6.侯爵令嬢になる為に
――ダグラス侯爵邸へ到着した。
そこは、とても立派なお屋敷で、今まで住んでいた男爵邸とは雲泥の差だった。馬車は大きな門をくぐり、まるでお城のような玄関の前で止まった。
ライアンはサッと先に降りると振り向き、私に手を差し出した。どうやらエスコートしてくれる様だ。
初めてされる仕草にドキドキが止まらない。失敗しないように、ライアンの手にそっと自分の手を乗せ馬車から降りる。
ズラリと並ぶ執事とメイド達。
「お帰りなさいませ。ライアン様、アンジェ様」
白髪混じりの髪をキチンと整えた、初老の頼りになりそうな人物が言った。
「執事のセバスチャンだ。屋敷でわからないことは、全てセバスチャンを通せ。アンジェの身のまわりの世話は、メイドのリリーとハンナがする。その二匹の面倒も、この二人にみさせるように」
ライアンはニッと笑い、並んでいるメイドの中から仕えてくれる人達を紹介してくれた。
「よろしくお願い致します!」
ぶんっと勢い良くお辞儀したら、ポカン……とされてしまった。たしか貴族の礼儀はこうじゃない。どうも巴の記憶の方が強いみたい。
しまった……と思った時には遅かった。
またしても、ライアンのツボに入ったのか大爆笑される。くっ……、ちょっと間違えただけなのに。
「明日から早速、家庭教師に礼儀作法を習うように。ぶっ、くくっ……父上と母上は、社交シーズンで忙しいので、ある程度作法が出来るようになったら、時間を取るそうだ」
笑いを堪えつつ頑張れよと、頭にポンと大きな手を置かれた。
ライアンは用事があるのか、また出掛けて行く。
それを見送ったセバスチャンの後について、部屋まで案内された。
「あんなに……楽しそうにお笑いになるライアン様は、久しぶりでございます」
「そうなのですか?馬車の中から、笑われ続けていますが……」
それはそれはと、セバスチャンは驚きながら笑みを浮かべる。――解せない。
部屋へ着くと、大まかな説明を受ける。何かあればメイドを使うように言い、セバスチャンは去って行った。
メイド達が色々と身支度をしてくれて、やっと一息つけた。
ふとメイド達の視線が、ダンとユウに向いている事に気付く。
「リリーさん、ハンナさん、これから宜しくお願いします。この子たちは、犬のダンと猫のユウです」
「アンジェお嬢様。私達にさん付けはおやめ下さいませ。リリー、ハンナとお呼び下さい。敬語も不要でございます」
「わかりました、リリー、ハンナ」
メイド達はニコリと微笑みお辞儀をして下がる。
「ふうぅ――………疲れたぁ」
ボンっと、ソファにダイブした。お嬢様として、あるまじき行動だとは思うが。
「「主人、お疲れさま!」」
ダンとユウは人の姿になると、そう言ってグーッと伸びをした。
「ここは凄く広いお家だねっ」とダン。
「ふかふかのベッド、気にいったわっ」とユウ。
二人とも興味津々で部屋を見て回る。喜んでいるみたいで良かった。
「ところで、主人は王様と結婚するの?」
「へ? 何のこと?」
ダンが何を聞いているのか理解できなかった。
「主人は馬車の中で、礼儀作法と王妃教育って言われてオッケーしてたわよ?」
ユウもちゃんと話を聞いていた。私より余程しっかりしている。
それにしても、王妃教育とは何なのか。
「まさか、王様と結婚なんて……無いでしょう。はは、は……」
一瞬不安がよぎる。
よくわからないけど、頑張る約束しちゃったし。頑張れば剣の稽古がまっているっ!
そんな私を二人は心配するように眺めていた。
((いざとなったらボク達で主人を守ろう……))
◇
――そして、まる二年間。
私は家庭教師により、みっちり礼儀作法と王妃教育を叩き込まれるのだった。