困ったさんが現れました
続編が完成しましたので、2章目という形で公開いたします。
もっちもっち。
今日もシェリーはよく噛み、幸せそうな顔で食べている。
多くの者が歓談に興じる中、僕と彼女は並んで座り、ほとんど会話もせずケーキを食している。
多くの肉食系令嬢に囲まれている五男、フェンサ兄上が助けてくれと目で訴えてくるが、気がつかない振りをする。兄上も特定の相手を見つければいいのに。そうすれば、困った事態から逃れられるのに、なぜ見つけようとしないのだろう。
フェンサ兄上の視線から逃げるように顔を横に向け、シェリーの顔を見て気がついた。
「シェリー、口もとにクリームが付いているよ」
そう言いながら、ナプキンで拭ってあげると……。
「おーっほっほっほっほっ。シェリー様、まるで幼い子どものようですわねえ? あなたもいい年齢なのだから、食事の作法をもっと身に付けるべきではありませんか?」
最近、高笑いというスキルを身に付け、ますます悪役令嬢としてレベルアップしたアルテが登場するなり嫌味を吐く。もちろん今日も背後にはいつもの取り巻き連中が控え、彼女たちもにやにやと笑っている。
もちもち、もちもち。
急に食べる速度が上がったぞ。どうした、シェリー。
「せいぜいビルゴ王子に恥をかかせないことね。それではごぎげんよう。おーっほっほっほっ」
高笑いを決め、言うだけ言ってアルテ一行は去った。
……あいつ最近、僕が一緒にいようとお構いなしにシェリーに絡むな。しかも今回のように言い返すことが難しいことを言うので、実にやりにくい。これではシェリーを守ろうにも守れない。
「……ビルゴ王子。私、幼いですか?」
アルテがいなくなると、フォークを置き、俯き加減にシェリーが問うてくる。
僕は眉を下げ、少し困り顔で答える。
「うーん……。口もとにクリームを付けるレディは、いないかな」
許せ、シェリー。正直に言わないと君、いつまでも口もとにクリームを付けたり、食べかすを付ける悪癖が治りそうにないから。これも愛ゆえのムチだ、分かってくれ。
「そうですか……」
シェリーはそれだけ答えると、もちもちと一気にケーキを平らげた。
……今日はやけに早食いだな。
またもフェンサ兄上が僕に視線を送ってくる。これ以上放っておくのもかわいそうか。
まったく両親にも困ったものだ。義理の娘欲しさに茶会を開き、特定の相手がいない三男から五男は必ず参加するよう、命ずるのだから。
僕はシェリーという相手がいるので参加を命じられなかったが、茶会が開かれると聞いた彼女が、振る舞われる料理や菓子に興味を持ち、それで二人で参加している。
「ごめん、ちょっと兄上の所に行ってくる」
「はい、お気をつけて」
フェンサ兄上のもとへ向かい、二人で令嬢たちの相手をする。
最近は僕に対し、がつがつ迫る令嬢はかなり減った。それでも数人、目をぎらつかせ、逃すまいと話しかけてくる。うん、ちょっと怖い。君たちちょっと落ちついてくれないか。
「いいえ、私は気にしておりません!」
突如、可愛らしい大きな声が庭園に響いた。
何事かと声がした方に顔を向ければ、席から離れたシェリーが誰かと向き合っていた。相手は……。侯爵家のクラシア嬢だ。
「あらあら。嫌だわ、シェリー様。ケーキをクラシア様のドレスに落とされたの?」
何事かとシェリーの元へ向かっている最中、アルテの呆れた声が聞こえてくる。
「いえ、私が悪いのです。美味しそうにケーキを食べていたシェリー様に、急に話しかけたから驚かれ……。それで手が滑られたのです」
「え? ち、ちが……」
「なんの騒ぎだ」
近づいて見ると、確かにクラシアのドレスにべっとりとケーキが付いている。シェリーは空の皿を持って、泣きそうな顔で僕を見ると、首を横に振る。
「とにかく汚れを落とさないと」
シェリーの頭にポンと手を置き言うと、フェンサ兄上が別室に案内すると名乗り出た。これ幸いに、茶会から逃げるつもりだな? 僕にはお見通しだぞ。
「シェリーは? 怪我とかしていない?」
「……していません」
「そそっかしい方ねえ、シェリー様は。本当、レディへの道のりは険しそうね。おーっほっほっほっ」
その後元気を無くしたシェリーは、どんな食べ物を持って来ても、手をつけようとしなかった。
◇◇◇◇◇
「本日のお菓子は、『あんこもち』でございます」
レスペットが運んできたお菓子をみて、なんだコレはと言いかける。
まず色が暗い。紫色がより黒くなった色で、奇妙な一口サイズのお菓子。鼻を近づけると、嗅ぎ慣れない匂いがする。
「中身にはだんごと同じ、白い粘り気のある『おもち』が使われております」
「この周りは?」
「あんこでございます」
あんこと呟くと、シェリーはためらう素振りもなく、一つ口に放る。
