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好かれる人

「こんばんは」

とドアを開けた瞬間


いらっしゃーいと玄関先でタックルをかましてきた雅也。

ちょっとした衝撃だよ、毎度毎度の事だけど知らぬ間に大きくなっていくもんだと思いつつ確実に年をとっているのだと痛感させられる。


よいしょっと、雅也を持ち上げた。

ちょっと前までは、軽々と持ち上げられたはずなのに、雅也の成長か自分の筋力の衰えなのか、きっと両方なのだろうな。やだね、年をとるって。

耳元で本当は一緒にご飯食べたかったのにと拗ねる雅也が可愛すぎる。

ごめんね、と頬ずりして笑ってくれるのはいくつまでなんだろうと想像したくない事が頭を過ってしまった。


「お疲れさん。さっき私からもお母さんに電話しておいたから今日は泊っていくでしょ」

エプロン姿も様になった姉貴の言葉に素直に返事をした。

そういや家で姉貴のエプロン姿だなんて見たことなかったよな。

奥さんになって母親になって、毎度思うけど姉貴のようなそうじゃないような不思議な感覚。

毎日自然と顔を合わせていた姉貴なはずなのに、今はこうやって電車に乗らなくちゃ逢えない場所にいるんだからね。

何だか感慨深いよ。

これってやっぱり自分が結婚する立場になったから感じる事なのかもしれない。


私のエプロン姿――自分でも似合わないって思っちゃう。

あー自虐ネタだ。


「今日は雅也のリクエストで八宝菜だよ、ちょっと待っててね。あっ勝手に冷蔵庫からビール出していいから」

矢継ぎ早に繰り出される姉貴の言葉に思わず苦笑した。あーやっぱり私の良く知る姉貴だ、と。


「これ、いつものチーズケーキだから冷蔵庫に入れておくよ」

そういって買って知ったっる冷蔵庫へ。

雅也が、嬉しそうに箱を見つめるのを見ていると私まで嬉しくなっちゃう。

やっぱり子どもの笑顔って癒される。


ビールも飲みたいところだけど、ちょっと我慢して同じ麦からできるお茶にしておいた。

雅也とおそろいのコップに注いでキッチンテーブルに並べる。

既によそってあったサラダはうちの定番のシーザーサラダだった。

きっと、雅也も私達と同じようにこのシーザーサラダを母親の味として覚えるんだろうな、なんて。


「雅也、お父さんいつも何時ごろ帰ってくるの?」

そんな素朴な問いかけに


「ギンガファイターがやってる時くらい」

と元気な返事。うちに来た時も良く見てるっけ。


ギンガなんちゃらが始まるとあって、私の隣に座りいろいろ話をしながらもテレビを凝視し、スタンバイばっちりの雅也。

実家にいるときは見ているようで見ていなかったその番組、私には内容なんてまったくわからなかった。


「おっ帰ってきたかな?」

姉貴がそう呟いた途端に開いた玄関。


「ただいま」

の声と同時に雅也が勢いよく椅子から飛び降りた。


「よくわかったね」

本当に感心するように呟いた私に


「自転車の音聞こえたからね」

ほら、パパ帰ってきたよーとベビーチェアーに座らせた果歩に話掛けている姉貴。

私には全く聞こえなかった自転車の音。そういうものなのかしらね?


