世界のようだと」
走らせていたペンを止める。
「――何だと?」
「下級悪魔では現れた召喚陣に触れることが出来ず、私たち中級の者でも、魔力が足りずに押し戻されてしまうのです。これは魔王様にご報告すべき事態かと……。一度、ベルゼビュート様にご確認をお願いしたいのですが」
「わかった。この件はこちらで処理する」
異世界と聞いて、我が魔王様を苦しめた邪神が頭に浮かぶ。手にしていた鴉の羽ペンがポキリと折れた。
召喚陣を確認し、直ちに調べなければならない。
目頭をギュッとつまむと、書類の山から離れ、新たに改装された謁見室へと向かう。
扉をノックし、中へ入ると張り詰めていた神経が緩む。
普通であれば、気を引き締めるべき場所なのだが、どうにもこの雰囲気に呑まれてしまうのだ。
「あ、ベルゼビュートだ! こんにちはっ」と、艶やかなマホガニーの髪に、大きくクリッとした瞳でニッコリ挨拶をするダン様。
「ベルゼビュートも一緒にやらない?」とユウ様。
カードを扇のようにして口元が隠れているせいか、微笑んで細められた美しいオッドアイが際立っている。
魔王様の前でも、臆することなく自然体でいらるのは、勇者と聖女と同じ異世界からやってきた存在だからだろう。
「何事だ?」
勇者が贈呈してきた、掘りごたつなる変わったテーブルに、足を入れている魔王様がこちらを見た。
中に発熱する魔石が埋め込まれ、足を温めるものなのだとか。
「ゲーム中、お邪魔して申し訳ありません」
「かまわん」
「先程、異世界より変わった召喚陣が現れ出たと報告がありました」
「……なに?」
「え、異世界って?」とユウ様。
「もしかして、ボクたちがいた日本かな?」とダン様。
「繋がってはいるものの、まだどの悪魔も中には入れないそうです。そこで、私が確認に向かおうと思うので許可を――」と、言ったところで
「ボクも行きたい!」
「だめよ、ダン。行くのは危ないから、見学させてもらいましょ?」
「わかった! ね、ね、魔王様いい?」
「……先ずは、その召喚陣を確認してからだな。ベルゼビュート、案内しろ」
「かしこまりました」
やはりか。
自分が向かう為の許可を取りに来ただけだったが、こうなることは薄々感じていた。
◇
人間界の魔王城の地下へ下りると、魔界の魔王城へ抜ける。召喚陣が現れた場所まで行くと、後ろからついて来ていたダン様は声をあげた。
「へえ! これがその召喚陣?」
楽しそうにダン様は、赤く発光している陣へと近付いて行く。
「それ以上、お近付きになりませんように」
そう呼びがけるとピタリと止まり「わかった!」と笑顔を見せる。なんというか……ダン様は素直だ。
代わりに魔王様が一歩前にでると、陣の光に手を翳す。
「なるほど。普通の召喚陣ではないな」
「そのようですね」
「嫌な感じがする。微々たるものだが……邪神の力が加っているようだ」
「ま、まさか!?」
あの時、確かに創造神に連れて行かれた。簡単には戻れないはずだが。まさか異世界に飛ばされたのか?
「ね、ね。なんか、伊織の匂いがするんだけど」
召喚陣の方へ顔を突き出したダン様は、鼻をヒクッとさせると唐突に犬の姿に戻る。
そして、クンクンと匂いを嗅ぐ。
『やっぱ、伊織の部屋のにおい!』
「どういうこと?」と、ユウ様は人間の姿のまま首を傾げた。
『わかんない! あ、でも……華の匂いもする!』
――ハナ? 花のことだろうか。
「えっ!!」と驚くユウ様。
「意味がわからん。ハナとは何だ? 説明してくれ、ユウ」
魔王様は、ダン様ではなくユウ様に説明を求めた。
「えっと。多分だけど、その召喚陣はこの世界じゃなくて、私たちがいた世界の……伊織の部屋に繋がっているんじゃないかしら? しかも、その先には主人たちの妹、華が居るみたい」
『たぶんそう!』とダン様は首肯した。
「ふむ……。つまり、召喚陣を展開したのは、そのハナなのだな?」
「いいえ。それはわからないわ」とユウ様。
「何故だ?」
「だって、あっちには魔術も魔法も無いもの。それに、邪神の気配がするんでしょ?」
「確かにする」と魔王様。
「人間が悪魔の召喚をするには、黒魔術しか方法はありません。生贄の血で召喚陣を描き、儀となる魔法を発動させなければ不可能なはずです」
私の言葉を聞いて、『華が心配だよぅ……』とダン様は尻尾を下げた。
「では、こうしてはいかがでしょう? 私めが召喚され、あちらの様子を窺って参ります。勿論、契約などはいたしません。その間に、ユウ様の魔道具で、魔王様は勇者に連絡をとり状況をお伝えください」
彼なら何かわかるかもかもしれない。
見た限り、私の魔力なら問題なく召喚陣に入れそうだ。もちろん魔王様もだが、邪神が関わっているのならば危険過ぎる。
『じゃあ、ぼくがベルゼビュートと一緒に行く!』
「ちょっと、ダン!」
『だって、ベルゼビュートは華を知らないし! 華が危ないかも。主人は新婚旅行だし、伊織はどっかのダンジョンの中でしょ? だったら、ぼくらが守らなきゃ!』
「うっ。……それもそうよね」
珍しくユウ様が言い負かされている。
「ならば。ベルゼビュート、ダンを連れて行け」
「かしこまりました。ダン様は私が必ずお守りいたします」
『やった! ベルゼビュートよろしくね』
私はダン様を抱き上げると、一礼し召喚陣の中へ立った。




