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当て馬にされました?

ブクマ登録、ありがとうございます。





「……君は本当に、よく食べるね。それに君が食べているところを見ていると、とても美味しそうに見えて、僕も食べたくなるよ」


 もっちもっち。幸せそうな顔のシェリーは、今日もよく噛んでいる。


「それに、それだけ食べても太らないのは、羨ましい。なにか運動でもしているのかい?」

「王子は恋愛観だけでなく、他のことも乙女思考なのですね」


 愛しい人との逢瀬と称し、今日もシェリーを王城に招待した。本日振る舞うは異国のお菓子、『だんご』だ。

 だんごは粘り気がある丸くて白い食べ物で、独特の甘みがある。焼けた形跡はないのに、どこか香ばしくも感じる、不思議なお菓子だ。少し塩気がある甘く茶色いタレと合い、とても美味しい。ただし、よく噛まないと喉に詰まらせることがあるので、注意するようにと言われた。ころん、とした丸く可愛い見た目に反し、危険な食べ物でもある。

 これは城の料理人がそのレシピを、異国を旅した人物から教えてもらって作った一品。すでに食した城の者からも、好評だ。


「私が太らないのはきっと、毎日出すものを、全部出しているからですよ」

「……女の子がそういうことを口にしては、ダメだよ」

「じゃあ、特に運動はしていないので、体質ということで納得して下さい」


 そう言うと、いつものように紙とペンを取り出し、テーブルに残っているだんごのイラストを描き始めるシェリー。描かれていくだんごが完成する様を、僕は頬杖をつきながら眺める。


「いつも思うけれど、君、絵が上手だよね」

「父に習わされましたから。父は兄と私に、絵の才能があるかもしれないと期待したのです。結局二人とも、父の目に適う才能は持っていませんでしたけど」

「そうなのかい? こんなに上手なのに?」

「父が言うには、魂がこもっていないそうです。技術は磨かれても、魂レベルの訴えるものがないと。でも父には感謝しています。こうやって食べた料理を、絵に残すことができるので。後から見返した時、味や食感、匂いを思い出しやすいのです」


 ……侯爵、絵に求めるハードルが高いな。

 そんな侯爵に才能を認められた画家は、成功する者が多い。だから駆け出しの画家が侯爵を訪ね、絵の評価をお願いすることは有名な話。侯爵自身も、掘り出し物があるかもしれないと、追い返さず対応している。

 ちなみに気に入った絵は購入し、美術館などに寄贈している。

 素晴らしい絵は独り占めするのではなく、大勢で共有する財産にすべし。というのが、彼の考えだ。


「侯爵自身は、絵が苦手だと聞いているけれど……」

「はい、残念な方向に突出しています。違う意味で才能を感じるほどに」


 彼の絵を見た人が、それからしばらく、毎晩悪夢に見舞われたという話も有名だ。娘にも残念と評価されるくらいだ、よほどなのだろう。恐いもの見たさの興味はあるが、悪夢は嫌だなあ。


「このお菓子、タレを変えても美味しいと思うのですが、どうでしょう。汁物に入れてみるのも面白そうです」


 絵を描き終えると、シェリーは控えている料理人に話しかける。


「これ以外のレシピを私どもも存じておりませんが、確かに……。他の味でも美味しくなりそうですね。汁物も面白いアイディアです。いずれも試す価値はあると思います」


 毎回シェリーとの茶会に、城の料理人が誰かしら同席している。

 食を愛する彼女に『美味しい』と言ってもらえるのは、今や料理人のステータスにも影響を及ぼしている。それだけ彼女の味覚を、誰もが認めている。そんな彼女から直接品評を貰いたいと、押しかけて来たのが同席の始まりだ。


 一通り料理人と意見交換をし合うと、残りのだんごを食し始めるシェリー。


「そういえば君、自分でお菓子とか作らないの?」


 ふと気になり尋ねれば、もっちもっちと笑顔で食べていた顔が曇り、咀嚼の音も、もっち……。もっち…………。も………………。



 聞こえなくなった。



 あれ? どうした? 自分で作ったことがないのかな。作りたくても、令嬢が台所に立つなと、母親に叱られたとか?