椅子から立ち上がって、篤朗さんに挨拶すると


「いらっしゃい、結婚前の羽伸ばしは出来てる?」

なんて。羽を伸ばすも何も、きっと私は結婚してからも放牧状態だろう。


「実は未だに実感なかったりしてますよ」

私も義兄さんも苦笑するしかない。


「先に果歩とお風呂入るよ、雅也はテレビ終わってから寄こして」

義兄さんはそういう言うなり、真直ぐ向かった冷蔵庫。

はい、とビールを手渡してくれた。なんて良い人なんだろう義兄さんって。

別にビールにつられたからじゃなくて、優しさよ。お風呂場に向かった義兄さんの背中を見ながら


「ほんと、姉貴には勿体ないほどの良い人だよね」

ポロリと出た私の本音。そう、本音。


「何をぬかすか、梨乃の相手はもっと勿体ないでしょ全くもう、もしやあんたいっちょまえにマリッジブルーだったりしてるわけ? へぇー」

姉貴の言葉は尤もだ。

世間一般的に、私はそれを言われるほうなんだ。

きっと、言われているんだろう。

『お前その女でいいの?』って。

開業医師の奥さんって、やっぱり看護師さんとかそれじゃなくても医療事務とか医療関係者が望ましいんだと思う。

そもそも、私じゃなくたってあの容姿にあの声じゃ例え医者じゃなくたって、よりどりみどりだろうに。

本当に、謎だわ。


「梨乃まさか、本当にマリッジブルーなの?」

菜箸片手に眉間に指をおく姉貴。

言わずと知れた眉間の皺ってやつまたやってしまったらしい。テレビに向かいつつ、気にしてくれたのか雅也が


「梨乃ちゃん、これ面白いんだよ。ママに怒られて泣きたい時でも元気でるよ」

とぎゅっと手を握ってくれた。子どもにも分かり易いくらい微妙な顔をしていたのだろう。


「大丈夫、元気いっぱいだよ」

と雅也の頭を撫でる私がいた。

そんな事をしているうちにテレビは終盤へ。キッチンには良い香りが充満してきた。

「ほら、ちゃっちゃとお風呂いってきなさい」

雅也の背中を押すようにお風呂場へと促す姿はうん、しっかり母親だ。

雅也と入れかわりにバスタオルにくるまれた果歩。服を着せて白湯を飲ませてミルクをあげて。


「ちゃんと母親やってるんだね」

また思わずポロリとこぼしてしまった。

ギロリと姉貴に睨まれたけど、だってここ最近は専ら実家で会う方が多かったから。

母さんや父さんが雅也や果歩にべったりで姉貴はどちらかといったら寛いでいるイメージ。

まあ、世間一般的に自分の実家っていうものはそういうものだろうけれどね。


なんてやり取りをしていたら、あっという間にお風呂から上がってきた雅也。

早すぎないかい? と思ったけど今日はあれしてこれして梨乃ちゃんと遊びたいからと言われくすぐったくなる。癒し、まさに癒しの天使だよ、雅也は。


チーズケーキも食べ、あれやこれやと遊んだ雅也は、姉貴曰くいつもより1時間も頑張ったそうだけどぱたりと動きを止めた。

まるで電池が切れたみたいだった。

今日は梨乃ちゃんと一緒に寝ると言ってた通り、客間に並んだ子ども用の小さい布団に雅也が寝かされた。


「さあ、これでやっと大人の時間だね」

果歩もさっき寝かしたばかりだからゆっくりできると、リビングのソファに座った私達。

ニヤっとしながら私を見るのはやめて欲しいよ、姉貴。


「仲良くやってる?」

意外にも口火を切ったのは義兄さんだった。

確かに、実家で愚痴った事があるだけに、義兄さんのその言葉にはちょっとした重みがあるんだ。


「そうですね、良い感じじゃないのかな」

私としては無難な答えだと思ったのに


「何その人ごとみたいな返事は」

と見事な突っ込み。もしや、義兄さん本当に内緒にしてくれたのだろうか?

そんな疑問が浮かんだけど


「はじまりなんて、人それぞれよ。私は梨乃が幸せなのが一番だから」と。

義兄さんは爽やかな笑顔で一つ頷いてた。それって知ってるってことよね?


「梨乃ちゃんは、好かれる人だと思うよ。内面を知れば知るほどその人柄に相手は惹かれてくんだよ」

義兄さんはそう言ってくれたけど、過去の私を知っててそういうのか?

胡散臭いったらないでしょ。イジケ気分で下を向いてしまう。


「江川君だって本当は――」

突然姉貴の口から出てきた私の身内禁句ワードに顔をあげてしまった。


「何よ」

そう何よ、本当はって。きっと私情けない顔してたと思う。


もう時効かな、と呟いた義兄さん。

私の知らない何かがあることを初めて知った瞬間だった。



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