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星よきファン小説

作者: 歌うたい
掲載日:2019/06/25

 静かな夜だった。

 凄惨な嵐が過ぎた後のような、命ある全ての色彩そのものが眠りについたような。

 静謐な夜だった。


 嵐が過ぎてから、結構時間が経ったけれども。

 まるで生まれた傷はそうそう容易く癒えやしないと、冷たくあしらわれるような、夜だった。



 ひっそりとした丘の上。

 さくり、と腰を降ろした草の絨毯からは、雪原を渡る時のものと似た音がなる。

 裸足に直に絡む茎の感触が少しくすぐったくて、反射的に身動ぎをしてしまって、コートの袖が砂で汚れる。


 でもそんなものは、そのままバサッと背を預けるように仰向けになれば、ほんの些細な事だった。

 寝転がった先で、形すら取り繕えないのに、息を飲む。


 ビロードの幕に近い、紺碧の清い空と、彼方を飾るスパンコールの神話達。

 聴覚に通る虫達や樹木達のざわめきが、さんざめく星々の囁きにさえ聞こえて来そうな夜空は、あまりに綺麗で。 

 この壮大なパノラマを、しっかりと、自分自身の瞳で見れたならと悔やむ心が浮き立ってしまう。



 今の自分のこの体は、青く燃える魂の炎と、脛までの足と、上腕半ばまでの手だけ。

 誰かと隣合うには。人の『間』を生きるには。歪にも程がある有り様。

 けれども。


 これは、多くの因果の成れの果てだった。

 そして、多くに救われた証だった。



「  」



 人は、星を辿って旅をするもの。

 仰ぐべき指針、矢印のない道標。


 閉じれない目を休めれば、駆け巡る様々な追想に心が寄り添う。

 自分はそれに選ばれたんだって、星の光すら死ぬ冥い底で告げられた時、反発が沸き上がったのはどうしてだろうか。



「  」



 突き付けられたと、思った。


 優れた兄妹の中で一際劣る自分が惨めなのだ。

 自分の不出来が家族の輪を乱しているんじゃないかと。

 きっと自分は愛されてないんじゃないかと。



──お前は、そんな『言い訳』に逃げているだけじゃないのか、って。



 自分が悪いと言いながら、それはいつしか過程となって、手段となって、最終的には他の誰かに押し付けていたことを。

 自分は愛されていたとして、恐れていた家族は誰も自分を否定していなかったとして。

 じゃあ、アルヴィンという器がまるで『駄目』な理由はなんなのか。

 考えるまでもなく、結局は自分自身だ。


 『それ』を突き付けられた気がした。

 散々自分が悪いと卑屈になっておいて、奥の奥、底の底の弱さと向き合う事を避けていた。

 あの時から今現在まで欠けている頭を無理矢理に掴まれて、その事実に対峙させられる事が恐かったのだ。



「    」



 そして、そして。

 比喩ではなく剥き出しになった心のまま、自分に告げられたのは、色んな言葉、色んな願い。



 人は、星を辿って旅をするもの。

 仰ぐべき指針、矢印のない道標。


 そういうものになれと言われても、きっと直ぐには無理だろう。

 英雄はある日突然『起こるもの』であっても、勇者は何かを示してこそ勇者である。


 なら、示す為の目的と道具を揃えるとして。

 浮かぶのは、当然彼女の顔だった。

 『語り部』としての自身は、主の添え物に過ぎないという内容の主張を、彼女からよく言われたけれど。

 そういう生き物なんだと、それが例え疑いようのない事実だとしても、割り切れない自分が居た。

 いや、もっと言えば……割り切れるようになれる自分の姿が恐かった。


 王族としては正解でも。

 そういう仕組みであったとしても。

 だから鬱屈とした学舎での日々でさえ、自分を一人にしてと、彼女に頼んでしまったのかも知れない。

 本当は、独りなんて嫌な臆病者である癖に。



「    」




 今なら、もう分かる。


 青い空を、不思議だと彼女に伝えた昔日。

 雲は白いものだという彼女の答えに、目を輝かせた。

 空を共に見たいと、繰り越したわがままをくすぐったそうに彼女は笑う。