「……作った、ことは、あります」

「へえ、あるんだ。君ほどの舌の持ち主が作ったら、さぞ美味しいんだろうな。興味あるな、今度作って持って来てよ」

「わ、私も興味がございます! シェリー様のお菓子を食したいです!」


 料理人のレスペットも、興味津々と頷く。

 僕たちの期待の眼差しに、渋々とシェリーは承知した。


◇◇◇◇◇


 それから一週間後、シェリーがクッキーだと言って持参した物体を見て、僕は言葉を無くした。


 ……黒? どう見ても、炭の塊のような……。匂いからして焦げていないか? なんかごつごつしているし、これがクッキー? どこの世界のクッキー? 失敗作の間違いだろう? これを食べろと言うのか?


 隣に立つレスペットも黒い物体を手に取り、無言で瞬きを繰り返すと、首を傾げる。

 そんな僕たちの様子を見て、シェリーが俯くと、ぎゅっとスカートの裾を握り締めた。

 しまった。食べたいと強請ったのは僕。人に頼んでおきながら、失敗作のようだから食べないというのは、失礼な話だ。

 大きく深呼吸をし、覚悟を決める。


「いただきます」


 一口大の……。多分、クッキーと思われる物体を口に放る。



 ガリッ。ガリガリ、ゴリゴリ。



 およそクッキーとは思えない歯ごたえ。うん、硬い。甘くもない、ただの焦げた味だし。正直に言おう、不味い……。

 しかし頼んだのは僕。ちゃんと食べなくては! 強く両目を閉じると、無理やりごくりと飲みこむ。よし、ミッションクリアー! ほら、お前も食べろ、レスペット!

 睨むように視線を送れば、意を決し、僕に倣って物体を口にするレスペット。そして口に入れるなり、すかさず紅茶を口に含み、無理やり流しこむ。その手があったか……!

 って、それ! 味わっていないだろう⁉ お前もよく噛んで味わえよ!


「……ごめんなさい。やっぱり美味しくないですよね。私、自分で作るといつも失敗ばかりで……」

「食されている時は、焼き加減や隠し味など的確に当てられるのに。不思議ですね」


 紅茶のおかわりを注ぎながら、レスペットは言う。僕にも紅茶をくれないか。無言でカップを出せば、レスペットが注いでくれる。僕たちは砂糖を入れ、ごくごくと紅茶を飲む。


「きっと父と同じなのです。そういう血筋なのです。父も絵画に関する知識は豊富、才能を見出す眼力もあります。でも描くことはできない、むしろ残念な方向に突出している。それと同じなのです!」


 シェリーはテーブルに突っ伏すと、おいおい泣きだした。


 ……嫌な事をさせ、傷つけてしまった……。


 どう慰めようか考えながらも、彼女の肩に手を伸ばす。


「食を愛する者として、不味いものを作り、むざむざ食材を無駄にする行為、許せません!」


 そっち⁉ 上手に作れなくて悲しんでいるのではないのか⁉ どれだけ食べ物を愛しているんだ、この子は!

