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主演男優賞?

「えーそうなのですか?」

「はい、そうなのですよ」


何がそうでそうなのかはよく分からないけれど、うちの母親とこいつのお母様は意気投合した模様。

テンポの良い会話は私達を置いてきぼりにして頭上を飛び交っている。

一方の父親というものは――奥様方がにぎやかだと、相反するものなのだろうか。

ゆっくりとグラスを傾けながら穏やかな時間を過ごしているみたいな感じ?

願わくば、父よ飲み過ぎてくれるなといったところだろうか。


ついさっきまでの両親に今の両親に見せてやりたい。

指定された料亭の名前に言葉を失った我が親。

粗相が無いようにしないと梨乃に迷惑が――とか

一生に一度行けるか解らないお店なのに、食事が喉を通らないかも――とか

余裕があるのだか無いのだか解らない言葉を呪文のように繰り返していたのは何処の何方だか。

何故にこんなリラックスをしているのかは、小川のご両親の性格故だと思う。

一言で言うなれば、社交家なのだと思う。

本当に、こんな素敵なご夫婦からよくもまあ腹黒なお子様が生まれたのか不思議でならないのだけど。


かといって、緊張していないわけではない。

時折、不意打ちのように投げられる会話に返事をしなくちゃならないわけだから。

軽く打ち合わせをしようと言ったにも関わらず


――どうせ、その場しのぎの口裏合わせなんてすぐにボロが出るぞ――


なんて、隣ですまし顔のこの男の脳みそをかち割ってやりたい気持ち。

それは、普通に出会って普通に恋愛した男女の事であって、裏がありまくりの私達の間ではどうしたって微妙な答えもあるじゃない。

ハラハラしているのは私だけなのだろうか。

しかしながら、実際この男の受け答えは堂々としたもので、一切の後ろめたさもないようなものだった。


完璧なのじゃないだろうか。

うちの両親も更に小川のご両親も終始笑顔だということは、そういう事なのだろうな。

私だけがいいように掌で踊らされているような気がする。

何だかちょっと悔しい、いや大分悔しい。


しかしまあ、母の器用な事と言ったら。

心配していた食事もなんのその、会話をしながら上手にお箸も動かしている。

会話の邪魔にならないように箸を進めるそのスキル、何処で身につけたのでしょうか?


「これも絶品ですよ」とすすめてくれる小川のお母様のおかげでもあるのだろうけれど、母もあっぱれであります。


そんな風に母の観察をしていた時


「そんな事ないですよ。梨乃さんみていると、私も頑張らなくてはと思いますから」

ふいに聞こえたバリトンに耳を疑った。


リノサン ミテイルト ワタシモ ガンバラナクテハ ト オモイマスカラ


何故か、その言葉がカタカナに変換された。

おいおい、何処にそんな要素がある?


「梨乃さんは私が、唯一人共に歩みたいと願った女性です」


はい?

今何と仰いましたか?


その言葉に衝撃を受けたのは私だけではなかったらしい。

意気投合をし、会話の止まらなかった母親達までもが目を丸くしている。

その視線は何故か、言葉を発した本人にではなく、私。

先ほどまで余裕たっぷりに見えていた父親達もグラスを持ったまま固まっている。

父さん、息してますか?


そして、言った本人はしてやったり顔。

さもあらんことのようにだ。


「うん」

沈黙を打ち破ったのはボソっと呟いた小川のお父様だった。

うん、って。

そのうんはどういう意味なのでしょう?

言葉少ないのは遺伝なのでしょうか?

混乱気味の私だけど、小川のお父様その笑顔の心意は如何に?


ちらりと視界に入った母さんはまるでメロドラマを見ている時のように頬を染めている。

私もそんな顔をしているのだろうと容易に想像できる。


しかし、何だか間接的にそんな言葉を聞いてばかりなような気がしないでもない。

完璧に周りを自分のペースに持って行くのがコイツのセオリーなのだろうか。

そこまでサービス精神たっぷりにしなくても……

完璧主義者ってやつなのだろうか?


純粋にこの言葉に浸れたらどんなにか幸せなのだろう。


普通に出会って、普通に恋愛して。

こんな風に私を望んで一緒に歩んで行きたいと願ってくれる相手がいる。


まさにこれが王子様。

私の理想そのものじゃないの。


容姿もスペックも高くて、大好物なバリトン。

周囲に憚らず、私を必要としてくれると公言してくれる素敵なヤツ。


これが演技なんだから、やってられない。

周囲には完ぺきに装って、部屋に帰ったら『はい、チャンチャン』って。

結婚したら、まるでドラマの撮影のような毎日が繰り広げられるのではないだろうか?


これを微妙な気持ちだと思って何が悪いのだろう。



唯一、私は一緒に歩むのに『都合のよい』相手だった。

そう変換されているなんて思ってもないだろう両親達。

純粋に娘の幸せに安堵している人たちに、絶対バレないようにしなくては。


自分の微妙な立場をさて置き、本当にボロがでないようにと更に緊張が増してきた。


そんな私に何でしょう。

その柔らかな笑みは。


はい、主演男優賞おめでとうございます。

今からでも遅くない。

俳優さんに転向しても大丈夫、私が太鼓判を押しますよ。


そんな思いを込めて、微笑み返してやった。


「本当にこんな素敵なご縁があって良かった」

「まあ、それを言うのは私の方ですわ」


そんな妻たちの言葉に、皺を深くして頷く夫たち。

どうやら、私も主演女優にノミネートされた模様です。














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