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それは、決まってるって。

何だか今日は気もそぞろだった。

あまりも解り易かったのだろう、原田や吉川が私の体調を気にかけるくらいなのだから。

片瀬に至っては

――仕事が完璧な仙崎さんも上の空なんてあるんですね――

と嫌みったらしい呟きを。

勿論スルーしてやったわよ。

別に耳が遠い訳じゃないけど、今日は片瀬を構う気にもならなかった。


だからといって仕事のミスなんてしてないし、そう、ただちょっとキレが悪いだけだったりするんだけど。

周りの目からしても解り易かったからか、ちょいとすれ違った真美にだって気がつかれたりしてしまいました。


そして、今宵。

久々の喫煙室へのお呼び出しが。

私達の階と違って皆引けるのが早いこと。

疎らになったフロアーは空調も抑えられてちょっと堪える。

身体を縮こませ、羽織っただけのカーディガンの前を合わせて目的の喫煙室へ。

廊下ですれ違った総務課の本田課長に

「仙崎、まだ残業か? 要領悪いんじゃないの?」

なんていつもの一言。

言葉だけを捉えると能力無しと揶揄されてるんだけど、それは本田課長人柄。

ポケットから出された多少温まったガムを一枚くれながらの一言は嫌みになんて聞こえない。

逆に頑張れよ~と励まされていると私は常日頃思っていたり。

実際はどうかわからないんだけどね。

「さっきタイムカード押したんで今日は残業じゃなくて、社内デートです」

本田課長は一瞬訝しそうな顔をしたけど成瀬ですよと小声で付け足すと


「じゃあ恨まれても嫌だからな」と、ポケットからもう一枚ガムが出てきた。

別に真美はガム一枚で恨まないと解ってるだろうけれど

ガムのお礼にしては大袈裟なくらいのお辞儀をしてみた。


「おんまり遅くなるなよ。歳取っても女の子なんだからな」

と捨て台詞。

それはイラヌ心配だと思いつつも

「そうですね。気をつけます。お疲れ様でした」

と笑顔で見送った。


って真美まだじゃん。

透明なボードで仕切られた小部屋は、一目でわかる誰もいない。

煙草を吸うでも無いから私一人この空間に入るのも違う気がする。

壁にちょっと寄り掛かり本田課長のくれたガムを口にいれた。



そして、待つこと数分。

満面の笑みをした真美がやってきた。

コンビニのビニール袋を片手に。




「それは、梨乃決まってるって。欲求不満ってやつよ」


私も何をバカ正直に話してるのか解らないけど話しちゃってるし。


「別にそうじゃないもん」


「また”もん”ってあんたはどこぞの中学生か。でもそうじゃないってことはヤル事ヤッてるのね」

意味深にほほ笑まれると怖いんだってば。

口をつぐんだ私を見て察知したのか


「あんたもしかして、まだだったりする訳?」


だから。

真美だって私の状況良くわかってるだろうに。


「そんな関係じゃないから」

口を窄めたのは無意識で別にすねてるんじゃないから。


「そんな関係ってあんた達結婚するんだよね?」


えーっとなんか凄まれているのは気のせい?


「するよ、多分」

そう多分。


「だったら、そんな勿体ぶってないでさっさと済ませりゃいいのに」

ポーチから煙草を取り出して火をつける仕草は結構好きだったり。

今昨今そこら中から敬遠されてる煙草だけど、私自身は個人の自由だと思ってる。

高額納税者じゃない、なんて。

ほら昔なんて、アイドルの歌う歌詞にも普通にあったじゃない

『煙草の匂いの――」なんたらと。

いつからなのだろうね、yesばかりの日本人がnoと自己主張するようになってきたのは。

それはいいことだけではないような気がする。

時には我慢を強いる事も必要なんじゃないかな、

自分の仕事を終わらせてないにも関わらず、終業時刻ですからと波が引くように帰っていく新人然りね。

それをフォローするのは私の勝手なんだけど、業務に支障をきたすとあれば引き受けるのであって別に新人たちを庇う気なんてないわけで。


「梨乃、おーい梨乃ちゃん。何処に行ってるのかな?」


目の前で振られた手に眼を見開いた。

おっとほんとに何処かに行ってたみたい。


「で、何だっけ?」

解ってるけど言ってみた。

当然真美はしたり顔、仕方ないかとふーっと息を吐いてから心の内を吐露してみた。


「だから別に勿体ぶってるつもりも無いし、それよりもそんな雰囲気にもならないし。だってなんか私達って契約結婚みたいな感じじゃない? きっとそっち方面は望んでないんじゃないかと……」

実は私の心の中にも引っかかりがあったのは事実なんだ。

やっぱりあれよ、結婚の実感ないのはそういう事なのかもしれない。


「へーぇじゃあ、あれかな。美形の婚約者は女に興味ないとか、潔癖とか?」

首をひねりながら呟くそれは真顔でして。


「キスも?」

続けざまにふいに突かれた言葉に

フラッシュバックする光景があったりする私。


「それはあるんだ。なるほどねぇ」

だから何も言ってないのに自己完結しないでよ、って言いたくもないけどさ。


「潔癖とかは考えた事ないけど女に興味がない事はないのじゃないかと思うけど……」


「けど?」


「なんか私、あまり考えたくないっていうのが本音かな」

そう深く追求したくないのかも。

ほら世の中にはセックスレスの夫婦なんて五万といるわけだし。


「聞けばいいじゃん」


「聞けばって今の私の言葉聞いてた?」

考えたくないって言ったよね。


「嘘ばっかり。本当は気になる癖に。聞いてやればいいじゃない。『どうして私を抱かないの?』って」

それはあまりにストレートすぎやしないでしょうか?

だから、そんなに私相手に凄まないで欲しいんだけど、真美さんよ。


「多分なんだけど、もし仮にそれらしきことを私が言ったとしたらきっとそういう関係にはなると思うのだけどさ、そうはなりたくもないというか。あれよ、義務で抱かれるみたいなのは嫌なんだよ」


言っちゃった。

言葉にすると、ちとキツイ。


「了解。っていうか、梨乃本当に好きになっちゃったんだね」

よしよしと頭を撫でられると本当に中学生になったようだった。


思い起こせば、追うような経験ってあまりない気がする。

初々しい中学からの恋愛遍歴を辿ってみたってこんなもどろっこしい恋愛なんてしてこなかった。

それなりに恋人はいたけれど、まともな恋愛の数が少ないんだ。


「そうそう、そう言えば何年か前、子犬みたいに梨乃になついてた彼いたじゃない、年下のなんて呼んでたっけあのこ」

真美のいう年下の彼とは私の記憶から抹殺したいあいつだ。

私の口からは吐き出したくない名前ナンバー3に入るあいつ。

自分の眉間にしわが寄ったのが解った。


「そんな顔しなくたっていいいじゃない。もう過ぎた話なんだから。言いそびれたんだけど、先週さ――」

そう、まさに過ぎた過去なんて私には関係ないのに。

あいつが何をしてようと全く興味がないので真美が先を言う前に

「あっそ」

と遮ったというのに。


「しかし、あれは強烈だったよね。梨乃も貴重な体験をしたもんだ。というかあれはベタっていうのかな」

真美ってば生粋のサドだ。

いじめっこじゃなくて悪魔だよ、全く。


「ストーップ。それ以上言ってくれるな」


本当に思いだしたくもない過去が浮かんできちゃうじゃないよ。



そして数日後。

噂をすれば何とやらと申しますか。

出会いたくない奴に出会ってしまった私がいましたとさ。


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