4.養子縁組
辿り着いた先は、普通の家よりちょっと大きいくらいの、立派とは言い難いお屋敷だった。
それでもさっき通ってきた、下町風の家々とは違う。
貧乏な貴族……? そんな感じかな。
門の中へ入って行くと、バタバタと人が飛び出してきた。執事やメイドさんらしき衣装の人達が、真っ青な顔をして駆け寄ってくる。
その後ろから、高価ではないが正装している夫婦っぽい男女が慌ててやって来て、開口一番に謝る。
「ライアン・ダグラス師団長! 誠に申し訳ございません! 娘の勝手な行動で、お手を煩わせてしまい――」
私を連れて来た男は、手を上げて謝罪の言葉を遮る。この美丈夫は、ライアン・ダグラスという名前みたいだ。
「すぐに見つかったので、問題は無い。この娘……アンジェは我が義妹となるのです。義兄として安全に連れ戻すのは当たり前のこと。書類は整いましたか? ベンジャミン・カーター男爵」
「はい、養子縁組に必要な書類は全て整っております。我が娘アンジェを何卒宜しくお願い致します」
養子縁組?
ポカンとしていると、ライアンはこちらを向き視線を合わせた。
「今日より貴女は、アンジェ・ダグラス侯爵令嬢として生きて行くのだ、よいな」
「は、はい!」
と思わず返事してしまったが……。
いやいやいやいや、全然よくないですよっ!?
全く意味わかりません。ちょっと頭の中を整理させて貰いたいのですが! とは言える雰囲気ではない。
腕の中のダンとユウに助けを求めるが、勿論この場で返事など出来るはずもなく、申し訳なさそうな視線だけ寄越してくる。
身支度を整えるように言われると、訳もわからないままメイドに連れられて行く。
自分の部屋らしき場所で、一張羅のドレスっぽいワンピースに着替えさせられた。
「お嬢様! いくら急な養子縁組のお話とはいえ……突然、屋敷の窓から飛び下りるのはっ! 私……心臓が止まってしまうかと思いました」
とても心配していたのであろうメイドさんは、瞳をウルウルさせながら訴える。
「心配かけて、ごめんなさい」
身に覚えが無いことだが、こんなに心配かけて申し訳なく思う。
着替えが終わり、髪も梳いて整えてもらうと、鏡の前に立たされた。
――んん? 誰だコレは!?
鏡の前に佇む少女は十二、三歳。
美しく波打つローズブロンドの髪にペリドットの様な瞳。とびきり美人のフランス人形みたいな女の子がそこに居た。
ああ、そうだ――。
私はアンジェ・カーター男爵令嬢だ。
鏡の少女を見詰めるうちに、頭の中で勝手に記憶が繋がっていく。巴だった私は、橋から落ちて死んだのだ。
そして、それは弟の伊織との人違いで起こった事故。変な神に意味不明なことを言われて転生させられた。
今の私は超貧乏な男爵令嬢だが、大事に育ててくれた両親と、優しい執事やメイド達に囲まれて幸せだったのだ。
ところが、突然やって来た侯爵家との養子縁組の話。こんな、しがない貧乏男爵家が侯爵家の要望を断れる訳がない。
急に怖くなって、思わず窓から逃げ出した。
窓から飛び下りたのはいいけど、着地に失敗して前のめりに転んで……。頭は痛かったけど、そのまま森に逃げ込んだんだ。
そう、頭を打ったせいで意識を無くしてしまった。
ダンとユウは、アンジェの私がこの世界で小さい頃に拾ってきた犬と猫。
『……プレゼント……』
落下中に聞こえた言葉は、この二匹のことだったのかもしれない。
よくわからないけど、同時に前世を思い出したのは有難いな。きっと、ダンもユウも私と一緒に転生したんだ。
ちなみにここは、前世の私……巴の理解出来ない世界。つまり異世界なのだろうと想像できた。
足元のダンとユウも、ジッと自分達の姿が映る鏡を見ている。
もしかしたら、二匹も記憶が繋がったのかも知れない。
異世界なら、動物が人に変身する事も出来るのも納得だ。多分だけど、魔法みたいなのも有るかもしれない。
はぁぁ……。こういうのは本当、伊織の担当だよ。
私の心のため息が聞こえたのか、ダンとユウはこちらを仰ぎ見る。
『主人、大丈夫?』そう言うように、「ワンっ!」「ニャアーオ!」と同時に鳴いた。