20.リアムとの対峙
読んで頂きありがとうございます!
少し長くなってしまいましたm(__)m
目の前に立つ見慣れない男性が、侯爵家の次男リアムだった。
ライアンより少し緑がかった艶のある長い黒髪を、後ろでキチッと束ねてあり、細い銀ブチ眼鏡をかけている。如何にも文官らしく、研究とか好きそうな風貌だ。
流石、ライアンの弟……相当なイケメンだった。
「お前が、アンジェか」
「リアムお義兄様、お会いできて光栄です。アンジェと申します」
丁寧に令嬢らしく挨拶をする。
「ほう。貧乏男爵家の養女が、少しはそれらしい挨拶が出来る様になったか」
あ、いきなりの嫌味きた――……!
「お褒めいただき、ありがとう存じます」
――うぅっ、早くこの場から立ち去りたいっ!
リアムは、じぃーっと上から下まで眺めると更に嫌味を放つ。
「こんな時間まで、侯爵令嬢が一人で外出とはいいご身分だな?」
「遅くなってしまい、申し訳ございません。ライアンお兄様のお使い事で外出しておりました。なにぶん慣れない道でしたもので……」
「兄上の使いだと? それは何だ?」
忌々しそうにリアムは尋ねた。
頬に手を当てて、コテリと首をかしげ困った表情を作る。
「私の口から勝手にお伝えする事は……。ライアンお兄様に、直接お聞きいただく方がよろしいかと」
「――っ! もう良い!」
そう言い放ち、リアムは踵を返した。
ライアンの言った通り、リアムには近付かない方が賢明なようだ。
スカートの後ろに隠れていたダンとユウをそっと抱えて、自分の部屋に急いで向かった。
「はあぁ! ……疲れたわっ!」
◇
リリーとハンナに湯浴みを手伝ってもらいながら、リアムについて聞いてみた。
「リアム様は、ライアン様を尊敬し慕ってらっしゃいますからね。ライアン様がアンジェ様を可愛がっているのが面白くないのでしょう」
――え?
「アンジェ様が、聖騎士団の見学に行かれたことも原因でしょうね。ライアン様は公私混同はしないと、リアム様もプライベートで行かれたことは無いですし」
「……それって。リアムお兄義様が文句言うべき相手はライアンお兄様ではなくて?」
リリーとハンナは苦笑して頷いた。
まさかの、とばっちりとは!
なんて面倒くさい奴……。完全なブラコンの八つ当たりじゃない。
念のため、リリーとハンナに、リアムにはダンとユウの存在がバレないよう注意してほしいと頼んでおいた。
二匹に何かあったら大変だもの。
◇
それからというもの――。
事あるごとに、リアムは私に絡んで来るようになった。
時にはトラップの魔法陣なども仕掛けてあり、悪質な悪戯もされた。
もちろん、全て……見事に躱してやったが。
――そんなある日。
リアムは、ハンナがこっそりと動物用の食事を用意しているのを見かけたらしく、犬と猫の存在に気付いたらしい。
そしてリアムは、アンジェに……いや、巴だった私に、やってはいけないことをしたのだ。
いつもの礼儀作法と王妃教育の授業を終えて、部屋に戻って来た時だった。
ダンとユウの姿が見えない。
……嫌な予感がする。
「リリー! ハンナ!!」
「「お嬢様、どうかされましたか?」」
私の切羽詰った声に、慌てて二人がやって来た。
「ダンとユウが居ないのだけど!?」
「まさか、そんなっ! ……私、二匹の食事を取りに行っておりました。部屋にはリリーが居たはずです!」とハンナ。
「さ、先程……リアム様がいらっしゃいまして。アンジェ様が勉強でお疲れになられたから、お菓子を持ってくるようにと事付かりまして。リアム様はご自分の部屋にお戻りになられたので……そちらを準備しに……」
リリーはお茶をセットしたワゴンを用意していた。二人は真っ青になる。
「「申し訳ございません!!」」
くっ……。リアムにやられたのだ。
メイドのリリーが、侯爵令息であるリアムの言い付けを断われるわけがない。
「……二人のせいではありません。私がリアムお義兄様のところへ行ってきます」
謝る二人に案内してもらい、リアムの部屋に向かった。扉の前まで行くと、リリーとハンナには私の部屋に戻ってもらう。余計なことは聞かれたくないから。
ノックをすると、待っていたと言わんばかりに、リアムが私を部屋の中へと促した。
「犬と猫を返して下さい!」
「あの、魔物の事か?」
リアムが向けた視線の先には、結界の檻に入れられた二匹が居た。結界が邪魔するのか、ダンとユウの声が聞こえない。
「二匹は魔物ではありません。私の大切な家族です」
「可笑しなことを言う。この二匹は魔力がある魔物だ。この場で討伐するか、本部に持ち帰り研究材料としてもよいのだぞ?」
――ぶちっ!! と私の中で音がした。
「……堪忍袋の緒が切れました」
「は? ……かんにんぶくろ? 何だそれはっ」
私は答えず、ダンとユウに向かって歩いて行った。怒りにまかせ、私は無言のまま指先で結界を弾いて――壊した。
『『主人っ!!』』
ダンとユウが私の腕の中に飛び込んだ。
『主人、迷惑かけてごめんなさいっ!』
『本当はこんな結界簡単に壊せたけど、魔力有るってバレちゃったら主人が困ると思って!』
泣きながら謝る二匹を優しく撫でる。
「大丈夫、ダンもユウも悪くないわ」
そう慰めると、リアムの方に振り向く。
「はっ! あははははっ! これは良いっ。本当に魔物だとは!!」
リアムは、魔物とデタラメなことを言って、二匹を私から取り上げてやろうと考えていたのだ。ただの小娘と侮って……。
どうやら、結界を壊したのが私だとは思いもしないようだ。
「で?」
怒りに満ちた声でリアムに問うと、青褪め後ずさる。
「貴方はこの子達をどうしたいのですか?」
初めて怒りで相手を威圧した。
「…………っ!!」
リアムは立っていられず、膝をつく。
「この子達が、貴方に何か悪さをしましたか?」
「…………」
「私は貴方に何かしましたか?」
「…………」
両膝をついたまま自分の胸を押さえ、リアムは苦しそうに息をする。
何も答えない、いや答えられないリアムを見下ろした。
「私、侯爵家に養女に来て、王妃教育とか色々勉強して……。上に立つ人間は、弱い民を守る為に存在するのだと学んだつもりでした。貴方は、領地をもつ侯爵家の人間であり、王族を守る王宮の魔術師団副師団長。そんな方が、この様な事をする。所詮、この国はそんな所なのですね。がっかりしました」
「……っく」とリアムは唸るだけ。
なんだか怒りすぎて、悲しくなってくる。
元の世界に帰りたい……。
「リアム様。どうぞ、ライアンお兄様を大切に」
それだけ伝えると、私はダンとユウを連れて侯爵家を後にした。




