平成26年①
3年生になり、授業の単位もある程度取れてきたので、学芸員の資格課程も追加で履修することにした。
昔から博物館や美術館の雰囲気が好きだった、という理由だけで取るのもどうかと思ったが、せっかく文学部にいるのだから取っておくか、という適当な考えだった。
博物館学の授業は大教室で、1〜3年生が履修できるため、学生たちで溢れていた。
僕は中央のやや右側、人が少なそうな席を選んで座った。
いつもなら授業が始まるまで飯田やエミリーたちと話しているのだが、今日は知り合いがいなさそうだ。
「あ、高瀬じゃん。高瀬も学芸員取るの?」
声をかけられて横を振り返ると、エミリーと、エミリーの友達らしき女の子が立っていた。
「エミリーも学芸員取るんだ。知り合いがいて良かったよ」
エミリーもほっとした表情をして言う。
「私も高瀬がいて良かったと思ったよ。授業休んだ時、ノートとか助かるし」
「俺は便利屋じゃない」
エミリーはくすっと笑いながら言った。
「あ、で、この子は隣の学部の花音! こっちは便利屋の高瀬!」
「便利屋じゃないですけど。高瀬です。よろしく」
「名波花音です。高瀬くん、よろしくね」
満面の笑みでそう答えた。
髪はやや茶色がかっていて小柄だが、スタイルが良く、たぶん相当モテるんだろうな、という雰囲気をまとっている。
エミリーは僕の顔をじっと見て、
「高瀬! 花音のこと一目惚れしたでしょ? でしょ? でしょ? でしょ?」
としつこく言ってきた。
僕は真顔を装って答える。
「初対面の人をすぐ好きにはなりません」
エミリーは僕の隣の席に腰を下ろしながら、
「残念だけど、花音は彼氏いまーす。高瀬くん残念でした〜」
とニヤけて言った。
その様子を見ていた名波さんは、柔らかく笑っていた。
授業は座学で、先生の話を延々と聞くだけだったので、眠気と格闘する羽目になった。
そして、授業が終わり、ようやくその戦いも終わった。
エミリーも欠伸をしながら、「退屈だった」と言っている。
スマホをつけると、グループLINEに沙優からメッセージが来ていた。
――これから暇!笑
――カフェテリア、誰か来れる人!
エミリーが目を擦りながら言う。
「高瀬もカフェテリア行くでしょ? 花音はどう? 一緒に行く?」
「あ、ごめん。この後、彼氏と待ち合わせなんだ。ごめんね」
それを聞いたエミリーは、
「どんまい高瀬!」
と言った。
「いやいや、なんで俺が勝手に振られてるんだよ」
名波さんも笑いながら、
「高瀬くん、ごめんね。じゃあエミリー、また今度ね!」
と言って、急いで教室を出ていった。
カフェテリアに向かうと、沙優、斎藤、飯田、沼山がすでに集まっていた。
沙優が僕ら二人を見つけて、
「おーい!! こっちだよ!」
と大声で叫んだ。
叫ばれて、僕もエミリーも少し恥ずかしくなったが、沙優はいつも通りで、逆にそれが自然に思えた。
「ヤッホー、エミリーに高瀬! 二人とも一緒の授業?」
「そうだよ。高瀬と同じ資格の授業。で、高瀬が私の友達に一目惚れしてた」
「いや、違うって」
男どもは「うわぁ〜高瀬〜」と冷やかしてくる。
沙優は目を輝かせて、
「どんな人なの?」
と聞いてきた。
「外国文学科の名波花音。私と1年の頃から交流ある子」
沙優が一瞬、「え?」という表情をした。
「名波花音さんって、めっちゃ美人の子でしょ?
外国文学科ですごく可愛い子って有名だよね?」
斎藤も目を輝かせて、
「いいなぁ! 高瀬、俺にも紹介してくれよ!」
と言う。
「いや、俺、連絡先も知らないし。エミリーに聞いてくれよ」
沙優が少し考えるように言った。
「でも私の記憶だと、名波花音さんって彼氏いたよね?
それに、外国文学科で一番可愛いのが名波花音、史学科で一番可愛いのが狭山沙優、って言われてるんだよね」
みんな、何も言わずにスルーした。
すると飯田が唐突に、
「あの、一言いい? 俺、彼女できたわ」
と言った。
エミリーと沙優が、
「えーーーー!?」
と叫ぶ。
「うるさい。ちゃんと話すから静かにして」
飯田の話によると、地元の甲府に帰ったとき、中学の同級生と偶然駅で再会し、そこから交際に発展したらしい。
エミリーは僕の方をじっと見ながら、
「飯田の方が先に彼女できちゃったね」
と言った。
斎藤がため息交じりに言う。
「あーあ。なんで恋人持ちが二人もいるんだよ。
高瀬は、その観音さん? って人といい感じなんだろ?」
「花音さんね。史学科っぽい間違いするなよ。
それに、俺は今日初めて会ったばかりだし、彼氏いるって言ってたし」
沙優はニヤッと笑って、
「いや〜、分からないよ。上手くすぅ〜っと入り込めたりするかもよ?」
と言った。
「俺はそんな、奪うみたいなことしないし、そんな勇気もないよ」
飯田が腕を組んで、偉そうに言う。
「高瀬。山の天気と女心は変わりやすいんだよ」
沙優が笑いながら、
「さすが! 飯田ぱいせん! かっこいい!
てかさ、その彼女さんと、やったの?」
飯田が首をかしげて、
「何を?」
「エッ○だよ!」
沼山が慌てて、
「狭山さん、ここカフェだから。音量下げて」
と言った。
周囲の人たちが、ちらっとこちらを見る。
沙優以外の僕たちは顔を赤くして、下を向いた。
沙優だけが、楽しそうに笑っていた。




