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復活した魔王と元勇者な幽霊少女の日常

作者: 白波

 石畳の床で構成された暗い大広間にコツコツという足音が二つ響く。


「ここが……」

「魔王の間でございます」

「そうか」


 魔王。かつて、この世界に多大なる厄災をもたらし、勇者によって封印されていた存在。そんな魔王は数百年にわたる封印から解かれ、玉座のある魔王の間に足を踏み入れていた。


 短めに切り揃えられた赤茶色の髪、血のように赤い瞳、身長180センチを少し越えるぐらい高い背、筋肉質でがっしりとした体型、黒を基調とした服に赤いマントを身につけたその姿はまさしく、伝承に残る魔王そのものである。


 その力はその機嫌ひとつで一国を滅ぼせるほどに強く、また、その機嫌ひとつで世界を創製できるほど魔法にたけていた。


 魔王はゆっくりとした歩調で玉座に近づき、そして座る。


「いかがでございますか? 座り心地は」


 先程から魔王のそばに控えているひょろりと痩せた男性が声をかける。


「うむ。悪くない」

「そうですか」


 男性が仰々しく頭を下げるのを見て、魔王は満足げに笑う。


「くっくっくっ見ていろよ。この地から我が力を!」

「盛り上がっているところ申し訳ありませんが」

「なんだ?」


 魔王は男性に言葉を遮られたことに不快感を示す。


「そろそろ商談を……こちらの城は……えっと、諸経費を入れて……100億リラとなります」




 *




 王都リラ。

 かつて、世界を救った勇者の名前を冠するこの町の一角にある賃貸のアパート。

 四畳一間、風呂なし、トイレ共同、訳ありで家賃2万リラ。そこが、()()()()()()である。


「なに? また見つからずにノコノコとここに帰ってきたの? 今度こそお前とはお別れだじゃなかったの?」

「うるさいな。ちょっと気にくわなかっただけだよ……値段が」

「あっはっはっ値段って、値段が気にくわないって!」


 魔王の復活の際、かつて魔王の居城であった魔王城はとうの昔に取り壊され、勇者を称える公園として整備されていた。


 魔王自身も復活の反動からか、その力のほとんどを失い、さらに言えばこれでもかというほどに持っていた数百年前の通貨など使えるわけもなく、こうして賃貸アパートに暮らしながら、新しい魔王城を探している。


 さて、説明が遅れたが、先程から腹を抱えて笑っている少女はこの物件が訳ありたる所以である元勇者の幽霊少女リラだ。

 なぜ、英雄として称えられている彼女がこんなところで幽霊をしているのかわからないが、普通の人間には彼女の行動はいわゆる怪奇現象にしか見えないため、住民が次々と逃げたし、こうして訳あり物件として大幅に家賃がディスカウントされているのだ。参考程度に付け足しておくと、このあたりの家賃相場は大体10万リラ程度である。


「あっはっはっは! 相変わらず面白いこと言うね。素直に高すぎたと言えばいいのに!」


 これでもかというほど長い黒髪を大きく揺らして、笑いすぎから来る興奮からか白い肌を紅潮させながら、彼女はその黒い瞳で魔王をまっすぐと見据える。


 その結果、彼女は一旦笑い声をあげるのをやめる。もっとも、笑いをこらえているといえのが正しい表現かもしれない。


 魔王とは対照的に全体的に白い服に身を包んだ彼女はしばらく魔王の顔を見つめたあとに再び笑いだして、床をドンドンと叩き始める。


「あー無理。やっぱり笑える」


 その後、少女の笑い声はしばらく響き続け、それを気味の悪い怪奇現象だと捉えた隣人(越してきて三日)が引っ越していったのはまた別の話である。




 *




 夜。

 夕方からこれでもかというほど笑い続け、そのまま寝てしまったリラを横目に魔王は一人夕食をとっていた。

 メニューは近所のパン屋でもらったパンの耳と近くの市場で安売りしていた干し小魚二匹である。


 一応、稼ぎがないわけではないのだが、今後の魔王城購入及び魔王軍の運営にに向けて、地道に資金をためている段階なので、徹底した節約生活をしている結果である。重要だから、もう一度言うが、決して稼ぎが悪い訳ではない。その気になれば。