そして幸せそうにもっちもっちと食すので、見た目は残念だが美味しそうに思えてきた。僕も食べる。
「甘い……!」
あんこは滑らかで、口に入れた瞬間に溶けるよう。しかし、どこかざらりとした食感もあり、噛めばおもちと絡み合い、実に美味しい。
「あんこは、この豆から作られます」
レスペットが、豆の入った器をテーブルの上に置く。シェリーが興味津々と身を乗り出し、豆を見る。
小さな赤紫色の豆。これがあんこになるのか……。この豆の色が、あんなに暗い色になるのか。不思議だなあ。
「甘みがあるのは砂糖を加えたからで、豆そのものにあの甘さがある訳ではありません」
シェリーと僕は、その豆をつまむ。
硬いな。総じて豆は硬いものが多いが、これもそうか。豆が硬いというのは、万国共通なのかもしれない。
そしてシェリーがあんこもちと豆のイラストを描いていると、困り顔の使用人が部屋に入ってきた。
「ビルゴ王子」
耳元で用件を告げられ、眉をひそめる。
「なんでだ?」
「謝礼を述べに来たと」
「兄上ではなく?」
「はい。ビルゴ殿下はシェリー様と面会中とお断りしても、お帰りにならず……」
しばし思案に暮れたが、『彼女』に会うと決め、シェリーに急用ができたがすぐに戻ると断りを入れ、部屋を出た。
◇◇◇◇◇
庭園でクラシアがバスケットを持って、ベンチに座り僕を待っていた。僕に気がつくなり、急いで立ち上がり頭を下げてくる。
「クラシア嬢、急になんの用件かな。君から謝礼を受ける覚えはないけれど?」
「先日の茶会のことです。真っ先にビルゴ様が駆けつけて下さったので」
はにかみながら言われるが、乙女小説のヒーローのように可愛いとは思えない。
僕の不穏な様子に感づいたのか、すぐに嘘だと正直に打ち明けてきた。
「申し訳ありません。本当はただ、ビルゴ様に会いたくて……」
てへっ。と、これまた乙女小説で見かけるように、片目をつぶり可愛らしく舌を出すが……。うん。それも実際に見ると、あまり可愛いと思えないな。いや、シェリーがやったら可愛いと思えるかも。つまり相手次第の表現ということか。
乙女小説のヒーローたちも、ヒロインが相手だからときめくのだろう。
「それでこれ、私が作ったマフィンです。どうぞお召し上がり下さい」
バスケットを出されるが、いやいや。それを受け取る理由、ないからね。
「申し訳ないが、受け取れない」
「ぜひビルゴ様に食して頂きたいのです。頑張って作りましたの。手作りお菓子がお好きなのでしょう?」
僕が好きなのはシェリーが作るお菓子であって、君が作るお菓子ではない。
ぐいぐいとバスケットを押しつけられるが、僕はそれを返そうとするので、押しつけ合いが始まる。
なんなんだ、この娘は。しつこいな。応対した者が困惑するのも、無理のない話だ。
「絶対にシェリーより美味しいですから! そうすればきっとビルゴ様だって、私の方が魅力的だと分かりますから!」
なんだって⁉ それが狙いか!
完全に僕の心は猛吹雪、ブリザード状態になる。我慢の限界だ。より強くバスケットを押し戻す。
「クラシア嬢。なにか誤解をしているようだが、僕はシェリーが作るから手作りの菓子が好きなんだ。それに、君に敬称をつけない許可を与えた覚えはないので、今後は控えるように。二度目の忠告はないから、気をつけたまえ」
それだけ言うと、僕は背を向けた。
アルテとは違った意味で厄介なタイプだ。他の令嬢のように取り囲んでくることはなかったのに、まさかこういう行動に出る人物だったとは……。これからは注意をしなければならない相手だな。
シェリーを待たせている部屋に戻ると、彼女は高速であんこもちを食べていた。
もちもちもちもち。もちもちもちもち。
いつも幸せそうな顔で食すのに、不機嫌そうに眉間にしわを寄せている。
そんなシェリーの背後では困惑した様子のレスペットが、紅茶の入ったポットを持ち、右往左往していた。
◇◇◇◇◇
シェリーを守ろうと決めても、ただ僕が慕っているから側においているだけでは限界がある。本気で守りたいのなら、覚悟を決めるべきだ。
「それで? 今日はなんの用件だ?」
公務で忙しい両親に時間を作ってもらい、珍しく三人だけでテーブルを囲んでいる。
僕と同じこげ茶色の髪の毛を結い上げている母は、優雅にカップに口をつけている。
茶と言うより、黄土色に近い髪の色をした父は、僕より柔らかさはないが、僕と同じくせ毛の持ち主。そんな父はにこにこと僕の話を待っている。
……この生暖かい眼差し……。きっと僕の話に見当がついているくせに。
僕は膝の上で拳を握り、二人に告げた。
お読み下さり、ありがとうございます。
アルテは元祖とも言える悪役令嬢キャラで、ちょっと書いていて楽しくあります。
2章は前後編と短い話ですが、楽しんで頂けると幸いです。