2.始まりの森
――ピチャン……、ピチャン……。
何かが、顔にかかった。
「……ううぅん。……冷たっ」
瞼が……重い。
やっとの思いで目を開くと、仰向けになってる私の視界には、深い緑色の樹々が入ってくる。
さっきから顔に落ちていたのは、木の葉に溜まった滴だったんだ。
確か、散歩中に橋が崩れて落ちちゃったんだよね。
――ダンとユウはっ!? 無事っ!?
ガバッと上半身を起こし、キョロキョロ周りを見渡すが、どこにも居ない。もしかして、山の中に入ってしまったのだろうか。
ここは……山?
傾斜などどこにも無い。じゃあ、山ではなくて森だろうか。渓谷に落ちた筈なのに川も流れていない。コテリと首をか傾げた。
「「あ……る……じぃ〜。……あるじぃ!」」
森の奥の方から子供の声が聞こえて来る。目を凝らすと、男の子と女の子だろうか……泣きながら走ってくる姿が見えた。
「「主人ぃ! 目が覚めて良かったぁ!」」
とても可愛らしい男の子と女の子は、涙をいっぱい目に溜めてそう言った。
――え、主人? 誰のこと?
それに、この子達はどこの子だろう。
男の子は、黒目がクリっとしていて赤茶色の髪の毛。女の子は、金髪でオッドアイの少し吊り目の綺麗な子。
外国の子なのかな?
不思議そうに見ていると、心配そうに話しかけてくる。
「……主人? 僕はダンだよ?」
「……あたしはユウよ」
「ダン君とユウちゃんて言うの?」
「「……………ちがっ!! 僕たち巴のペットの犬のダンと猫のユウだよ!」」
「日本語上手ねぇ〜。って、犬と猫? いや待て! どう見ても君たち人間でしょうがっ!」
「違うよっ!」と、二人はクルッとバク宙したかと思ったら、見慣れた可愛いポメラニアンと三毛猫の姿になった。
「――!! 無事でよかったぁぁぁ!」
ムギュウ〜っと、二匹まとめて抱きしめる。
『くっ、苦しいよぉ』
「あっ、ごめん!」
はて? 犬と猫は言葉を喋れるんだっけ?
―――!?
「え? えええっ!? なんで喋れるの!? それに、さっきの子供の姿は何?」
頭がパニックで卒倒しそうだが、とにかく誰か説明してくれと二匹に詰め寄る。
『ええ……っと? 僕にもよく分からないんだけど。気がついたらここに居て、主人起きないし、心配で心配で。……でも、どっかから水の匂いがしたんだ』
『それで、あたしが探索に行ったの。そしたら、向こうの奥に小さな川が流れてて、ダンを呼びに来て一緒に水を汲みに行ったの。桶みたいなのが落ちてたけど……』
『僕たちじゃどうしても水が汲めなくて……』とシッポを下げるダン。
『人になりたいっ! て思ったの。そしたら、ピカ〜ッてなって』とユウは可愛い目を細める。
「人になりたいと二匹が同時に願ったら、人の姿になったと?」
そんな御伽噺のような、メルヘンな事ってあるのだろうか……?
『ビックリしちゃって、元に戻りたいと思ったら、また戻れたんだ。でも、人にならないと水持って来れないから、また人になったの』
『あたし、お水苦手だけどちゃんと汲めたのよっ』
ダンとユウの視線の先には、ボロボロの桶に入った水があった。
うぅっ……私の為に、一生懸命やってくれたのね。なんて健気な子たちっ。
涙を堪えて、二匹(二人?)が汲んできてくれたお水を飲む。
「冷たくて、美味しいっ!」
二匹はまた人の姿になり、嬉しそうに私に抱きついた。まるで、弟と妹が出来たみたいで私も嬉しくなる。
二人のこと、家族になんて言えばいいのか考えていたら、ふと気が付いた。
「それにしても、ここはどこ?」
「うーん、わかんない」と、ユウ。
「僕もわかんない」と、ダン。
「主人はどうしていつもと違う姿なの? 匂いは一緒だから、僕らにはすぐに主人ってわかるけど」
「違う姿?」
「うんっ。いつもより小さくて髪の毛ふわふわだよ!」
「主人、可愛い女の子よ!」
ちょっと待て、ユウよ――。
それでは、いつもの私は可愛くないみたいでは?
確かに弟の伊織と間違えられる時点で、多少は自覚してますけどね。自分の姿が見てみたいけど、鏡も持っていない。
ただ、服に違和感があった。見たこともない、質素なワンピースを着ているみたいだ。
しかも、そこから出ている手足が華奢で目を疑う。
私の身体じゃない……それだけは分かる!
「う……うーん。ここに居てもしょうがないよね?」
とりあえず二人に案内してもらい、川へ向かってみることにした。