平成20年①
僕は中学生になってスポーツを始めた。それはテニスだ。別にテニスをやりたくてテニス部に入ったのではない。このまま授業以外、人と接せることなく家に籠る状態は良くないと考え運動部に入ることを決意した。サッカーや野球、バスケと違って個人プレーなのでテニスでいいやと軽い気持ちで選んだ。最初は軽い気持ちだったが、僕は皆んなより覚えが悪く、しかも運動神経も悪いので、一人だけ浮いた存在になった。
練習前に学校の外周を10往復するのだが、僕が1番最後に終える。僕が外周を終える頃には他の部員たちは休憩を終えボールを打つ練習を始めている。コートに入ってもラケットにボールに当てるのが精一杯で、時々ラケットのフレームに当たってテニスコート場を覆うネットを超え、その先にあるドブへ何回もホールインワンしたこともあった。そのたびにドブに行きボールを取りに行っていた。3回目あたりでは、ドブから転落して泥だらけになって部員たちに笑われた。
僕は皆んなに追いつきたいがために、家に帰宅した後、近所をランニングしたり、マンションの駐車場で素振りの練習をした。駐車場で素振りの練習をしているとよく幼馴染のお姉様に会う。
「頑張ってるね!万年補欠くん!」
「うっせ」
「いつから、そんなかっこつけた言葉使うようになったの?あれ?ひょっとして中学デビュー?」
「うっせ」
僕の必死な顔を見て幼馴染は笑いながら家に帰って行った。
なんだよ、自分は高校デビューしたくせに。
そして、僕の小さな積み重ねがだんだんと積もり、2年の終わりまでイレギュラーだった僕が3年生になって初めてレギュラーを勝ち取った。
(塵も積もれば山となるかぁ。)
チームも最後の大会で地区大会を突破して夏の県大会に出場することになった。これで勝ち進めば北陸大会にも出られる。
その日も最後の夏大会に向けて夜、駐車場で素振りの練習をしていた。
するとチャリンコを乗って帰宅する幼馴染と会った。
「お!今日も頑張ってるね!万年補欠くん!
あ、もう補欠じゃないんだっけ?」
「そーだよ。」
「うちのお母さんがあたなのお母さんから聞いたって。『うちの春樹がようやくレギュラー入りして今度県大会に出るの。』って喜んでたって。」
「ふーんそう。」
美喜ちゃんは微笑みながら
「春樹くん変わったよね。いい意味で変わった。すごいたくましくなった。練習してる時の目つきなんて、真剣にそのものだもの。」
僕は頬を赤くしながら
「ありがとう」
と呟いた。
「あれ?照れてる?褒めすぎちゃったかな?」
と小馬鹿にするように笑っていた。
「練習の邪魔だから。もう帰りなよ。」と言うと
美喜ちゃんはプク〜と頬を膨らませながら
僕の所に寄ってきた。
「そんな、酷いこと言わなくていいでしょ?」
僕はちょっと距離を取って離れた。
「ちょっと、なんで離れるのよ!
あれ?もしかして、JK一ノ瀬のこと気になってるな!」
「気になってないし。」
内心は気になっている。てか、高校生になってより一層べっぴんさんになったよ美喜ちゃんは。
美喜ちゃんは真面目な顔になって、
カバンから白い小さな紙袋を出して、そこからお守りを出して僕に渡した。
「はーい!気合いだ!気合いだ!気合いだ!」
「え‥アニマル浜口のマネしてどうしたの?」
「お守りを見てよ!気が入ってるでしょ?」
「き?」
お守りには「気」と縫ってあった。
「お母さんと石川県に行く用事があって気多大社に行ってきたの。これは私とうちのお母さんからのプレゼント。気合い入れて頑張ってね。」
「美喜ちゃん。ありがとう!頑張るね!」
「んじゃ、帰るね〜バイバイ」
と言って家に帰って行った。
僕はそのお守りを握りしめて素振りの練習を続行した。
しかし、残念ながらチームは県大会1回戦負けで僕は大会直前に肉離れになりチームから離脱した。結局、最後の大会には出れずに部活を引退した。僕は本当に自分自身が情けなく、自分の存在がこのまま消えてしまいとも思った。美喜ちゃんに大会の結果を聞かれるか不安だった。なんて、話したらいいだろうか。落胆しないだろうか。
