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いろいろあるのね。

「母さん、親戚のリストってこれで全部?」


結婚式って案外裏方の仕事があるものなのね。

それにしても今時、手書きでリストを作るってナンセンスだと思うのだけど。

手元にあるのは、式場から渡された招待客リストの用紙だったりする。

これって結構面倒だったりするものなんだ。

出欠席のはがきを式場が手配してくれるとはいえ、席の場所とかも自分たちで決めねばならないんだよね。

席次表とも睨めっこ状態だ。

父親の分家の誰それさんは、あの伯父さんと仲が宜しくないからちょっと席を離した方がいいとか、いったい貴方達はいくつになったというのだろうか、小学生じゃあるまいし。

まあ、私の場合は姉貴の席次表という虎の子があるから楽は楽なのだろうけど、微妙に人数が減ってたり増えたり。


「姉貴の時はお祖父ちゃんまだ元気だったんだっけな」

数年前の席次表にはまだ祖父の名前が載っていた。

祖父はほろ酔い上機嫌で

「次にみんなが一斉に集まるのは梨乃の結婚式だなぁ」なんて言って、姉貴の結婚式の後親戚一同で頷いていたのに。

みんなが揃ったのは姉貴の結婚式の翌年、祖父の葬儀の場だった。

私の結婚式まで元気で頑張るって言ってたのにな。

あー何だか無性にお祖父ちゃんが恋しくて切なくなってきた。

私の結婚式でもここに座ってて欲しかったよ。

姉の結婚式の席次表上にある祖父の名前を人差し指でコンコンと意味もなく突いている私がいた。

そんな感傷に浸っていた私に、廊下から母の大きな声が聞こえてきた。


「梨乃ー忘れてた」

慌てているその声にちょっぴり浮かんだ涙を引っ込め

「何が?」

あれでしょ、どうせ結婚式に着るはずだった洋服が入らないとか言うんじゃないのとか呑気に構えていたら。

廊下からやってきた母、目の前に広げてあった姉の席次表の一点を指差した。

「みのりさん、内緒だったのだけど離婚しちゃったのよ」


それは結構な爆弾発言だった。

みのりさんとは父の姉、所謂私の伯母だったりする。

知らなかったよ、これは結構驚いた。

「今流行りの熟年離婚ってやつ?」

私の問いかけに

「詳しくは解らないんだけどね、昨年別れたってみのりさんから聞かされて……他の親戚には内緒ね。とか言われたものだから、どうしたものかね」


どうしたものかねと言われましても困ります。

私には人の良さそうな伯父さんにしか見えなかったけど、いろいろあるものなのかしらね。


「やっぱりバレちゃうわよね」

何やら母は一人思案しているようだけど


「こればっかりは、こっちが考えても仕方ないんだからさ。みのり伯母さんに連絡してみればいいんじゃない? 私が結婚するんだけど出席してくれる?って前もって言えば何か向こうが考えるでしょ。」


身も蓋もないとばかりに私が零すと


「それもそうね」

とさっきの慌てようがうそのようにあっけらかんと廊下へ消えていった。


おっと、母よ。

まだ内緒の親戚はいないのかい?

春兄ちゃんとこの子どもって席一人で座れるっけ?

子どもの食事はいくつになるだろうか?

聞きたい事がいっぱいあるんだから、大人しくここに座ってくれていたらいいのにー。

私の叫びは母には聞こえないようで、休みの日が刻々と過ぎていくばかりで気が滅入りそうだった。

それにこれよ。

机に鎮座するもう一枚の紙。

お前も曲をいくつか選べって。

――俺もいくつか見繕っておくから――

そう言ってたよな。


結構それは興味があったりする、アイツがどんな曲を選ぶのか。

それでもって私が選んだ曲とまったく違うもので、きっとまた鼻で笑うんじゃないだろうか?

いいや、きっとじゃない。確実だ。

良い趣味してるねとか、言葉と顔と全く違う調子で言うに違いない。

そうあの嫌味っぽい笑顔付きで。

想像出来ちゃう。

という事で、これは放置決定ね。


自分たちで作り上げて感動する挙式を上げられたらどんなに素敵な事なのだろう。

とは言いつつも、感慨に浸ってしまいそうなのだけどさ。

悔しいから、泣いてなんかやるもんか。

知らぬ間に拳を握りしめている私がいた。

何の戦闘を起こす気なのよ。

自分で自分に突っ込みを入れて、招待リストと向き合った。


でも。

あーやっぱりお母さんがいないと解らないよ。

温めまくった椅子から立ち上がり、2階にいるだろう母の元へと向かおうとしたとき。

家の電話が鳴り響いた。

世間じゃ休日っていうのに大変だ、とセールスと決め込んで電話に出たら。


「こんにちは、小川です」

とバリトンボイスは耳に毒だ、母さんがイチコロなのも頷ける。


「こんにちは、仙崎です」

そう仕事モードで迎え撃ってやった私に。


「何だお前か」

って。

何なのだろうその言いぐさは。

それでもって、そのククって笑い凄く感じ悪いんですけど。

今しがたあんたのその顔を想像したばかりなだけにやけにリアルに浮かんでくるところが恨めしい。


「何だお前かっ、ていう事は母さんにでも用事があったのかしら?」

嫌味っぽく聞こえるのは気のせいじゃない、思いっきり嫌味っぽく言ってやったのだ。


「いや。お前にだけど、招待客と曲のリスト終わったか?」


おいおい、お前さん。それならそうと私の携帯に掛ければよいではないか。(悪代官風)

これは私の脳内の呟きだ。


「丁度今やってたとこ。最終は今週末で良かったよね? 何もしかして、招待客の人数増えたとか? そっちに人数合わせろって言ったって、親戚は減る一方で架空親戚でも雇わないとそうそう増えないわよ」

それは私の率直な意見でして、今度は全く嫌味なつもりは無かったのだけど。


「何で架空の親戚を雇わなくちゃいけないんだよ。アホかお前は」


アホかお前は

アホか……

重要なところは2度言うべし。

アホって言いやがった。


「アホじゃないし、単純にそう思っただけなのに」

私の方がピキっときたはずなのに、何だろう、姿が見えないヤツの威圧感オーラは。


「終わりそうか?」

あー駄目だ私。

母さんの事言ってられない。

私もこのバリトンボイスは駄目なのよ。

私ってマゾだったのかしら?


「おい、聞いてるのか?」

だからその無駄な色気をどうにかしやがれってんだ。


「終わりそうも何も、終わらせなくちゃいけないでしょうに」

ほんと私って。

こうやって突っかかってしまうのはもう習性でしかないのかもしれない。


「そろそろ、両家の顔合わせも段取りつけるから都合のよい日を聞いとけよ」

さらっと言いましたよ。

また悩みの種が。

細かい打ち合わせを必要とするのじゃないのでしょうか?

へたに突っ込まれると私自爆しそうで怖いわ。

脳内で呟いた言葉はしっかり口にしていたようで。


「いいんじゃねえの、取り繕わなくても。はじめから自爆しときゃ後が楽かもよ」

ときたよ。

そんなお気楽でいいのか?

じゃあ喋っちまうぞ。

どうして私たちが結婚することになったのか、一から十まで……

ってそんな事したら、私もやばいのかも。


でも。

こうやって着々とその日へ近づいているのだと実感せざるをえなかった。


とりあえず、後で復習しておこう。

確か私たちが出会ったのは、あそこだったはずだよなぁ、と。













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