1.人違い
「きゃぁぁ――――――――――――」
落ちる、落ちる、落ちてるぅ――!!!
もの凄い勢いでどんどん降下して行く。
ジェットコースターの下りのように足の裏とお腹がくすぐったい……なんてもんじゃないっ!
風? 空気の抵抗が痛いっ! 目がつぶれるぅっっ! 私、死ぬのね? 死んでしまうのねっ!
『ごめんねぇ! 間違えちゃったからぁぁぁ、後で迎えに行くから、それまで頑張ってえぇぇ……! お詫びに、その子たちはプレゼントぉ! ついでにチートなやつと強運付けとくからぁぁ……!』
――てか、お前誰だよ! あ……もうダメだ……。
上の方から掛けられた言葉は、遠のく意識の中で朧げに聞こえた……。
◇
久しぶりに実家に帰省した。
二卵性双生児の弟と都内に部屋を借りて、大学生生活がスタートしたばかり。本当なら帰省も一緒する筈だったのだが、弟の伊織はなんだかオンラインゲームの試合(?)に出場するらしく、先に私だけ帰ってきた。
私と違い、伊織はそういったゲームや、アニメやらラノベにやたらめったら詳しくて、色々と熱心に教えてくれる。さっぱり理解できないが、取り敢えず聞いていると、だんだんと視線が冷たくなって行く。
「はぁ、姉さんには無理か……」の一言で、お話終了するのがいつものパターンなのだが。
珍しく、一時間に一本しか無い電車の乗り継ぎも良くて、早めに到着できた。
気持ちの良いお天気だったので、愛犬ダンのお散歩に山の方へと向かった。
ダンはそれはもう嬉しそうに、尻尾がもげてしまいそうな程ブンブンと振っている。
なんて可愛い犬っ! アパートじゃなかったら連れて帰るのに……って、あれ? そういえば、ユウは家に居なかった。ほぼ野良猫化してるから、自主散歩かな?
山の中腹に位置する実家は、隣人の家まで数キロある。本当にど田舎だ。お散歩は、いつもの山登りしつつの森林浴と、川を見ながら渓谷を橋で渡るマイナスイオン癒しのコース。樹々の間から木漏れ日が光り、そよ風と水流の音色……。殺伐とした慣れない都会生活の疲れが吹き飛ぶ。
あー! 気持ちいい。もうすぐ橋が見えてくるかな?
橋にたどり着いた頃、ササッと足元を何かが通り過ぎて行った。
今のは……猫?
気付いたらユウが橋の真ん中にいた。早く来いと言わんばかりにニャア〜オと鳴く。
太い綱と沢山の木の板を繋げて作ってある、昔からある橋。ギシリッと嫌な音がした。
反対側の綱を括り付けてあった大きな木の杭が、なんと倒れ始めたではないか。
――ウソ!? 根っこが腐ってる!?
慌てて、ダンとユウを抱えて回れ右して走る。その途端に橋が崩れた。もう少しで渡りきるのにっ。
間に合わない!
愛犬と愛猫をぎゅうっとしっかり抱きしめながら、渓谷へ落ちていった。
『……伊織さん……伊織さん。目覚めて下さい。貴方はこれから、とある世界で勇者として、国を救わなければなりません。私は転生の神。その世界へお連れします』
真っ白で眩しくて何も見えない。ダンとユウは腕の中に居る。眠っているみたいでホッとした。渓谷に落ちたはずだけど、助かったのかしら?
……………ん? 伊織?
何も無い空間に向かって、応える。
「私、伊織じゃなくて姉の巴ですけど」
『え? ……嘘でしょ!?』
バサバサっと、書類でも落ちたような音が聞こえた。
『だって! 顔だって……書類の通りだしっ!』
「顔……二卵性なのにそっくりで、よく間違われるんですよねぇ。伊織は男のくせに、なよなよ……いや、穏やかで優しいし」
更にバサバサ、ガッシャーンと聞こえた。
『イタッ』
あ、転んだのか?
『と……巴は、ロールプレイング的なゲームとか強い?』
「は? 全く出来ませんが?」
『…………! しまった……どうしよう……どうしよう。魔王は復活しちゃったのにっ! 失敗したら、ボクは追放……』
ぶつぶつと気持ち悪い独り言が聞こえる。パニックおこしてるなぁ。何なんだ、いったい?
『し、仕方ないっ。どうにか伊織を連れてくるまで、頑張っといてっ!』
突如、立っていたはずの白い空間の床が……消えた。
――そして、冒頭に至る。