5.王都へ
大好きな父と母に別れを告げ、馬車で王都へ向かうことになった。
侯爵家には侯爵家のメイドが居るらしく、男爵家から連れて行く必要はないそうだ。男爵家だって使用人がたくさん居ると思っていたが、貴族の家にしてはギリギリの人数だったらしい。
だから、馬車の中は二人きり。私の目の前にはライアンが座っている。
それにしても、この沈黙……居心地が悪すぎるっ!
どうしたものか考えていたら、ライアンが先に沈黙を破った。
「その膝の上の犬と猫は、どうしても連れて行かなければならないのか?」
「え? 勿論ですよ! この子たちと離れるくらいなら、死んでも王都へ行きませんっ!」
ふんすっと鼻息荒く答える。ダンとユウは嬉しそうに私を見上げた。
大丈夫、絶対に離れないからね!
「……………」
「それより、どうして私が侯爵様の養女になるのですか?」
「…………それについては、まだ言えない」
――何で?
「では、ライアン様はどうして馬ではなく、この馬車でお帰りなのですか?」
ライアンは馬車の中より、馬に直接乗る方が好きらしい。だったら、来た時のようにそれで帰ればいいいのに。広い馬車に二匹と一人の方が、どれだけ快適な旅になるか。
「それは決まっている。アンジェがまた飛び出して逃げないかを監視する為だ」
当たり前だろ? と言わんばかりの、呆れた視線を向けられた。
あ、そうでした。
その節はご迷惑をおかけしました。転生前の記憶が無かった私は、まだ小さな子供で考え無しの行動だった。今は精神年齢も十九歳だし、流石にそれはしない――と思う。うん、たぶん……自信は無いけど。
「そういえば、お父様がライアン様を師団長と呼んでいましたが?」
「ああ、私は王都の聖騎士団師団長をやっている」
――!! 凄いっ! 本物の騎士っ!
「わ、私も剣が習いたいですっ!!」
ついつい前のめりに、叫んでしまう。
私の勢いが良すぎたのか、ライアンは目を見開いた。呆れているダンとユウの視線を感じたが、まあ気にしない。だって習いたいし。
「……ぶっ、あははははは……!! 面白いぞ、アンジェ!」
「え? 面白い……?」
一頻り大爆笑するライアンを横目に、コテリと首を傾げた。
この世界には剣道なんて存在してなさそうだから、せめて剣を振れるようになってみたい!――と、思うのは可笑しいのだろうか?
「これからアンジェは、侯爵家の令嬢としての礼儀作法や王妃教育を受けて、立派な淑女にならねばいけないのだぞ。そ……それを、剣を習いたいと……ぶっはははは」
この人、笑いのツボが浅過ぎるんじゃない?
なんなのっ、この笑い上戸っ!
ん……ちょっと待って。今変なこと言ったよね。
王妃教育? 礼儀作法? 淑女になる?
そんなの…………無理無理無理無理!
真っ青になった私を見てか、笑いがおさまったライアンは言う。
「淑女は無理だという顔をしているな。だが、それがお前の役目なのだ。もし、ある程度ものになった暁には、私が直々に剣の稽古をつけてやろう。どうだ?」
ライアンは騎士団長。つまり……めちゃくちゃ強い人からの稽古だと?
「…………やりますっ! 立派な淑女になるので、剣を教えて下さい!!」
((それって絶対、淑女じゃ無いよねっ))
ダンとユウは、二匹揃って目を細め私を見た。
二匹が何か言いたそうなのは、きっと応援してくれているに違いない。
うん、頑張るよ私!
「よし、約束しよう。他言無用だからな。それから、私の事は兄と呼ぶように」
「わかりましたっ! お兄様!!」
そうこうしているうちに、王都へ着いたのだった。