戦います
今日も両親の企てた茶会が開かれ、いつものように三男から五男は強制参加。
三男は一人ずつバラの咲く庭を一周しては、別の女性と同じことを繰り返す。そんな三男と二人きりでバラ園を歩きたいと望む令嬢は多く、長蛇の列が作られている。皆大人しく、自分の順番を心待ちしている。
三男は特定の相手を作ろうとしないのに、どうしてそこまで……。王子という地位のおかげか、それとも僕には分からない魅力があるのか。僕には分からないが、ひょっとしたらと期待を抱く諦めきれない彼女たちが、いじらしく見える。
僕とシェリーは、今回も茶会に参加している。
シェリーはこげ茶色のレース付きのリボンで髪をハーフアップに結い、可愛らしく着飾っているが、いつもより食欲が少ない。
もっち……。もっち……。どこか浮かない顔で、ゆっくりと口を動かしている。
「あらあ、シェリー様。地味な色のリボンですこと」
出たな! 悪役令嬢、アルテ!
だが今回の君の発言は、最近の中で最も愚かなもの! なにしろ反論できる内容なのだからな!
僕はにっこりと彼女に向け、笑う。
「やあ、アルテ嬢。僕の髪の色と同じリボンは、そんなに地味かな?」
己の失言に気がついたのか、顔を青ざめ、ひいぃ! という無言の叫びをあげる。
「で、殿下の髪の色のリボンを身につけるとは、シェリー様のお気持ちが伝わってきますわ! よ、よく見ると似合っていて素敵ですわよ! ではごきげんよう!」
取り巻きを連れ、アルテは逃げて行った。
「あの、ビルゴ様」
薄いピンク色のドレスを着たクラシアが、口もとに拳を当てながら、おずおずと話しかけてくる。
出たか、クラシア。
……君、先日僕が忠告したことを忘れたのかな? どうして敬称を付けない。怒りを抱くより、呆れてしまう。
もち……。もちもちもちもちもち。もちもちもちもちもちもち。
それまでゆっくりだったシェリーの咀嚼が、一気にスピードを上げる。さらにいつかのように、眉間にしわが寄っている。
僕はわざと大きく息を吐き、椅子に座ったまま彼女を睨みあげる。
「クラシア嬢。二度目はないと言ったはずだが?」
「でも……。先日は二人でお会いしてくれたではありませんか」
じわりと涙目で、誤解を与える物言いは止めてくれ! 君が勝手に押しかけてきたのだろう⁉
だがここで慌てたり、動揺を見せたりしてはならない。落ち着け。彼女の魂胆は分かっているじゃないか。彼女のペースに呑まれるな。
「あれは君が謝礼を述べたいと言い張ったので、仕方なく会っただけだ。それ以上の他意は無い。それに人と面会中だと説明しても粘って帰らないので、応対した者も困り果てたので、対応しただけだ。それと敬称を付けるように忠告したのに、君はそれを無視するのか」
今や茶会に参加している面々は、僕たちに注目している。
ここで僕は席を立ち、クラシアと向かい合う。少しばかり僕の身長が高いので、今度は冷たい目で見下ろす。
「それは……! 私がビルゴ様をお慕い申し上げているからです! どうしても二人きりでお会いしたくて……! そう思うのは、いけないことですか⁉」
「では君は、国王陛下を慕っていれば、陛下を名で呼ぶ無礼を働き、無理やり二人きりでお会いするということか」
「そ、それは……。陛下には王妃様がいらっしゃいますし……。一国の主である御方に、そんな恐れ多いことは……」
うん? 陛下や王妃は恐れ多いのに、王子である僕は違うのかい?
確かに両親に比べたら僕の地位は低い。兄弟の中でも末っ子だから、一番低いと言ってもいいだろう。
だけど僕も王族だからね。侯爵である君の家より、高位の者だからね。そのことを君、理解しているのかな?