 とはいえ、泣いている姿を見ていると、なんとかしてあげたくなってくるのが人情。


「そうだ、レスペット。いつも彼女にアドバイスをもらっているお礼に、お前がお菓子作りを教えてはどうだ?」

「そうですね。一緒に作れば、失敗する理由が分かるかもしれません。僭越ながらこの私、レスペットがアドバイスさせて頂きます!」


 力強い味方を得られたシェリーは、上げた顔を輝かせた。


◇◇◇◇◇


 早速三人で厨房へ向かい、その片隅でクッキーを作ることに。面白そうなことが始まったと、他の料理人も手を休め、集まってくる。


「分量などに問題はありませんね。手際もいい」


 僕には分からないが、見守っている他の料理人も頷いているから、そうなのだろう。


「生地に問題はありませんし、型抜きも……」


 それにしてもクッキーって、こうやって作るのか。

 クッキーの型も初めて見た。これで生地を押して、切り抜くのか。なるほど。型抜きなら僕にも出来そうだ。


 手作りクッキー。それは乙女小説ヒロイン、王道アイテム! クッキーを作り、ヒーローに渡す描写は何度となく読んできたが、まさかこんなに大量に砂糖を使うとは……。母上が食べ過ぎた時、太ってしまうと騒ぐわけだ。

 生地を混ぜるのも力が必要そうだし、いろいろ大変なんだな……。その労力を厭わないほど、ヒロインたちはヒーローに食べてもらいたいわけか。なるほど……。きっとヒーローたちも、これほど大変だと知っているからこそ、贈られると喜ぶのだろう。


 やがて型抜きされたクッキーはトレイに並べられ、いざオープンへ。時間が経つと、クッキーの焼けるいい匂いが漂ってきた。成功するのではと思われる中、突然……。



 ぼん!



 オープンの中から、爆発音が聞こえてきた。

 慌ててレスペットがオープンの戸を開けると、なぜか破裂したクッキーがそこにいた。


「な、なぜ……?」

「ああ、やっぱり! いつもと同じです! いつもこうなるのです! なぜか勝手に爆発したりして、上手くいかないのです!」


 両手で顔を覆い、シェリーが叫ぶ。


 そんな馬鹿な。


 とは思ったが、次に料理を作らせてみれば、勝手に火の勢いが強くなる。スープを鍋で混ぜていれば、なぜか奇妙な色に変わっていく。まるでなにかに呪われているのではと思うほど、不可解な出来事が続いた。

 その様子に、見物人が一人。また一人と、こそこそ逃げるように場を離れていく。


 結局なにを試しても上手くいかず、しょんぼり肩を落とすシェリーに、僕は焼き上がったばかりのクッキーが並んだ皿を差し出す。


「君が作った生地を、僕が型抜きして焼いてみた。だからこれは、君が作ったクッキーだよ」


 シェリーとレスペットが料理にチャレンジしている間に、他の料理人から教わり、残っていた生地でクッキーを焼いてみると、成功したのだ。

 僕はその内の一枚をかじる。


「美味しいよ」


 それを見てシェリーは恐る恐る手を伸ばし、ゆっくり一枚のクッキーを手に取ると、口に運ぶ。さくりと、いい加減に焼けたクッキーが割れる音が聞こえる。


「……美味しい。焦げてもいないし、生焼けでもない」

「なるほど。生地作りに問題はありませんでしたから、こういうやり方でしたら成功するようですね。シェリー様のことですから、この生地にいろいろ手を加えたいのではありませんか? 美味しい物を作るのに、私が一役買いましょう。仕上げは任せて下さい!」

「ありがとうございます、レスペットさん。ぜひお願いします」


 見つめ合う二人の目の前で、クッキーを食べながら僕は思う。


 なんだこれ。なんかいい所を、すっかりレスペットに持って行かれた気がする。

 こういう僕みたいなのを、なんて言うんだっけ? 乙女小説では、『当て馬』と呼ぶ気がする。

お読み下さり、ありがとうございます。


この話の推敲中、もちろん、みたらし団子を食べました。


みたらし団子や醤油のない世界だから、どう表現すれば伝わる?どの表現が合う?

そう悩みながら、団子を食べましたが……。

上手に表現できたのか、不安です……。

現代や醤油、団子のある文化だと、それで説明は足りますが、それがない文明社会だと、とても難しかったです。


ちなみにシェリーが食べる時、ずっと『もっちもっち』という表現で描いているのは、今回の団子に合わせてです。


予定通り、次回の更新が最終回です。

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