「……あれ……私、寝ちゃった?」


 一人寂しく夕食を取っている背後でリラが目を覚ます。


「ふん。俺をさんざんバカにして、笑ったあげくのんきに寝てたよ」

「そう」


 かつて、魔王を討伐し、首都の名前になり、全世界で共通で使える通貨の単位となり、その通貨で使われるコインに描かれた伝説の少女は、そんな肩書きなど最初からないかのようにのんきな表情で大あくびをしている。


「夕食はそれだけ? 魔王を名乗るわりには貧相ね」

「黙れ。貴様など、いつか悪霊として葬ってやるわ」

「あら、残念ながら私はすでに葬られているわよ。元々あなたの城があったところにね」

「ふん。そうだったな。ならば、新しい城の地下牢に封印してくれるわ」


 リラと若干物騒な会話を交わしながら、魔王はパンの耳に手を伸ばす。


「クスッ新しい城ねー何百年後の話かしら? しがない日雇い労働者さん?」

「うるさいな。日雇いでいいんだよ。本職魔王だから」

「城も持ってないのに?」


 リラがにやりとした笑みを浮かべる。


「これから持つからいいんだよ」


 その会話のあと、二人の間に沈黙の時間が生まれる。

 しばらくの間、魔王が食事をする音だけが響き、魔王が一通りの食事を終えると、リラが魔王の方をまっすぐと見据えながら口を開く。


「ねぇ。あなたは……魔王は城を手に入れたら、世界を手にするつもりなの?」


 あまりにも唐突な質問に魔王は少しばかり眉をひそめる。


「なんだ? 突然。半分寄越せと言われてもやらないぞ」

「いやいや、あなたが城を手に入れて何をしたいのかなって。気になっただけ」

「……何てことはない。我は元の暮らしを手にしたいだけだ」

「部下も家族もいないのに?」


 誰のせいで部下も家族もいなくなったんだ。そんな言葉が喉元まで出掛かるが、何となく口にしない方がいい気がして、そのまま押し黙る。


「……あぁごめん。私のせいだよね……」


 魔王の反応を見て、自らの発言のまずさに気が付いたのかリラはバツの悪そうな顔を浮かべる。


「ふん。今頃気が付いたか」

「あぁまぁ謝って済む問題じゃないと思うけれど、どうやって謝ったらいいかな?」

「今頃謝罪などいらん。謝ってもらったところで……」

「……魔王が城を手に入れて動き出した暁には、私が改めて召喚される。だから、謝っても無駄だといいたいんでしょ?」


 魔王は答えない。なぜなら、彼女の行ったことはあながち間違っていないからだ。


 おそらく、封印された魔王の復活ともなれば、再び勇者を召還するという話になるだろう。

 しかし、いくら異世界から召喚するとはいえ、リラほど優れた勇者などそう相違ないだろうから、必然的に話はリラを復活させるという方向に動くはずだ。


 理由こそ知らないが、魔王を倒したリラは仲間たちが見るその目の前で自害をし、最期を遂げたとされている。つまり、逆を言えば、どこかに保存されているであろう彼女の遺体を使えば、魔王を倒した時の実力を持った勇者リラをこの世に再誕させることだって可能だ。そうなれば、魔王とリラは必然的に戦いをすることになるだろう。


「……なぁリラよ」

「なぁに?」

「もう一度、あの時と同じ質問をしてもいいか?」


 魔王が尋ねると、リラは小さくうなづく。


 それを見た、魔王はリラが仲間を引き連れて挑んできたときと同じ問いかけを彼女にする。


「勇者リラよ。私が世界を手にしたときは半分をお前にやろう。どうだ? 俺についてくる気はないか?」


 魔王の質問にたいして、リラは笑顔でその時と同じ返答をする。


「お断りします。だって、そんなもの手に入れたって持て余してしまうもの」


 そんなリラを前にして、魔王は小さく笑みを浮かべる。


「ははっお前ならそういうと思ったよ。全く、本当にお前らしい回答だ」

「……ありがとう」


 そんな会話を経て、二人は大きな笑い声をあげる。


 数十年後、新しい魔王城を手に入れた魔王と復活を遂げた勇者の戦いが幕を開けるだが、それはまた別の話。

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