おまけ 伊織視点④
――無力さと絶望に打ち拉がれた。
僅かな抵抗すら出来ない程の、重力を全身にかけられ……地べたに這い蹲る。
所詮、勇者なんて邪神の作った駒でしかないんだ。姉さんを巻き込んでしまった……。
激しい後悔の中、姉に視線だけ移す。
あれは―――っ!?
姉さんの日本刀みたいな剣に、どんどん魔力が流れて込んでいく。こんな状況になっても、諦めていない。
胸が押し潰されそうになった。せめて、姉だけは……アンジェだけは助かってほしい。切なる願いだった。
どうかっ! どうか……姉さんを助けてっ!!
アンジェの剣が膨大な魔力の負荷によって、パリンッと割れた。
その瞬間――。アンジェの手元の剣から、光の柱が上がって行くのが見えた。
邪神の創った空間は破壊され、白かった天井に闇が広がっていく。
そして、闇の様な空から二つの大きな眼が見えた。
全身に冷たいものが走る。
これ以上、大きな敵がやって来たら……。
段々と近付くそれは、空間の裂け目から顔を出した。
何だあれは……。全身が羽毛に覆われた……蛇? いや羽もある。
確か、何かのゲームキャラで見たことがある。痛みで働かない頭で、記憶の糸を手繰る。
もしかして――。
アステカ神話にあるケツァルコアトル、か?
一筋の光が見えた。
助かるかもしれない。本当にケツァルコアトルなら、創造神は平和の神のはずだから。
今の自分にはそれを尋ねることも、調べる術も無いが、祈るような気持ちでケツァルコアトルを見詰めた。
やはり、その蛇は創造神であると名乗り、息子の邪神を連れて去って行った。
とにかく助かったのだ。
◇
魔力を使い過ぎた姉さんは倒れ、魔王に部屋を借りて休ませた。
その間に、魔王と話し合いをした。
諦めない姉が守りたかったこの世界の人々と……。創造神から未来を委ねられた世界が、少しでも平和に近付けるように。
一人でも多くの人間や魔族の命を守る。
そして、無力な自分でも出来ることをしようと。
先ずは魔王と人間による不可侵条約を結んだ。
「……勇者、お前の姉は。なんと言うか、凄いな」
「そうですね……昔から、本当に敵わないんです」
しみじみと言った魔王に、僕は苦笑いを浮かべるしかない。
姉さんの休んでいる部屋の扉を見詰める、見た目年齢五歳の魔王の赤い瞳には、熱がこもっていた。
――魔王、お前もかっ。
姉さん、モテ期もここまで来ると笑えないよ……。
◇
無事に王宮に戻り、国王へ謁見し報告をした。
邪神や創造神の話は伏せ、不自然ではなく受け入れられるように――。ほんの少しだけ事実を隠蔽した。
まあ、国王は不可侵条約に納得し、喜んだのだから良しとしよう。
これで、魔王も新しい人生を送り易くなるだろうしね。
ただ、国王からの話で、王太子からのアンジェへの求婚については、ちょっと腹がたった。
ついつい国王を諫めると逆ギレされた。大人げない。
まあ、それについては……。
ライアン師団長がどう動くかで流れが変わる問題のようだったので、任せてみようと思った。
最悪、姉さんを攫って、二人で冒険者にでもなればいいのだから。
そう考えて、自分もだいぶ姉に感化されているなと、可笑しくなった。
◇
家に着くと、ジルベルトも帰って来ていた。
「爺ちゃん、ただいまっ!」
「お帰り、ルイ」
ニカッとジルベルトは笑みを浮かべる。
祖父と孫、師と弟子の関係だ。お互いの戦いについて報告し合った。
そして、自分の無力さを痛感したこと。委ねられた、この世界についての自身の考えを伝えた。
確かに、邪神はいなくなり魔王とも良い関係が築いて行けそうだけど――。
平和に見えた地球でも、何処かで戦争や争いが必ずあった。この貴族社会や平民との格差、魔王に反発する魔族だっているかもしれない。
まだまだ、この世界の問題は山積みだ。
悩む僕に、ジルベルトは「研鑽の旅に出るか?」と提案してくれた。
そうして、僕は姉さんとは関係無しに、自分の意思で冒険者として旅へ出ることに決めた。
◇
――後日。
ライアンと姉さんの結婚式が執り行われた。
ウエディングドレスのアンジェは本当に美しく、ライアンの横で幸せそうに頬を染めていた。
うん……これなら、安心して旅立てそうだ。
式を終えて姉弟で少し話し、旅に出ることを伝えた。
そして、僕は姉さんとは別々の道を進み始めた。
――姉さんに負けないくらい、立派な漢になって戻ってくるからね!
伊織視点のお話、最後までお読みいただき、ありがとうございました!
【追記】
改稿も終了致しました!
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。
誤字脱字等、気付いたらその都度直していきます。
近いうちに番外編をと考えておりますので、その時はまたお読みいただけましたら嬉しいです。