中学3年の夏休み、部活を引退したので受験勉強に専念しようと考えていた。地元の図書館へ勉強をしに行った。本は集中して読めるのに、勉強は集中して出来なかった。すぐ気が散って、シャーペンを解体したり、消しゴムをちぎって無意識に遊んでいた。気がつくと2時間たっても勉強していない状態だった。お昼になって勉強するのも気が遠くなり、図書館で何もしないで帰宅する。お昼ご飯を家で食べて、午後は近所の高架下のテニス壁打ち場へ行き、壁打ちでボールを打って夕方に帰る。これが夏休みの日課だ。本当にどうしようもない。このクソな夏休みの日々を過ごしている中で、美喜ちゃんのことをずっと考えてしまう。御守りを僕にせっかく渡してくれたのに、なんて報告すればいいのか、しょっちゅう考えていた。
その日も壁打ちテニスから帰宅して、マンションの駐輪場にチャリを止めていた。
すると、制服を着た幼馴染がチャリに乗ってこっちに向かって来た。
僕はテニスの練習着を着ていたので、とても気まずかった。
幼馴染はチャリを颯爽に降りて
「テニス好きだね。本当にテニスバカ。」
と言い笑いながら話しかけてきた。
僕はなんて話せばいいか分からなくて、あ〜とか言った。
美喜ちゃんは僕のテニスバックを見つめて
「ねぇ、そのバックの中身見せてよ。」
と言ってきた。
「別にいいけど。面白い物は入ってないよ。」
「本当に?エロ本とか入ってるじゃないの?」
美喜ちゃんはニヤニヤしながら僕のことを見ている。
「そんな物は入ってませんけど。」
「じゃあ、早く中身見せてよ」
と言われたのでバックの1番大きいチャックからラケットを出した。
美喜ちゃんは僕のラケットを手に取り
「へぇーこのラケットかっこいいね!思ったより軽いね!」
と言った。
「軟式ラケットだから硬式よりは軽いよ。このラケットはヨネックスのナノフォース7000Sっていうラケットなんだ。僕はラケットのデザインが好きでさ。」
「オレンジと赤が混じってかっこいいね。男の子らしいラケットだね。」
僕は照れながら頭の後ろを手でかいた。
「こっちのポケットは?何入ってるの?」
「こっちはね、テニスのグリップ。」
「グリップ?」
「ラケットの持つ所に巻くやつ。握りやすくするんだよ。」
美喜ちゃんはへぇーと言いながらオレンジのグリップを手に取った。
「これ、なんかいいね!テニス以外でも使えそう!いいなぁ。これ!」
「これ、ラケット用だからラケットしか使えないよ。別にもう使わないから、あげてもいいけど。」
美喜ちゃんは笑顔で
「本当にー?貰っていい?」
「いいけど、美喜ちゃん何に使うの?」
「内緒」
よく分からなかったけど、グリップは美喜ちゃんにあげた。
「ここの小さいポケットは?」
「いや、そこは‥」
美喜ちゃんは疑いの目で
「やっぱり、エロ本?」
「ポケットが小さ過ぎて、エロ本入らないからね。」
と言っている間に美喜ちゃんはポケットを開けてあるものを取り出した。
美喜ちゃんは真面目な表情になった。
「あ‥これ、大事に取ってくれたんだ。」
「美喜ちゃんから受け取って貰った物だもん。あと、ごめん!」
「え?どうしたの?」
「僕、大会出れなくてさ。怪我してさ。御守り貰ったのに、本当にごめん。」
僕は深々と頭を下げた。
美喜ちゃんは僕の目を見ながら
「大会出れなかったのは知ってるよ。別に謝らなくてもいいんじゃない?春樹くんが悪いわけじゃないし。1番大事なのは、それに向けて練習して努力したことなんじゃない?最終的には怪我して出れなかったけど、その怪我が努力の証なんだよ。」
僕は美喜ちゃんの一言一言が嬉し過ぎて泣きそうになった。なんで、この人の心は繊細で綺麗なんだろう。深く考えていたことがこの人のおかげで解消された。
美喜ちゃんは微笑みながら
「その御守りを大事に持ってくれたことが、嬉しいの。」
僕は頬が熱くなってくるのが体感で分かった。エクボがキュッと上がって微笑む美喜ちゃんはまさに天使だった。
「春樹くん!大事なのはポディティブシンキングだよ!」
「???」
「え?分からない?」
「うん?」
「春樹くん英語苦手?」
「うん。」
「今年受験生でしょ!しっかり勉強しなさい。」
「はい。」
一気にさっきまでのムードが冷めた。
美喜ちゃんは呆れた様子で
「来年受験なんだから、ある程度は勉強した方がいいよ。私も勉強嫌いだけど、ある程度は勉強したし。」
美喜ちゃんはうーんと考えながら
「まだ、部活と受験生の線引きができてないのよ。
いきなりだけど、明日暇?」
僕は満面の笑みで
「うん!空いてるよ!」
「明日、春樹くんのお疲れ会を開催するね。主催者は一ノ瀬美喜。出席者は高瀬春樹でお願いします。というこで、明日富山駅に10時で!はい!お疲れさん!」
と言って美喜ちゃんは家に帰った。
僕は美喜ちゃんの変なテンションに首を傾げながら家に帰った。




