12.義兄と弟
――ヒィッ!
確実にライアンは、私達のやり取りを見ていた筈だ。あの窓への張り付き方は尋常じゃない……と、思う。
「い、伊織っ! どうしようっ。ライアンお兄様に、見られたかもっ!」
「あー……、うん。もの凄い怒りの形相してるよね、あれは」
「どう考えても、異世界転生した元双子だなんて信じないだろうし……。男性に抱きついたなんて、侯爵令嬢としたら有り得ない行動よね……。剣の稽古してもらえなくなるかしら?」
「……え? 気になるの、そこ?」
呆れ気味の伊織が、手に顎をのせ一点を見詰めて考える。懐かしい弟の癖だ……。見た目は違うが伊織だと実感する。
こんな時は、必ず名案をだして私を助けてくれた。
「姉さんは、僕の話に合わせてくれれば大丈夫だから。幸い、僕らは成人前の子供だしね」
うん、やはり頼りになるな。
安心したせいか、ふと気が付いた。
伊織はなんで、ここ聖騎士団に居るのだろうか? 年齢的にも、若すぎるよね。今のアンジェは十三歳。たぶん、ルイになった伊織も、背は高いがその位だろう。
――だが、明らかに他の騎士団員以上の強さを感じた。
「……ねえ。伊織はどうして聖騎士団にいるの? しかも、相当強いわよね?」
「……うーん。どこから説明したらいいかな? ここではちょっと話すことは出来ないかな……」
それ以上は聞くことが出来なかった。
端正な顔立ちに怒りを滲ませたライアンが、腰に剣を下げ、複雑そうな顔つきのオスカーを引き連れてやって来たからだ。
お、お兄様は今日、剣は下げてなかった筈だけど。
「………アンジェ! ルイ! お前達はここで何をしているっ!?」
―― ひぇっ!
「お兄様っ! 私達はちょっとお話ししていただけですわ。お、お仕事はもう終わられましたの?」
「……ほう? 若き男女が抱擁するのがお話しか?」
あー、完璧に最初から見られていたのね。氷のような冷たい視線が痛い。
「師団長。恐れながら、私の発言をお許し下さい」
ルイは、落ち着いた声で言った。
「……許す」
「ありがとうございます。実は、師団長の妹君アンジェ様が……私の亡くなった姉に瓜二つなのです。思わず、姉が生きていたのかと錯覚してしまいました。泣きついてしまった私に、アンジェ様は咎めず慰めて下さいました」
確かにルイの目は泣き腫らした状態だ。
それに、少し離れた場所で訓練していた者は、話は聞こえずとも泣いていた様子は分かっただろう。
「…………」
「侯爵家のご令嬢にしてしまったご無礼、甘んじて処罰を受けます」
「アンジェ、それは事実か?」
ライアンは、私を真っ直ぐに見て尋ねる。
「はい、お兄様。ですがっ、私も淑女としてあるまじき行動をしてしまいました。罰を受けるなら私も……」
「いえ! 罰は私だけにっ」
庇いあっていると、ライアンは小さく溜め息を吐く。
「もう、いい。………ルイの姉は何と言う?」
「トモエ……です。ずっと一緒に育った、とても優しい姉でした」
さすがに双子とは言わない。アンジェになった私とルイはちっとも似ていないから。
俯いたルイは拳を握り、睫毛を震わせる。
きっと、これは演技じゃない。
伊織は私が居なくなった後、本当に辛かったのだろう。弟にこんな顔させるなんて……私はダメなお姉ちゃんだな。――胸が苦しくなった。
それ以上、ライアンは問わなかった。
「そうか……訓練の邪魔をしたな。アンジェ帰るぞ!」
ルイにそれだけ告げると、ライアンと私は訓練場を後にした。
帰りの馬車の中、ライアンは窓の外を眺めたまま一言も喋らなかった。気不味くて、私はまた謝ることにした。
「お兄様、先程は本当にすみませんでした」
「アンジェ、もう良い」
ライアンは、顔を向けるとフッと笑う。
怒っていないことに胸を撫で下ろす。
「後で、稽古に使う木剣を渡そう。夕食後に……私の部屋へ来るように」
「はいっ! ありがとうございますっ!!」
私の木剣! 頭の中は、剣を習える事でいっぱいになった。
ルイがなぜ聖騎士団に居たのかという疑問も忘れて――。




