星よきファン小説
静かな夜だった。
凄惨な嵐が過ぎた後のような、命ある全ての色彩そのものが眠りについたような。
静謐な夜だった。
嵐が過ぎてから、結構時間が経ったけれども。
まるで生まれた傷はそうそう容易く癒えやしないと、冷たくあしらわれるような、夜だった。
ひっそりとした丘の上。
さくり、と腰を降ろした草の絨毯からは、雪原を渡る時のものと似た音がなる。
裸足に直に絡む茎の感触が少しくすぐったくて、反射的に身動ぎをしてしまって、コートの袖が砂で汚れる。
でもそんなものは、そのままバサッと背を預けるように仰向けになれば、ほんの些細な事だった。
寝転がった先で、形すら取り繕えないのに、息を飲む。
ビロードの幕に近い、紺碧の清い空と、彼方を飾るスパンコールの神話達。
聴覚に通る虫達や樹木達のざわめきが、さんざめく星々の囁きにさえ聞こえて来そうな夜空は、あまりに綺麗で。
この壮大なパノラマを、しっかりと、自分自身の瞳で見れたならと悔やむ心が浮き立ってしまう。
今の自分のこの体は、青く燃える魂の炎と、脛までの足と、上腕半ばまでの手だけ。
誰かと隣合うには。人の『間』を生きるには。歪にも程がある有り様。
けれども。
これは、多くの因果の成れの果てだった。
そして、多くに救われた証だった。
「 」
人は、星を辿って旅をするもの。
仰ぐべき指針、矢印のない道標。
閉じれない目を休めれば、駆け巡る様々な追想に心が寄り添う。
自分はそれに選ばれたんだって、星の光すら死ぬ冥い底で告げられた時、反発が沸き上がったのはどうしてだろうか。
「 」
突き付けられたと、思った。
優れた兄妹の中で一際劣る自分が惨めなのだ。
自分の不出来が家族の輪を乱しているんじゃないかと。
きっと自分は愛されてないんじゃないかと。
──お前は、そんな『言い訳』に逃げているだけじゃないのか、って。
自分が悪いと言いながら、それはいつしか過程となって、手段となって、最終的には他の誰かに押し付けていたことを。
自分は愛されていたとして、恐れていた家族は誰も自分を否定していなかったとして。
じゃあ、アルヴィンという器がまるで『駄目』な理由はなんなのか。
考えるまでもなく、結局は自分自身だ。
『それ』を突き付けられた気がした。
散々自分が悪いと卑屈になっておいて、奥の奥、底の底の弱さと向き合う事を避けていた。
あの時から今現在まで欠けている頭を無理矢理に掴まれて、その事実に対峙させられる事が恐かったのだ。
「 」
そして、そして。
比喩ではなく剥き出しになった心のまま、自分に告げられたのは、色んな言葉、色んな願い。
人は、星を辿って旅をするもの。
仰ぐべき指針、矢印のない道標。
そういうものになれと言われても、きっと直ぐには無理だろう。
英雄はある日突然『起こるもの』であっても、勇者は何かを示してこそ勇者である。
なら、示す為の目的と道具を揃えるとして。
浮かぶのは、当然彼女の顔だった。
『語り部』としての自身は、主の添え物に過ぎないという内容の主張を、彼女からよく言われたけれど。
そういう生き物なんだと、それが例え疑いようのない事実だとしても、割り切れない自分が居た。
いや、もっと言えば……割り切れるようになれる自分の姿が恐かった。
王族としては正解でも。
そういう仕組みであったとしても。
だから鬱屈とした学舎での日々でさえ、自分を一人にしてと、彼女に頼んでしまったのかも知れない。
本当は、独りなんて嫌な臆病者である癖に。
「 」
今なら、もう分かる。
青い空を、不思議だと彼女に伝えた昔日。
雲は白いものだという彼女の答えに、目を輝かせた。
空を共に見たいと、繰り越したわがままをくすぐったそうに彼女は笑う。
心のままに夢を重ねた時。知らなかった時。
彼女が物語を記すという本懐を果たす、その時を。
何より彼女自身が恐れていたんだってことを。
臆病なのは、彼女も一緒だったのに。
「 」
手を翳す。星空へと手を翳す。
身勝手で勝手な彼女に護られた、肌も肉も残った『手』を翳す。
振り切ろうとしても振り切れない後悔が、ぺたりぺたりと指紋を繋いで尾を作っては引いている。
もっと上手くやれたなら、もっと強ければ、もっとしっかりしていれば。
この手を包む両手があってくれたのかも知れないと。
「 」
残酷で凄惨で、美しいものも幾つもあれど、直視すれば問題ばかりなこの世界。
もしもこの世界が二十二の因縁で繋がるだけなのだとしたら、それはとても寂しく、厳しく、重い。膝を抱えて、頭を埋めてしまいたくなる。
「 」
『──でも』
ねぇ、聞いてよ、夜を着飾る貴方達。
過酷という運命に挑むには、装飾の足りてないこの身体で歩むには、今の『僕』には到底足りないものが多すぎる。
負けるものかと勇猛果敢に立ち向かえる彼らと比べれば、あまりに頼りない。
こうしてふと立ち止まっては、思い出に浸って慰めを求めている弱い生き物だけれど。
それでもさ、隣合う星が彼女であるなら。
祝福のような呪いがさ、呪いのような幸福に代わるんだって。
この果てしない旅の先に辿り着いた結論が、そうであってくれればいいなって。
そう言ったら、そう想ったなら……笑うかな?
「 」
夜を歩き、朝を渡る。
自分の運命と向き合いながらも、シナリオを進む。
願う細い糸の色は知らなくても、繋がる先にある面影を信じて。
ならばいっそ、今夜はその断片だった。
連なる運命の隙間、取るに足らない垣間。
音にすれば軽くなるから、こういう夜は都合が良い。
口を持たない今の自分が、聞かせるには丁度良い。
強くなる為に、浮かぶ弱い音色を抑えるならばこの夜に。
弱音と本音を、風に溶かすならこの夜に。
もしも自分が空に譲られた後、綴られる本に記されるには、あまりに隠しておきたい想いは。
積み重なる前に、音にしよう。この夜に。
物語は、なんびとも差別しません。と、彼女は言ったけれど。
それでも僕は恐がりだから、並べられる前に、差が比べられる前に、出来るかどうかは分からないけれど、この『唯一』をその場限りにしておいて。
「 」
漠然に立ち向かう朝と昼を繰り越せば、どうしても。
臆病になる夜に、彼女を期待する。
期待してしまう、そんなの分かりきっている。でもそれじゃあダメなままなんだと思うから。
次に逢う時は、もっと、父上や兄上達のように立派で在りたいから。
だからこれは、どこにも記されないような独り言。
彼女には。
『ミケ』にはとても聞かせれないような、独り言。
ねぇ、だからさ、勝手な頼みだとは思うけれど。
この場限りの、望みの言葉を。
頭上の夜で輝く、あなたに願う。
✡
星よ。
今宵はどうか、聞かないふりを。
都合の良い、静かな夜であって欲しい。
✡
スルリと甘く艶光る草花を、夜風が進む。
それが不思議と、仕方がないなって苦笑するみたいに聞こえたのは、きっと。
──fin.




