表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

お願いしました

ブクマ登録、ありがとうございます。





 王子に見初められたヒロインが、二人で庭園を歩く。


 そんな乙女小説のワンシーンのように、二人で並んで歩いているが、小説と違い、僕たちの間に恋のときめきはない。

 庭園の中ほどまで歩き、周りに誰もいないことを確認してから、長椅子に二人で腰かける。僕は彼女に向き合うと、頭を下げた。


「頼む! 僕が恋をするまででいい! 僕の恋人……。いや、僕の慕う人として振る舞うよう、協力してほしい!」


 庭園へ向かう前、使用人に頼み、バスケットにサンドイッチを詰めてもらった。

 それを嬉しそうに膝に乗せ、ふたを開けると、早速サンドイッチに手を伸ばしながら、シェリーは言う。


「意味が分かりません」


 それから幸せそうな顔で、大きな口を開け、ツナのサンドイッチをパクリと食べ始める。


「正直に言おう。僕は恋愛小説のような……。それも乙女小説のような恋をして、その人と結婚をしたい夢がある。だけど言い寄ってくるのは、目をぎらつかせる肉食獣ばかり。僕は肉食獣とぎらぎらした恋愛ではなく、心温まる胸キュンな恋愛をしたいんだ。あんながっついている肉食獣に言い寄られるのは、もう耐えられない! これではゆっくり平和に恋を育むことができない!」

「肉食獣って!」


 ぷっ、と食べかけのサンドイッチを持ったまま吹き出すと、けらけらと笑うシェリー。

 彼女はこんな感じで食べ物に執着するだけでなく、令嬢らしからぬ言動を取ることが多い。我が道を歩き、肉食獣と土俵に立たないような人物だからこそ、白羽の矢を立てたわけだが……。


「なるほど。肉食獣たちとタイプの違う私が好みだと言い、それで彼女たちを諦めさせてから、ゆっくり恋の相手を見つけ、真実の愛を育みたいのですね」


 僕の言いたいことを、すぐに理解した。変わり者の令嬢だが、頭の回転は悪くない。話が早くて助かる。


「自分勝手なお願いだと分かっている。もし引き受けてくれるなら……。城に届く珍しい食材やお菓子を、君に分けよう」

「引き受けます」


 嘘だろ? 二つ返事?

 狙いはしたけれど、本当にこれで引き受けてくれるとは……。

 やっぱりこの子、いつか犯罪に巻きこまれやしないか? 食べ物をあげると言われても、知らない人について行ったらダメだよ?


 彼女自身に不安はあるが、とにかくこれで決まった。自分でも失礼な申し出だと分かっているが、理想の初恋を……。そして一生ものの恋愛を手に入れるためだ。手段は選ばない!


 僕は恋をするために。シェリーは食のために。

 二人は協定を結んだ。


◇◇◇◇◇


「協定⁉ 私の大切な娘を、妙なことに巻きこまないで頂きたい!」


 変わり者だが、真面目に仕事を迅速にこなす、臣下として優秀なシェリーの父親が怒る。

 どの派閥にも属さず、下心も身分向上にも興味がない侯爵。それでもシェリーが私のもとへ通うことで、誤解を与え、眠っている野心を呼び起こすかもしれない。だから彼女の家族に協定だと説明するため、侯爵家を訪れたのだが……。


