自覚しました
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それから間もなく、外交目的で一か月、城を留守に。懇意にしている国の姫が結婚するので、その式に参列するためだ。
道中でもその国に着いてからも、珍しい料理を口にして、シェリーを思い出す。
彼女はいつものように頬を膨らませ、もっちもっちと、幸せそうな顔で舌鼓を打つに違いない。その様子を想像すると、自然と笑みが零れる。
帰国する前に、彼女が興味を持ちそうな食材やレシピ本を買い、土産を幾つも用意して、帰国した。
帰国後の数日は、各所に報告を行ったり書類を書いたりし、忙しく過ごした。彼女に土産を渡す暇もない。食材は痛んで処分することになっては勿体ないので、帰国翌日、彼女の自宅に届けた。レシピ本は次に会った時、渡す予定だ。
忙しくても、就寝前に乙女小説を読む日課は欠かさない。
今夜読む本は、外国に行っている間に発売された作品。一巻の売上が好評でシリーズ化され、順調に巻数を重ねたが、ついに最終巻。
他の作品ファンはヒロインの恋の行方を知っているのに、僕はまだ知らない。僕の中でだけ、ヒロインは恋人とすれ違ったまま。早く読んで恋を実らせてあげなければ。
……実るよね? まさかバットエンドではないよね⁉ 切ない悲恋も嫌いではないけれど、僕はやっぱり、ハッピーエンドが一番好きなんだ!
「いや、普通そんなこと思いません」
ようやく会えたシェリーにそのことを話すと、突っ込まれた。
「そうかな、普通だと思うけれど」
「結末が気になるのは分かりますけれど、読むことで恋を実らせてあげるって、意味が分かりません」
兄たちにも同じことを言われたことがある。どうして皆、この気持ちを分かってくれないのだろう。
特にシェリー。君は乙女なのだから、僕の気持ちを理解してくれてもいいじゃないか。……そうだ。本好きの彼女の兄なら、理解者になってくれるかも。今度この話をしてみよう。
お土産のレシピ本を抱え、ご機嫌でシェリーが帰宅した翌日。暇が出来、昼間でも乙女小説の続きを読むことができた。
「ビルゴ王子、甘いものをお持ちしました」
レスペットがプディングを運んでくるが、いつもと色味が違う。
「いつもと違うレシピで作ったプディングになります。どうぞお召し上がり下さい」
続きを読みたくて、食べる時間がもったいないが、せっかく用意してくれたプディング。いただくことにしよう。
なにかを食べながら本を読むのは行儀が悪いと習っているので、本を閉じる。それからいつもより多目にスプーンですくう。もちろん、早く食べ終えて続きを読むためだ。
口に入れたソレは、いつもに比べ舌触りが滑らかではない。不快ではないが、確かにいつものプディングと違う。見た目といい、これは一体? 口に広がるどこか素朴な甘みに覚えはあるが、思い出せない。それにしても美味しいな。
「実はこちら、カボチャを使ったプディングなのです」
「カボチャ⁉ 野菜を使ったとは思えない、立派なスイーツだな。体にも良さそうなのに甘く、素晴らしいな」
「はい。王妃殿下からも同じ言葉を頂いております」
母上ならそう言いそうだ。僕も気に入り、あっという間に完食する。
「お気に召されたようで良かったです。実はこちら、シェリー様と私が共同で開発したプディングなのです」
いたずらっぽい笑みを向けられるが、美味しいものを食べ幸せだった気持ちが、急速にしぼむ。
「……そうか、共同で。仲がいいのだな」
読書を再開するが、頭に入ってこない。読めばいつも楽しい気持ちになれるのに、イライラする。
なんだこれ。なんで幸せな気持ちがしぼんで、イライラしているんだ。
これではまるで、乙女小説の定番、一緒に過ごすうちに惚れちゃった。ってヤツじゃないか。
確かに彼女の美味しそうに食べる姿は幸せそうで、見ていて気持ちがいい。僕も食べたくなる。それに、次々と美味しいものを与えたくもなる。そう、雛鳥に餌を与える親鳥のように。
……そうか、つまり親が存じぬところで子どもが世界を広げ、それで寂しいような嬉しいような、複雑な気持ちになっているのかもしれない。
だけどこうやって明後日の方向に考え、恋心に素直に気がつかないというのも、乙女小説の定番。
つまり僕は、『女の子』としてシェリーが気になっているということなのか?
いやいや、ちょっと待て。一目で稲妻に打たれたように衝撃を受け、胸が激しくときめき、その瞬間世界が輝き、花の香りに包まれる。そんな恋の始まりが理想なのに、これでは全然違う!
気がつけば好きになっていた、というのも定番だが、夢に描いたような出来事はなにも起こらないし、望んでいたときめきも、甘さもない!