 心のままに夢を重ねた時。知らなかった時。



 彼女が物語を記すという本懐を果たす、その時を。

 何より彼女自身が恐れていたんだってことを。

 臆病なのは、彼女も一緒だったのに。



「    」



 手を翳す。星空へと手を翳す。

 身勝手で勝手な彼女に護られた、肌も肉も残った『手』を翳す。


 振り切ろうとしても振り切れない後悔が、ぺたりぺたりと指紋を繋いで尾を作っては引いている。

 もっと上手くやれたなら、もっと強ければ、もっとしっかりしていれば。

 この手を包む両手があってくれたのかも知れないと。



「    」



 残酷で凄惨で、美しいものも幾つもあれど、直視すれば問題ばかりなこの世界。


 もしもこの世界が二十二の因縁で繋がるだけなのだとしたら、それはとても寂しく、厳しく、重い。膝を抱えて、頭を埋めてしまいたくなる。




「    」

『──でも』




 ねぇ、聞いてよ、夜を着飾る貴方達。

 過酷という運命に挑むには、装飾の足りてないこの身体で歩むには、今の『僕』には到底足りないものが多すぎる。

 負けるものかと勇猛果敢に立ち向かえる彼らと比べれば、あまりに頼りない。

 こうしてふと立ち止まっては、思い出に浸って慰めを求めている弱い生き物だけれど。



 それでもさ、隣合う星が彼女であるなら。

 祝福のような呪いがさ、呪いのような幸福に代わるんだって。

 この果てしない旅の先に辿り着いた結論が、そうであってくれればいいなって。


 そう言ったら、そう想ったなら……笑うかな?



「    」



 夜を歩き、朝を渡る。

 自分の運命と向き合いながらも、シナリオを進む。

 願う細い糸の色は知らなくても、繋がる先にある面影を信じて。

 ならばいっそ、今夜はその断片だった。


 連なる運命の隙間、取るに足らない垣間。

 音にすれば軽くなるから、こういう夜は都合が良い。

 口を持たない今の自分が、聞かせるには丁度良い。


 強くなる為に、浮かぶ弱い音色を抑えるならばこの夜に。

 弱音と本音を、風に溶かすならこの夜に。


 もしも自分が空に譲られた後、綴られる本に記されるには、あまりに隠しておきたい想いは。

 積み重なる前に、音にしよう。この夜に。



 物語は、なんびとも差別しません。と、彼女は言ったけれど。

 それでも僕は恐がりだから、並べられる前に、差が比べられる前に、出来るかどうかは分からないけれど、この『唯一』をその場限りにしておいて。



「    」




 漠然に立ち向かう朝と昼を繰り越せば、どうしても。

 臆病になる夜に、彼女を期待する。

 期待してしまう、そんなの分かりきっている。でもそれじゃあダメなままなんだと思うから。

 次に逢う時は、もっと、父上や兄上達のように立派で在りたいから。



 だからこれは、どこにも記されないような独り言。

 彼女には。

 『ミケ』にはとても聞かせれないような、独り言。


 ねぇ、だからさ、勝手な頼みだとは思うけれど。



 この場限りの、望みの言葉を。

 頭上の夜で輝く、あなたに願う。







 星よ。


 今宵はどうか、聞かないふりを。


 都合の良い、静かな夜であって欲しい。









 スルリと甘く艶光る草花を、夜風が進む。


 それが不思議と、仕方がないなって苦笑するみたいに聞こえたのは、きっと。






──fin.

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最っ高でした 言葉の選び方がすごくきれいで素敵、特に『スパンコールの神話達』!!! 痺れました! [一言] アルヴィンくん、アルヴィンくん…………………………ふぐぅ………………
[良い点] 歌うたいさん、本当に本当にありがとうございます。 第一部後、原作では書ききれなかったアルヴィンの心が、こうして私以外の方の手で描かれるということ。 キャラクターたちが私の手を離れて、読者さ…
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