33.ライアンとのひと時
ライアンは侯爵邸へ戻り、セバスチャンから私の伝言を聞いたのだろう。
湯浴みで訓練の汚れだけ落とし、着替えて直ぐに来てくれた様だ。たぶん、夕食も食べずに……。
そうと分かっていれば、明日でも良かったのに。悪いことをしてしまった。
「お兄様、お疲れのところ申し訳ありません」
「いや、大丈夫だ。何かあったのだろう?」
ライアンは自分のことは気にするなと言う。
昼間、戻って来た時には気がつかなかったが……。ライアンも、とても疲れている様子だった。
なのに、私の方を気遣ってくれているのが伝わってくる。
「実は、ライアンお兄様が聖騎士団に戻られた後、リアムお兄様が帰って来られました。魔術師団本部より、聖女の認定をされたそうです」
「ほう……。リアムも中々やるな」
「それで、明日。リアムお兄様と共に、魔術師団本部へ行き、更に詳しく調べられることになりました。なんでも、高位の占星術師様が、私に会いたいと仰っているそうで……」
そこまで言うと、ライアンの表情が曇っていることに気付く。不思議に思い、話すのを止める。
「お兄様?」
「――アンジェ」
「はい?」
「お前は聖女になって……本当に、それで良いのか? 確かに、魔王は倒さねばならない。それは国を救うという大切なことだ。……だがそれは、お前がすべきことなのか?」
ライアンはとても辛そうに問い掛けた。
あぁ……、お兄様は大切な国よりも、私の気持ちを考えてくれている。
聖騎士団として、私の家族として、悩んでいるのだ。
「ライアンお兄様。私は、取り敢えず聖女になって、伊織……いえ、勇者ルイを出来る限り手助けします。この世界が滅んでしまったら……これから先、お兄様と一緒に居られなくなってしまうでしょう?」
ほほ笑むと、ライアンは何とも言えない表情をする。
ちゃんと……伝わっているだろうか?
後半は、私の希望というか、欲かもしれないが。
「私は剣を振るうことも好きですし。魔王さえ倒せば、冒険者になって他国を旅したって良いんです。聖女も王妃も地位も名誉も、笑止千万! 私には必要ありませんからねっ」
フンッと、腰に手を当て胸を張る。
「ぶっ。ぶ……はははははっ! そうだった。アンジェ、お前は初めて会った時から何も変わらない。アンジェらしい」
なんだかそれは、毒が抜けた様なライアンの笑いだった。
「ですから、明日私は王宮へ……魔術師団本部へ行って参ります。中ではリアムお兄様が、常に付き添って下さるそうです。最悪な事態になれば、爆破してでも逃げますから」
「おい……爆破って。……ああ、アンジェならしてしまいそうだな。その時は、俺のもとに逃げてこい」
どうにかしてやると、ニヤリとする。
「ええ、だから、心配しないで下さい」
ライアンは眩しいものを見るように、目を細めて私を見つめると――。徐に私を抱き寄せ、大きな身体で優しく包む。
そして、ライアンはポソっと耳元で呟いた。
「十五歳の成人まで、待てるか自信がなくなってきた」
吐息のような言葉に、全身がボンっと熱くなる。
更にライアンは、強く抱きしめた。私の中で、時が止まる。
ひ、ヒヤァァァ――――………!
心臓が跳ね上がり、口から出そうですっ! お願い、もう勘弁して下さいっ!!
「あ……あの、お兄様。もう一つご報告がっ!」
駄目だ、ドキドキが止まらない。腕の中で必死で伝えると、ライアンの腕が解かれた。
どうにか心を落ちつかせ、ルイから貰った通信用の魔術具について伝えた。
「念のため、明日はこれを身につけて行った方がいいでしょうか?」
「いや……そのブレスレットは、置いて行った方がいいかもしれないな」
魔術師団本部はかなり警戒が強いので、中には持ち込まない方が安全だとライアンは言う。魔術具がバレたら拗れるだけだと。
ルイには明日、リアムが来る前にそれを使って詳しく伝えることにした。
「もう、遅い。また明日出直そう」
と話もひと段落したので、ライアンは部屋を出ようと立ち上がる。
――その途端。
ライアンはフラッ……とし、再度ソファに座りこんでしまった。
―――――!!
「お兄様っ!? 大丈夫ですかっ?」
「ああ、大丈夫だ。すまん、少しだけ休ませてくれ」
そう言って、ライアンは目を閉じた。
詳しくはわからないが。今きっと、聖騎士団はとても忙しいのだろう。師団長という立場は、私には計り知れないほど大変に決まっている。
……それなのに、私のことまで心配して。
目を閉じ眉を寄せているライアンに、そっと触れる。気付かれないように癒しをかけた。
全身が光りに包まれると、ライアンの静かな寝息が聞こえてくる。
ダンやユウとはまた違った――。
愛おしいという感情とは、こういうことなのだろうか。まだ濡れている、ライアンの艶やかな黒髪を撫でた。
……お兄様、今夜はゆっくりお休み下さいね。
体の大きなライアンを運ぶのは無理なので、このままこの部屋で休んでもらうことにした。
セバスチャンを呼んで、ライアンが寝てしまったことを伝え、リリーに掛け布団を用意してもらう。
ライアンの疲労状態をとても気にしていた、デキる執事セバスチャンは……。今夜だけは、妹の部屋で眠る兄に目を瞑ってくれた。