もちろん恋が甘いだけではないと、本を読んで知っている。好きな人を独占したいという気持ちが、あることも。
だけどこれは、きっと違う。彼女と一番親しいのは自分と思っていたのに、そうではないと知り、面白くないだけ。そう決まっている。そんな幼稚な自分勝手な感情を、『恋』と呼ぶわけがない。
◇◇◇◇◇
「聞きましてよ、シェリー様。あなた最近、料理人の真似事に夢中になっているそうね」
とあるパーティーで、今日も幸せそうに、もっちもっちと食するシェリーに話しかけたのは、腰巾着を連れたアルテ。
「ビルゴ殿下に慕われているご令嬢が、ずい分と素敵なご趣味をお持ちね」
扇を広げ、嘲りの目を向けるアルテ。後ろの連中も、くすくす顔を合わせて笑う。
彼女たちは、そう……。乙女小説でいう、悪役令嬢とその取り巻きだ。僕の当て馬同様、名前はあるものの、ヒロインとヒーローの仲を盛り上げるただの登場人物。主役ではない。
「とても楽しいですよ。アルテ様たちもどうです?」
「まあ! 厨房に立つだなんて! そんな恥ずかしいこと、とても私には真似できませんわ」
当て馬と大差ない登場人物仲間だが、悪役令嬢をのさばらせることは、見逃せない。少し離れた場所でその様子を見ていた僕は、つかつかと近寄り、シェリーの頭に腕を回し、自分の胸元へ寄せる。
「アルテ嬢、彼女はいい趣味を持っているだろう? 僕は彼女の作るお菓子が大好きなんだ。この前もプディングを作ってもらい、美味しく食したばかりだ」
「ま、まあ。仲が良くて羨ましいこと。それでは私、これで失礼いたします。ご機嫌よう」
無難な言葉を選んだアルテたちは、そそくさと逃げるように去った。
当て馬とはいえ、これでも王子。いかに悪役令嬢とはいえ、こんな形で僕と争うのは分が悪いとよく分かっていたか。
「ビルゴ王子、ありがとうございます」
僕の胸の中で、シェリーが上目づかいに礼を言ってくる。
「僕が協力を頼んだし、これくらいは当然だよ」
「それでも、あれくらいで済んだのはビルゴ王子のおかげです。私は食にばかり興味を持って……。アルテ様や他の令嬢方とは違うから……。昔からよくあんなことを言われ、慣れてはいますが……」
そこで一度言葉を区切ると、顔を伏せ、小さな声で言う。
「傷つかないわけではありません」
食べている時と違う、打って変った様子。まるで痛みに耐え、我慢しているようだ。ひどく寂しそうにも見える。守りたい気持ちが芽生え、抱きしめそうになるが耐える。
僕にそんな権利はない。
だって僕は、なにも知らなかったとはいえ、自分の願いを優先し……。酷なお願いを彼女に強いた……。ただ乙女小説のような恋をしたいからと。アルテたちのような女を、遠ざけたいからと。それでシェリーがどんな目に合うのか、考えもせずに。そんな僕が、どうして抱きしめられよう。
これまでも僕の知らない所で、シェリーは何度も嫌な目に合ったのかもしれない。今回は、たまたま現場に居合わせただけ……。
「……ごめんね」
謝りながら、彼女の頭を優しく撫でる。
これ以上彼女を傷つけるべきではない。協定は今日をもって、破棄させてもらおう。
そう思ったのに、照れるように顔を赤くしたシェリーを見て、大きく胸が鳴り、甘く締め付けられた。
始まりは不純なもの。ただ自分の夢を叶えたいからと、彼女を利用した。
知らず知らず、何度彼女を傷つけただろう。協定を破棄し、関係を終わらせることが、彼女の幸せに繋がるはず。
だけど……。気がついてしまうと、手放すことが出来なくなった。
恋とはこうも、人を愚かで醜い生き物に変えてしまうのか……。
彼女の隣に腰かけ、反対側の肘掛けに肘をつけ手の上に顎を乗せる。
シェリーから顔を背けながら、ポンポンと何度も彼女の頭を撫でるように叩く。
理想とも小説とも違う。望んだ展開とも……。
手から顎を離し、彼女に向き合う。
「シェリー。明日も僕と、城で会ってくれるかい?」
「……はい」
「またお菓子を作ってくれる……?」
「はい」
はにかみ微笑むシェリーは、とても可愛らしく、輝いて見えた。
君が僕をどう思っているのか分からないけれど、今日から僕は、君を守れるように頑張るよ。
― 完 ―
お読み下さり、ありがとうございます。
一応本作は、これにて完結です。
そのうち続きを書きたいと思っていますが、まだちっとも決まっていません……。
お気がつきの方もいらっしゃると思いますが、セリフの中でビルゴが「シェリー」と読んだのは、最後だけです。
それ以外は「シェリー嬢」、「君」で、まだ恋になっていない。もしくは恋と気がついていないからでした。
シェリーの方はというと、ビルゴが気になってはいます。
自分の作った生地でクッキーを焼いてくれ、料理に失敗しない道を見つけてくれたからです。
読まれた皆様が、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
平成31年2月19日(火)
村岡みのり
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
平成31年2月22日(金)追記
続きが浮かびましたので、続編を公開します。
まだプロットのため、公開時期は未定です。