人前でさも特別な関係だと匂わせ、敬称を付けず僕の名を親しそうに呼び、告白したことで気を引こうとしたのかもしれないけれど……。僕の気持ちは君に向いていないから、少しも響かない。
シェリーに対抗するライバル令嬢ポジションを狙い、その座を奪おうとしているようだが、浅はかでライバルにすらなっていない。
シェリー相手なら、簡単に勝てるとでも考えたのだろう。ずい分と僕らを軽んじているね。
「それにビルゴ様は、ただシェリーに寵愛を向けていらっしゃるだけで、婚約された訳でもなく……! 恋愛は自由だと思います! だから私」
「シェリー」
僕がクラシアの言葉を遮るように優しく名を呼べば、慌ててごくりと口に入れていた食べ物を飲みこむ。
この状況で食べ続けていられる君も、なかなか豪胆だね……。いや、気を落ちつかせようとしていたのかな。
これからなにが起きるのか分かったのか、珍しく緊張した面持ちの彼女の手を取り、立ち上がらせる。
「この場で発表する予定ではなかったけれど……。昨日、僕たちは婚約を結んでね。もちろん彼女の両親も認めて下さった。恋愛は自由という意見を否定するつもりはないけれど、これ以上立場を弁えない態度を改めないのであれば、正式に陛下へ報告を行おう。王族を侮辱し、不敬を働いていると」
シェリーは顔を真っ赤にし、少し視線を下に向けている。
皆から注目され、照れているんだよね? いや本当、こんな形で発表する気はなかったんだ。そこはごめん。だけどクラシアとの対決はまだ終わっていないから、もう少し頑張ってくれ。
「それからクラシア嬢。よくも前回の茶会で、シェリーを陥れようとしてくれたね」
「お、陥れる? なぜ私が……! どのような証拠があって、そのようなことを⁉」
やはり君、気がついていないのか。最初から失敗していることに。
「単純な話だよ。あの時君は、ケーキを食べている最中のシェリーに話しかけたと、言っただろう?」
「は、はい。だからシェリーは驚いてケーキを落とし、それが私のドレスに付いたのです」
「でもあのテーブルには、椅子がなかった」
僕の言いたいことが分からないクラシアは、きょとんとする。
「シェリーはね、必ず座して食事をするんだ。立食パーティーだろうと、必ず座る場所を見つけるほどにね。だからあの時、立ったままケーキを食していたなんて、あり得ないんだよ。それなのに君は、今も食していたシェリーに話しかけたと言った。しかもシェリーの持っていた皿は綺麗なもので、ケーキが乗っていた跡はなかった。つまりあの出来事は、シェリーが新しいケーキを取りに行った時を狙った、君の自作自演だろう? さてクラシア嬢、釈明はあるかな?」
クラシアは悔しそうに顔を歪め、ぶるぶると体を震わす。
反論を考えているかもしれないが、潔く負けを認めるのが一番だと思うよ? だけど謝罪の言葉を口にしようとしない。まだ諦める気がないのかい? 本当にしつこいな。
「あらあら、今度正式に発表するつもりだったけれど……。でも多くの方が集まっている場ですものね、発表するには丁度良かったわ。そういうことなのよ、クラシアさん。ビルゴとシェリーちゃんは婚約したの。だから横恋慕なんて無駄だから」
離れていた場にいた母が、にこにこと笑いながらやって来る。
「先ほどから聞いていたけれど、どうして私の息子である王子に対し、無礼な振舞いを行えるのか理解できないわ。だけど人を慕う気持ちは他人に言われたからと、止められるものではないものね。だけどね、あなたは貴族令嬢。自分の立場や、上位の者を敬う気持ちを忘れてもらっては、困るの。それとも今世を担う私たちには敬う価値がないと、侯爵家は考えているのかしら?」
顔色が青くなるどころか真っ白にさせたクラシアが、がたがた震えながら、首を大きく横に振る。
「そ、そんなつもりは! 考えておりません!」
「あらあ、良かったわ」
ぽん。と笑顔で両手を打つ母。
「貴女の家の侯爵領、最近領民から急激に人頭税が上がったと訴えが挙がってね。この国では人頭税を引き上げるには、陛下の承認が必要でしょう? それを怠っているので、陛下に不満を持っているのかと危惧していたのよ。ねえ、なぜ急に人頭税を上げたのかしら?」
少し首を傾け笑顔の母だが、まとう空気は真っ黒だ。周囲に立つ多くの者が、巻き込まれるなと、後ずさりするほどに。
「あなたはまだ領地経営に関与していないでしょうから、理由は知らないでしょうね。だから近々、侯爵に事情説明を求める予定なのよ」
「母上。事情説明は、今ごろ父上が行っている最中ではありませんか」
「あらあ、そうだったわね」
分かっていて、この言動。
おっとりとしているように見え、怒らせると非常に恐ろしい人だ。父になにかあれば、王妃である母が指揮を執るので、それなりの性格でないと務まる訳がないので、当たり前だけど。
「皆さん、お騒がせしてごめんなさいね。あらあ、まだ列は続いているじゃない。ほら、早くお嬢様たちをバラ園にご案内差し上げて。フェンサたち二人も、素敵なお嬢様たちが会話をされたいとお待ちよ。さあさあ、皆、お茶会を楽しんでちょうだい」
王妃に言われれば、もめ事などなかったように場は再開される。
味方のいないクラシアは、事実を確認したい思いもあるのだろう。無言で会場から逃げるように去った。
「シェリー、ごめんね。怖かっただろう? たくさん嫌な思いもさせて、本当にごめん」
本来の予定では、もう少し後で母から皆へ発表を行うはずだった。だから自分の髪の色と同じリボンを贈り、身に着けてもらったのに……。
謝ると、シェリーは無言で席につく。
それから僕の上着の先を掴み、赤らめた顔で上目づかいで見つめてくる。
「……恥ずかしかったけれど……。これからは堂々とできるようになったから、いい」
――― 完 ―――
お読み下さり、ありがとうございます。
今回も『あんこ』の表現に苦労しました。
前回もですが、それがない場所でそれを初めて見たら、どう思うかなど。表現するのが、これほど難しいとは……。
この作品はそういう意味では、とても勉強になりました。
今後この作品の続きを書くかは、分かりません。
話が浮かんだら、三章として発表します。
どの章で完結しても良いように、伏線などは残さないよう、この作品では気をつけています。
シェリーの感情に合わせ、『もちもち』の速度を変えるのも、なんだか楽しかったです。
平成31年3月7日(木)
村岡みのり
◇◇◇◇◇
参考文献
「図解 中世の生活」
著者:池上正太・株式会社新紀元社