平成26年②
東京の4月も富山と変わらず、ちょうどよい暖かさだった。
3年間渋谷に通っていて驚いたのは、この間に渋谷駅が急激に変わっていることだ。渋谷ヒカリエがドカンとそびえ立ち、山手線のホームはずっと工事をしている。
僕はいつも通り、大学までの坂を上っていた。すると後ろから、
「高瀬くん!」
と、いきなり声をかけられた。振り返ると、名波さんがいた。
「あ、名波さん」
名波さんはキュッと口角を上げて、
「おはよう! 高瀬くんも同じ授業かな?」
と声をかけてきた。
「うん、多分。同じ資格だし、一緒かな」
と答える。
名波さんとはあまり話したことがない。いかにも陽キャラという感じだな、と心の中でつぶやいた。
「高瀬くんって富山出身なんでしょ? 富山ってどんな所?」
「どんな所かぁ。うーん。田舎といえば田舎かな。海があって山があって、個人的には東京よりご飯が美味しいかなって」
そう答えたが、反応がない。不思議に思って名波さんを見ると、スマホをポチポチいじりながら、
「あ、もしもしエミリー? 今、高瀬くんといるんだけど、エミリーもう教室着いた?」
と電話していた。
(いや、質問しといてスルーかよ)
今日の授業は、学芸員資格のゼミだった。
教室に入ると、エミリーと飯田がいた。
「なんで? 飯田いるんだ?」
飯田は僕の後ろにいた名波さんをチラッと見たあと、
「いや、俺もさ、家にいても暇だから学芸員資格やることにした。続けられるか分からんけど」
と言った。
ゼミは全員で15人。最初は自己紹介から始まり、名前や出身地、趣味などを一人ずつ前に出て話した。
先生が、
「じゃあ次は、名波花音さん」
と言うと、名波さんは笑顔で前に出た。
「名波花音です。3年生です。音楽サークルと学生サポーターをやっています。
音楽サークルは、中学・高校で吹奏楽部だったので入りました。
お兄ちゃんがこの大学の卒業生で、学生サポーターをやっていたので、私もやろうかなと思って。明日から大学説明会の準備があるので、忙しくなりそうです。
趣味は料理です! 今はビーフストロガノフを練習しているんですけど、お母さんみたいにうまく作れなくて。以上です!」
そう言って、少し照れながら席に戻った。横にいたエミリーが、僕のことをチラッと見た。
授業はオリエンテーションだけで、45分ほどで終わった。
授業後、エミリーと一緒に宮川の授業を受けに移動していると、
「ねぇ高瀬。知り合いの女の子紹介してあげよっか?」
と唐突に言われた。
(何を言い出すんだ、この人は)
「なんで? 別にいいよ」
「花音は無理だよ。彼氏いるし。叶わない恋だから、きっぱり諦めたほうがいいよ」
「別に好きってわけじゃないし」
「いや、もう顔に出てるのよ。『花音のことが好きです』って」
「マジで?」
「自己紹介のとき、ずっと真正面から見つめてたし。花音が今練習してる料理は?」
「ビーフストロガノフ」
「ほら、ちゃんと聞いてるじゃん」
「そりゃあ、人の話はちゃんと聞いてるよ」
「じゃあ、私が自己紹介で言ってた、ハマってる料理は何?」
「ハンバーグ?」
「オムライスです」
「でもさ、エミリー。俺は名波さんは違うかなって。あんまり人に興味なさそうというか、なんというか」
「言いたいこと分かるよ。あっさりしてる感じでしょ?」
「そう。だからなんか違う気がして。もう少し大人っぽい人がいいというか」
「チューした幼なじみと比べてるの? ていうか、その人まだ会えてないの? 彼氏できちゃうよ? 私たちより年上なんでしょ。もう彼氏くらいいるかもね」
すると、後ろからいきなり尻を蹴られた。振り向くと斎藤がいた。
「おう! お前ら夫婦漫才してんな!」
エミリーが笑いながら、
「違うよ。高瀬がまた花音のこと思い出して、頭の中お花畑になってるの」
「変態!」
「違うわ! エミリーも変なこと言うなよ」
「変態!」
当時の僕は、名波さんのことが本当に好きだった。
だからこそ、自分に都合のいい言い訳を考えて、諦めようとしていた。
少しだけ、複雑な気持ちだった。