 断られた。まあ普通はそうだよな。彼女の食への執着に付け入った僕が言う言葉ではないけれど、二つ返事で承知したシェリーが普通ではない。


 侯爵は顔を赤くし、見た目から怒っている。変わり者とはいえ父性愛を持っており、その気持ちが、娘を守ろうとしているのだろう。

 だが僕は諦めない。反対されるのなら、用意した餌を出すまで。


「……侯爵。画家のエストゥア殿が、近々父を訪問する予定なのです。お会いしたくありませんか?」


 囁くような僕の言葉に、侯爵は大きく目を開く。

 これからの出来事を察し、彼の妻である侯爵夫人が、慌てて発言する。


「画家と娘の件はむか……」

「なに⁉ 画家のエストゥア先生⁉ 必ずや後世まで名が残るであろう、あの天才、エストゥア先生⁉ 無論お会いしたいとも!」


 身を乗り出した侯爵は、嬉々として声をあげる。その大きな声で、夫人の声は押しのけられた。

 僕も夫人の発言などなかったかのように、にこりと侯爵に微笑む。


「なら、分かりますよね?」


 暗に僕と彼女の協定に同意しろと言っているが、無事に伝わったらしい。


「殿下。先ほどの協定ですが、娘も了解しているのでしたら、問題ないでしょう」


 侯爵夫人は目を吊り上げ夫を睨むが……。侯爵は無視をする。

 とにかくまずは、父親の陥落に成功。

 作戦通りだけど、この血統、本当に大丈夫か? よくこれまで、無事に生きてこられたな。


「私は反対です! 父上、冷静になって下さい! 本当に絵画が絡むと、我を忘れられるのは、悪い癖です!」


 息子の言葉に同意するよう、大仰に頷く夫人。


「シェリーはこれでも女なんです。別れた後の醜聞によっては、結婚にも影響が出ます。どうかお考え直しを!」


 ……一部引っかかる物言いだが、兄として妹を思っていることは伝わった。それでも侯爵は……。


「いや、しかしだな。エストゥア先生は世界中を飛び回り、滅多にお目にかかれる御仁ではない。この機会を逃せば、この先一生会えないだろうから……」

「父上!」


 反対に回った彼女の兄にも、もちろん餌は用意してある。


「僕が一方的に振り、彼女が被害者ということで構いません。さて……。王城の許可制の書庫に、興味はありませんか?」


 城内に書庫は二つある。一つは誰でも出入り可能な、一般向けの書庫。もう一つの書庫には、禁書や持出不可の価値ある本や、絶版した本が並んでいる。もちろん後者が、許可制の書庫だ。

 この書庫に出入りしたいと彼が望んでいることは、誰でも知っている。まだ若い彼が、自由に出入りできるよう、司書を目指していることも。


「慕う女性の兄ならば、大切に扱うのが当然。僕の口添えで、司書にならずとも出入り可能に……」

「シェリー、これも人助けだ。頑張りなさい」


 はい、兄も陥落成功。


「三人とも餌につられて……! ふざけないで下さいな!」


 ついに我慢ならないと、シェリーの母である夫人が椅子から立ち上がり、叫ぶ。

 夫人は他家から嫁いできたので、なにかに執着していることはなく、普通の感性の持ち主。だから彼女にだけ餌はない。餌はないが……。


「でもなあ……。殿下のお願い事を断るのはなあ……」


 最初は断ったというのに、すっかり意見を翻した侯爵が、エストゥアの伝記を本棚から取り出しながら、にやけた顔で言う。


「あなた! 大事な娘の将来がかかっているのですよ⁉」

「私は大丈夫よ、お母様。それに見て。この珍しい外国のお菓子! おいしそうでしょう? ビルゴ王子に協力すれば、こんな珍しいものをいくらでも分けてもらえるの」


 僕の手土産をほくほく顔で見せてくる娘の言葉に、侯爵夫人は目眩でも起こしたのか、額に手の甲を当て、よろめく。

 ……僕から申し出た協力ごととはいえ、夫人の気持ちが分からなくもない。きっと普段から苦労していることだろう。

 でもね、申し訳ないけれど、僕も乙女小説のような恋をしたいという願いだけは、譲れないんだ。


「あなたって子は……。すっかり懐柔されて……。しかもお菓子なんかで……」

「王城の書庫かあ。あそこには、珍しい書物が沢山あるという噂だからなあ。ずっと出入りしたいと思っていたんだ。ああ、どんな本と出会えるのか楽しみだ」


 すっかり心ここにあらずの兄は、王城が見える窓の外を眺めながら、うっとりとまだ見ぬ書物に思いを馳せている。

 侯爵は早くもエストゥアとの会話に悩み始め、シェリーはお菓子の箱のふたを開け、幸せそうな顔で食べ始める。

 普通の常識ある夫人だけが、置いてけぼり。普通であるはずの彼女が、この家では異質になっている。


 夫人に餌は必要ない。他の家族が執着対象に夢中になれば、誰も止めることはできない。だから彼女が折れるしかない。


 結局僕の予想通り、それから間もなくして、彼女は白旗を掲げた。

お読み下さり、ありがとうございます。







この場を借りて……。


私にとって偉大なる名優、ブルーノ・ガンツ氏の冥福を祈ります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