番外編 アンジェの記憶喪失②
港に着くと、祭りの片付けはもう終わっていたようだった。
「私はここでライアンを待っていたのですね?」
「そうだ。それなりに人も居たし、前の通りには出店も出ていた」
「倒れていたのはどこです?」
「向こうに小さな船が見えるだろう? 向かいの倉庫が並んでる辺りの、反対側の路地だ」
――これは、もしや!
二時間サスペンスさながらに、私は推理する。伊織と違って、当たった試しは無いが。
「もしかしたら、私は何かの裏取引を目撃してしまい……犯人の跡をつけ、見つかり薬を嗅がされてしまった。とか?」
「まず、アンジェが容易く薬を嗅がされるとは思えないが……。倒れていたのは事実だからな。確かに、港だと他国への密輸や密航が、無いとは言えない」
「念のため、私が倒れていた場所に行きませんか?」
ライアンに案内してもらい、路地裏をくまなく見て回るが、何の収穫も無かった。
「本当、何でこんな場所で私は倒れていたのでしょうね?」
「俺が知りたいが……」
そりゃそうだ。
ついでに倉庫の中も見たが、がらんどうとしていた。
頭痛も全然良くならないし、結局また港のベンチに戻って来て休む。
お天気がよく、潮風もあるせいか喉が渇く。
「何か飲み物が欲しいですね」
「そうだな、今日は日差しが強いからな。祭りの日だったら、ちょうどあの辺りで酒を売っていたんだが」
「へぇ、お酒ですか?」
バルみたいな出店だったのかな?
せっかく、成人したのだから異世界のお酒を飲んでみたかった。転生前は未成年だったから……。
ん?
もし、私が同じ状況だったら……飲み物買うよね、二人分。ライアンは食べ物買いに行っていたのだから。
「串焼き買う前に、何か食べました?」
「ああ。珍しい魚介が多かったから、結構食べていたな」
「飲み物は?」
「いや、特に。後で買って来るつもりだった」
仮説が確信に変わる。
――すると、突然!
「あー! あの時のお姉ちゃんっ」
おじさんに手を引かれた女の子が、私を指差して言った。
「あの子は誰だ……知り合いか?」
「……さあ?」
女の子とおじさんは、小走りにやって来た。
「その節は娘達を助けていただき、本当にありがとうございました!」
――え?
「この国は平和だから、まさか……祭りにかこつけて、子供を攫う外国の船がやって来ていたとは、想像もしていませんでした」
――ええ?
「お姉ちゃん、すごくかっこ良かったよ!!」
「ところで、あの酒は相当強かったですが、あんな風に飲んで大丈夫でしたか?」
――えええ!?
おじさんと、女の子の話がさっぱり見えなかった。
隣のライアンを見上げると、何だか物凄く複雑な表情をしている。
そして、おじさん達に向かって口を開いた。
「うちの妻は……。攫われそうになった子供を助け、密輸犯を壊滅させ、酒を沢山飲んだのですね?」
「この方の旦那様でしたか! 本当に感謝してもしきれません。私は、そこで酒屋を出していた者です」
おじさん自身の目撃証言と、女の子から聞いたという、その日の出来事を詳細に話してくれた。
二人分のお酒を買った私はベンチに戻る途中に、不自然に子供を連れた怪しい人影を見つけ、跡をつけたらしい。
そして、倉庫の中には檻に入れられた子供達が。
当然、私は助けに入るが、両手にはお酒。少しの間があり……一気に飲み干すと、変わった剣を取り出し密輸人に斬りかかった……らしい。
最終的には、船は勝手に爆発したのだとか。
犯罪者とはいえ、皆殺しにしたのではないかと焦ったが……。
「お姉ちゃんの『あんしんせい、みねうちじゃ!』って言うのかっこよかった! あれはなんて意味なの?」
女の子はキラキラした瞳で私をみた。
「えっと、そうね……本当に切ってはいないから、大丈夫よ。って意味かしら、ふふっ」
ふふっ……じゃない! 穴があったら入りたいっ。
犯人グループは全員気絶させロープでぐるぐる巻きにし、年長の子が警備隊を呼びに行ったのだとか。
私は、名乗らずそのまま倉庫を出て路地裏に……。
で、たぶん爆睡。
「確かに、あの時間は花火が上がって音が凄かったな」
ライアンは、船が爆発したことを言っているのだろう。
もう、ライアンの方を見られなかった。
――恥ずかしいもん!
「でも、お嬢さん……あ、いや奥様。ちょうどお会いできて良かったですよ! これ、あの酒の二日酔いにきく薬草玉です。結構な酒豪でも丸二日は残りますからね」
「……え?」
「いやあ、若いのに強めのを選ぶから、ちょっと心配だったんですが。剣だけじゃなく、酒も強いとは流石ですね! それでは、私共はこれで」
「天使のお姉ちゃん、ありがとー!」
おじさんと女の子は手を振り去って行った。
「……トモエ、宿に戻ろう」
「……はい」
私達は無言のまま宿に戻り、速攻で私は貰った薬草玉を飲んだ。
◇
「アンジェ。しばらくお前は、酒は禁止にしよう」
「ですよね……お兄様……ははは」
頭もスッキリ、記憶も完全に戻った私は、笑うほか無かった。
本当に強いお酒を二人分一気に飲んだ私は、完全に酔っ払いだったのだ。
『私は実は天使なの! だから私を見たことは警備隊には内緒にしてねっ』
と言って、船を木っ端微塵にしたのは秘密にしておこう。
「それにしても。何でそんなに強い酒を選んだんだ?」
――ギクリとする。
「えっと……言わなきゃダメですか?」
「もちろんダメだろ」
「だって……」
「だって、何だ?」
「しょ……」
「しょ?」
「……初夜だと思ったら、緊張しちゃって!!」
ボンと頬が熱くなる。うう……恥ずかしい。
チラッと横目でライアンを見ると。
「……え? お兄様?」
ライアンも、私以上に真っ赤になって、そっぽを向いている。
もしかして照れているの?
そういえば――。
「お兄様。記憶がなかった時……私が何て呼んだらいいか尋ねたら」
「い、言うな!」
ライアンは真っ赤になり私の腕を掴む。
「照れているのですか? ……ライアン」
「アンジェ……煽ったな?」
そのまま、ライアンの唇が私の口を塞いだ。
「よし、新婚旅行のやり直しだ!」
ニヤリとしたライアンは――。
私を軽々と持ち上げてもう一度、私にキスをした。




